マツダCX-80 XD Lパッケージ(4WD/8AT)
3本線の意味 2024.12.14 試乗記 エンジン縦置きの「ラージプラットフォーム」を用いた、マツダの新しい3列シートフラッグシップSUV「CX-80」に試乗。先に登場した2列シートSUV「CX-60」との違いと、ハイブリッド機構をもたない3.3リッター直6ディーゼルエンジンの走りや燃費を確かめた。理詰めの選択を積み重ねた結果
マツダ最新の国内フラッグシップであるCX-80は、早い話がCX-60の3列シーター版である。パワートレインやシャシーの基本設計はもちろん、前席のインテリアデザインもCX-60と共通。というわけで、まずは今から約2年半前に、マツダの技術者のみなさんから聞いたCX-60にまつわるエピソードを備忘録的に記す。
CX-60やCX-80につながる新世代の中・大型モデルの構想にあたって、まず必達目標として掲げられたのが、既存のトップエンジンである2.2リッターディーゼルを、出力、トルク、燃費のすべてで上回ることだったという。
その命題に対するパワートレイン部隊の回答が「排気量の3.3リッター化」だった。そのココロを簡単にまとめると、必要とされる出力やトルクを大排気量で余裕をもって発揮することで、燃費もよくする……というものだ。
ただ、3.3リッターとなるとエンジンの現実的な選択肢は6気筒となる。さらに4気筒との技術資産共有や部品点数の抑制を考えると、V6ではなく直列6気筒が合理的選択のひとつなのは、メルセデスやジャガー・ランドローバーなどの先例からも明らかだ。直6エンジンを積むとすれば、従来の横置きFFレイアウトでは成立しにくい。直6なら、縦置きしてFRレイアウトにするのがおさまりがいい……。
CX-60やCX-80といったラージ商品群が、現在のようなパッケージレイアウトになったのは、こうした理詰めの選択を積み重ねた結果だというのが、CX-60発売時のマツダの主張だった。そうなると、パワートレインからプラットフォームまで、全身を短期間で新規開発する必要があり、マツダの企業規模ではリスクもある。それでも、マツダ経営陣がゴーサインを出したのは、単純に理屈だけではなく、「小さなメーカーだからこそ、高級車ブランドに脱皮して、一台あたりの利益率を高めたい」という野心もちらついたであろうことは想像にかたくない。
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柔らかいサスでも不快に感じない秘密
CX-80の発売は当初予定からほぼ1年遅れた。CX-60の翌年=2023年秋デビューの想定で開発が進められていたCX-80だが、先行したCX-60の快適性にまつわる指摘が相次いだからだ。そうした指摘は、メディアだけでなく、一般顧客からも多く寄せられたという。CX-80は当時すでに開発最終期だったものの、あらためて徹底的に走り込み直すことにしたのだった。
ここでふたたび、CX-60の備忘録を少々。FRレイアウトのラージ商品群にゴーサインが出て、もっとも色めき立ったのがシャシー設計部門だったらしい。その最大の理由は駆動方式というより(実際、ラージ商品群の主力は4WD)、エンジンの縦置き化によってフロントサスペンション部分の空間が増えることだった。
そこで、ラージ商品群ではフロントサスペンションに念願のダブルウイッシュボーン形式を採用。ピッチングセンター(車両が上下するときの中心軸)を車両から離れた後方に置くことに成功した。フロントがストラット形式では、ピッチングセンターはホイールベース内側になり、クルマが上下すると乗員に前後方向の動きも加わってしまう。それを車両から遠くに追いやれれば、乗員はほぼ垂直方向に上下するだけで、柔らかいサスペンションでも不快に感じないそうだ。
さらにラージ商品群では、FRレイアウトとしては異例なほどキャスター角を小さくした=立てた。そうしてキャスタートレールを短くすることで、操舵時にタイヤがクルマを横に蹴る、あるいは押し上げる力を減少させて、操舵初期の過敏な動きや舵角によるステアリングの手応え変化を徹底的に抑制した。ただ、キャスターを寝かすのはそれらの力学によって直進性を高めるためであり、そのままでは直進性は落ちる。そこでラージ商品群ではリアで直進性を担保した。外乱でのトー変化を最小限におさめるべく、リアサスペンション各部の関節に、ゴムブッシュではなくボールジョイントを採用したのだ。
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ロングホイールベース車らしいフラット感
CX-60はこうした独特のシャシー思想によって、ワインディングロードでメリハリのある運転をしているときのステアリングフィールは、なるほど手応え一定のスッキリしたものだった。
そんな美点は今回のCX-80でも健在で、ワインディングロードで荷重移動のカツを入れると、素晴らしいステアリングフィールを味わわせつつ、じつにイキイキと走る。ステアリングの復元方向の手応えが弱めなのはラージ商品群特有だが、必要なときには積極的に戻す操作を意識すれば、逆に上品な運転がしやすい。安定した水平姿勢を保ったままでも、手やお尻に伝わる接地感がリアルなのは、自慢の「KPC(キネマティックポスチャーコントロール)」の効果か。
発売初期のCX-60は路面不整に敏感で、ヒビ割れやウネリなどで、とたんに細かい振動に襲われる乗り心地は正直いってクセが強かった。また、理想のドライビングポジション実現のために新開発されたトルクコンバーターレス(=かわりに油圧多板クラッチを使うことで外径をコンパクト化)の8段ATも、発進や変速時のショックが大きく、バタバタした乗り心地に拍車をかける結果になっていた。
今回のCX-80では、そうしたパワートレインやシャシーもしつけ直された。シャシー方面ではフロントタイロッドの再配置や全ダンパーの減衰力アップに加えて、バネレート低減、スタビライザー廃止、バンプストッパー短縮、クロスメンバー圧入ブッシュのすぐり角度変更といった改良が、リアサスペンションに集中して実施された。こうした改良は、CX-80が2~3列目の快適性を重視するからでもあるが、CX-60の乗り心地の主因が、ボールジョイントを多用するリアサス周辺にあったことも示唆する。
実際、CX-80はパワートレインに多少のショックを感じさせつつも、カーマニアには、それ以上に変速の切れ味が心地よいと印象づける。荒れた路面での振動グセが完全に解消したとはいわないが、ロングホイールベースらしいフラット感ともども、クラスなりの快適性は醸成できている。
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CX-80とわかるアイコンを採用
CX-80には直6ディーゼルのハイブリッドや、ガソリンベースのPHEVもある(CX-60にある純ガソリン車は設定なし)が、今回試乗したのはもっとも手ごろな純ディーゼル車の「XD」だった。
その微妙な加減速操作にも反応するトルク特性はとても優秀なのだが、直前に同じCX-80の圧倒的にリニアなPHEVを味わったものだから、ちょっと感動が薄れたのは残念だ。繰り返すが、XDが、純エンジン車としては最上位に近いリニア感をもつのは間違いない。
それにしても、直6を縦置きして全長で5mを切るのに、身長178cmの筆者が乗車しても、どの席でも窮屈な思いをしないのはたいしたものだ。前身の「CX-8」に対して全長は65mm増にとどまるのに、エンジンルーム長は100mmも伸びているとか。床下に電池を積むPHEVもあるが、室内空間は全車共通だ。そのキモは薄型燃料タンクと絶妙に高めたシート高、後端までフラット化したルーフで、頭上やつま先の空間を確保して、絶対的な空間より「せまく感じさせない」ことに留意したとか。
もうひとつ感心したのは燃費だ。今回は山道も遠慮なく走ったが、それでも「BMW X5」と同等かそれ以上のサイズで、平均15.0km/リッターという実燃費は素直に優秀といっていい。別の機会での経験も踏まえると、高速主体なら20km/リッター近い燃費もむずかしくない。74リッターというタンク容量からすると、東京~青森間、あるいは東京~広島(県の福山市あたり)間の無給油往復も不可能ではない計算となる。
ちなみに、フロントグリル隅の3本線はCX-80専用の印である。真正面から見たCX-80は、そのままだとCX-60と区別がつかない。そこはマツダデザインの美学でもあるのだが、営業部門からの「CX-80とわかるアイコンがほしい」との要請で、やむなく追加した。デザイン担当者に「3列シート=3本線?」とたずねると「もとはヘッドライトからグリルにつながる延長線上の光の反射をイメージしています。当初案は4本線だったくらいで、シート配列はまったく考えませんでしたが、そういう解釈も面白いので、そう理解していただいても構いません」と笑った。へえー。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一/車両協力=マツダ)
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テスト車のデータ
マツダCX-80 XD Lパッケージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4990×1890×1710mm
ホイールベース:3120mm
車重:2040kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.3リッター直6 DOHC 24バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:231PS(170kW)/4000-4200rpm
最大トルク:500N・m(51.0kgf・m)/1500-3000rpm
タイヤ:(前)235/50R20 104W XL/(後)235/50R20 104W XL(グッドイヤー・エフィシェントグリップ パフォーマンスSUV)
燃費:16.8km/リッター(WLTCモード)
価格:501万6000円/テスト車=507万1000円
オプション装備:ボディーカラー<ロジウムホワイトプレミアムメタリック>(5万5000円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:5770km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:389.0km
使用燃料:25.1リッター(軽油)
参考燃費:15.0km/リッター(満タン法)/13.9km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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