第918回:100万人がクルマ放棄を余儀なくされる? イタリアの排ガス規制
2025.07.10 マッキナ あらモーダ!標的は「ユーロ5ディーゼル」
かつて「百万人の英語」というラジオ番組があったが、イタリアでは、まもなく100万人がクルマに乗れなくなるかもしれないという不安が社会を取り巻いた。
背景にあったのは、2025年10月1日にイタリア北部ロンバルディア、ピエモンテ、ヴェネト、エミリア=ロマーニャの4州で施行される予定だった、運行禁止措置である。欧州排出ガス基準「ユーロ5」仕様のディーゼル車の走行を制限するものだ。
同地域には、webCG読者にもなじみ深いミラノ、トリノ、モデナ、マラネッロ、ボローニャなどが含まれる。対象は州内にある人口3万人以上の自治体だ。期間は大気汚染濃度が高まるとされる10月から4月で、自治体により若干異なるが、平日8時30分から18時30分に当該車の進入を規制する。これを毎年繰り返すというものだった。
欧州排出ガス基準のユーロ5ディーゼル車は、基本的に2009年から2011年頃に生産された車両だ。わかりやすい例として「フォルクスワーゲン・ゴルフTDI」を用いると、6代目と7代目の初期がそれに該当する。
同様の運行禁止規制は、すでにドイツ、フランス、ベルギーなど一部の欧州連合加盟国で、大都市を中心に導入されている。
イタリアが追随を急いだ理由は、欧州議会および理事会による「大気環境の質およびより清浄な空気に関する指令」である。微小粒子状物資(PM10・PM2.5)、窒素酸化物(NOx)などの削減が目標で、達成しないと制裁金が科される仕組みだ。
そこでイタリアでは、北部4州でとくに冬季に大気質が悪化するため、ユーロ5ディーゼル車の運行を規制する措置が検討されたのだ。イタリアのメディアが伝えたところによると、反則金は168~679ユーロ(約2万9000円~約11万5000円)で、再違反の場合15~30日間の免許停止と厳しいものだった。
この規制に対して、イタリアで連立与党のレーガを率いるマッテオ・サルヴィーニ副首相兼運輸国土整備大臣は、「州内ではおよそ100万人が自動車通勤の手段を失い、路頭に迷う」として、施行の1年延長を各州議会に求めることを明らかにした。
実は、イタリアの閣僚評議会と国会で政令が承認され、州に実施を義務づけたのは、2023年秋のことであった。当時からサルヴィーニ氏は副首相と大臣の職にあり、個人的には政令案に強く反対していたが、政府としては承認せざるを得なかったという経緯がある。背景に、前述の欧州議会による厳しい制裁金があったのは明らかだろう。
車齢19年以上が4分の1を占める国で
イタリアの自動車ユーザーの間では、このユーロ5ディーゼル運行禁止に関して、批判の声が相次いだ。
当然ながら、規制にはそれ以前の排出ガス基準のクルマも含まれる。そのため、サルヴィーニ大臣が指摘するように、通勤に使用している人々にとっては深刻な問題というわけだ。
インターネット上には、パダーニャ平原の大気汚染の測定方法に疑問を呈する声がみられ、「それよりもミラノ地下鉄構内の(金属粉などによる)微小粒子状物資の濃度を問題にせよ」といった書き込みがみられた。
また、「ユーロ5ディーゼル車には微粒子フィルター(FAP)が搭載されているため、微小粒子状物質はおおむね除去されている。むしろ、FAPを取り外す不正改造を行うユーザーこそ処罰されるべきだ」とする意見もみられた。その投稿者は「ユーロ6でも、FAPを外して走行している車両があるいっぽうで、正しく整備されFAPが付いたユーロ5車は運行を禁止されてしまうのは不公平」と訴えている。
2025年5月にイタリア自動車クラブ(ACI)が発表した統計によると、イタリア国内を走る乗用車は年々古くなっている。2024年の平均車齢はおよそ13年で、2023年より2カ月延びた。ユーロ0からユーロ3の車両、すなわち製造から19年以上経過しているクルマは、全体の約24%、すなわち4台に1台弱を占めている。
いっぽうで新車需要は約155万台と、200万台超えが続いた2000年代初頭に遠く及ばない。人々は新車を買わなくなり、従来保有していたクルマを乗り続けているのだ。この状況でのユーロ5ディーゼル規制は、かなりの消費者負担を伴う、という意見が大半を占める。
一部の自治体は救済措置として、車両の使用頻度が少ないユーザー向けに「ムーブイン・システム」の適用を検討していることを明らかにした。規制区域内の年間走行距離をあらかじめ設定しておき、その距離内であれば古いクルマでも通行可能とする措置で、計測は車載機器とGPSを連動させて行うというものだった。
そうしたなか、施行まで3か月を切った2025年7月8日、下院によって修正案が可決され、運行制限は2026年10月1日まで1年延長された。「人口3万人以上」にも手が加えられ、10万人以上の都市に優先適用されることになった。サルヴィーニ大臣は結果に満足しているが、2026年中盤になれば、とにもかくにも議論は一気に再燃するだろう。
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目下「ただちに影響はない」
今回の執筆にあたり、筆者が知る該当地域の知人数名に、状況を尋ねてみた。というのは、2000年に原動機付二輪車使用時のヘルメット着用が全年齢で義務づけられた際、近所のお年寄りで運転をやめてしまった人がいたからだ。今回も、規制を機会に運転をやめる人が出てくるのではないかと考えたのである。
結果はといえば、彼らの周辺では自動車の運転をやめたり、新車に買い替えたり、という人は見当たらないという。ただし、かつて自動車販売店の社長であった知人は、より詳しく状況を分析してくれた。「規制に対しては、誰もが怒っている」と答えるとともに、「この決定の影響かどうかはわからないが、自動車の販売台数はさらに低迷している」と説明する。「目下人々は、延期や猶予があるかどうか様子見の状態だ」としながら「今回ばかりは、本当に暴動が起きるかもしれない」とジョークとも本気ともとれる言葉で締めくくった。
そうした返答から筆者が察するに、彼らの周囲で本当に自動車が必要な人は、すでに規制の網にかからないクルマを購入済みだ。しかし心情的に、欧州連合主導の規制に屈するのは断固反対、という姿勢である。
筆者はといえば、イタリアの排ガス規制に対して一定の理解を示している。1996年に学生としてシエナ旧市街に降り立ったときの印象といえば、実は「排ガス臭い」であった。1970年代初頭から排ガス規制を段階的に強化していった日本と異なり、当時のイタリアではまだキャタライザーもなしのクルマ、すなわち「ユーロ0」が、いわば野放し状態で走り回っていた。そのためだろう、初日から頭痛に悩まされ、最初に覚えた単語はその症状を表す「マール・ディ・テスタ」であった。滞在3年目の年、初めて購入した中古車である1987年式の初代「ランチア・デルタLX」も、ユーロ0であった。あれから約30年、少なくともシエナおよびその周辺の空気質は、格段に改善されている。
クルマに関していえば、わが家の現在のマイカーは車齢17年。ユーロ5のひとつ前、ユーロ4のディーゼル車だ。だが、筆者が住むシエナは北部4州ではなく中部のトスカーナ州であるので、当座不便は生じない。
仮に将来、同様の運行禁止が施行されても、日常生活上は即座の問題にはならないと考えている。対象となるのは歴史的旧市街およびその周辺であり、筆者が住むような周辺部に規制は及ばないであろうからだ。引っ越すにしても、ここ数年で観光地化が急速に進んだため、物価が高く、住民向けの店・施設が激減してしまった旧市街は、もはや選択肢に入らない。さらに「クルマに乗るな」と言われれば、やめる勇気はいつでもある。この国では、クルマを走らせる以外にも楽しいことがたくさんあるからだ。
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とはいえ、じわじわと
そうたんかを切る筆者であるが、現状のままでは不便になるのも目に見えている。クルマを買い替えない場合、イタリア北部に出張する際は、季節によって中心部への進入が制限されることになる。
そもそもトスカーナ州でも、すでに自治体単位で排ガスレベルによる進入規制を導入しているところがある。その例が約60km離れたフィレンツェ市だ。
同市では、以前から歴史的旧市街へは住民以外の車両の進入が禁止されていたが、2023年11月からはさらに政令を強化。月曜から金曜の日中、住民を除き環状道路内でのユーロ5ディーゼル車の走行が禁止された。何が問題かというと、周辺にはフィレンツェの環状道路内を横切らないと、やたら遠回りになってしまう町が点在するのだ。
「レンタカーやカーシェアリングで代替できるのでは」という声があるかもしれない。だが、前者の基本料金は相対的に日本より高額なうえ、営業所数が少なく、営業時間が24時間でない場合が多い。後者は手続きが煩雑である。
最も困るのは、旧市街と周辺部の双方が旅程に含まれている場合である。旧市街だけなら公共交通機関で行けばよいが、周辺部もとなるとそれでは不便だ。とはいえ周辺部の排ガス規制が進むと、クルマはエリア外に置いておかなければならなくなる。じわじわと、わが家のクルマの肩身は狭くなる。
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どうする自動車メディア
イタリア自動車生活と法整備で思い出すのは、有鉛ガソリンの販売が終了した2002年のことだ。
それを前に、あたかも従来のクルマすべてが乗られなくなるかのような見出しであおる新聞など一般メディアに対し、イタリアを代表する自動車雑誌『クアトロルオーテ』の対応は違った。無鉛未対応車でもレギュラーガソリンで走れる趣旨の記事を展開したのだ。それを実証すべく「シトロエンDS」にレギュラーを給油して長距離旅行を敢行し、十分使用できることを示した。
同誌はユーロ5ディーゼル問題に関して、2025年5月13日付の電子版で「使用者にとっては大きな打撃である」と運行禁止措置に批判的だ。
今回は政令であるゆえ、有鉛ガソリン終売のときとは異なり、個人的な回避は難しい。だがやみくもに不安をあおる一般媒体に対し、いかに行政機関に働きかけができるかによって、「もはやメーカーのカタログと同じ」という批判が向けられて久しいイタリア自動車メディアが再評価されるのでは、と筆者は考えている。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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