トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.09.17 デイリーコラム“ガイシャ”の価格は別次元
わが国の基幹産業である自動車産業にとって、大なり小なり影響を与えることは避けられないであろう、いわゆるトランプ関税。この先どうなるかはいまだはっきりしないが、そもそも輸入車に関税が課せられること自体、読者諸氏にとってはピンとこないのではないだろうか? 日本が世界に先駆けて輸入車の関税を撤廃したのは1978年だから、リアルタイムで関税のかかった輸入車を新車で購入した経験のある人は、若くても現在70歳前後になるからだ。いや、そうであっても購入時に関税を意識していた人が多かったとは思えないが、それはともかく、昔は日本でも輸入車に関税がかかっていたのだ。
戦後、日本で輸入車の販売が始まったのは1952年。だがそれもつかの間の話で、1955年には外貨不足と国産車の保護・育成を理由に一般向けの外国車輸入は原則として禁止となってしまった。1960年から輸入が再開されたが、当初は台数が限られていた。1965年からようやく乗用車の輸入が自由化されたが、普通車(3ナンバー)が35%、小型車(5ナンバー)が40%の関税がかけられた。
1989年に消費税が導入されるまでは、国産車を含めて大半の自動車には物品税がかけられていたこともあり、一概に関税のせいばかりというわけではないが、当時の輸入車は高価だった。関税がない今でも輸入車は日本車に比べ割高だが、かつては別次元といっていいほど高かったのだ。
例えば「ダットサン・サニー1000」や「トヨタ・カローラ1100」が世に出て、後に「マイカー元年」と呼ばれた1966年の価格を見ると……当初は双方とも2ドアセダンのみだったが、最も高価な「カローラ1100デラックス」が49万5000円だった。
それに対して、サニーおよびカローラが開発時に参考にしたとされ、カローラと同じ1.1リッター直4エンジンを積む西ドイツ(当時)の「オペル・カデットL」は128万円とカローラの約2.6倍もした。トヨタを代表する高級車だった、2リッター直6エンジンを積む「クラウン スーパーデラックス」でさえ112万円だったといえば、いかに“ガイシャ”が高価だったかがお分かりいただけるだろうか。
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「2000GT」を2台買ってもお釣りがくる?
大型車(普通乗用車)はどうだったのか。1966年の時点で国産最高級車は、前年に登場した「日産プレジデント」。3リッター直6エンジン搭載の最廉価グレードの「Aタイプ」は185万円、4リッターV8エンジン搭載でエアコンやパワーウィンドウ、パワーステアリングなどをフル装備した最上級グレードの「Dタイプ」が300万円だった。
対する輸入車は、アメリカのコンパクトカーである「フォード・ファルコン フーツラ」が3.3リッター直6エンジン搭載で280万円、同じくコンパクトの「シボレー・シェヴィII」が4.1リッターV8エンジン搭載で315万円。プレジデントとの価格差は小さく思えるが、これらは米車では最もベーシックなモデル。サイズも全長は5ナンバー枠に収まり国産のクラウンや「セドリック」と変わらず、仕上げや装備ではプレジデントに及ばなかった。
ドイツ車では後の「Sクラス」に相当する2.5リッター直6エンジン搭載の「メルセデス・ベンツ250S」(W108)が393万5000円、ロングボディーに3リッター直6を積み、エアサスなどを備えた「300SEL」は568万5000円もした。英国車では3.8リッター直6エンジンを積んだ「ジャガーSタイプ」が438万円だった。
スポーツカーを見てみよう。オープン2座スポーツの世界的なベストセラーである英国産の1.8リッター直4エンジン搭載の「MGB」は160万円。そのライバルだった「サンビーム・アルパイン」は182万円。それらとほぼ同格の日本車である「ダットサン・フェアレディ1600」(SP311)は93万円だった。
翌1967年5月に発売される、日本初の本格的なスーパースポーツだった「トヨタ2000GT」が238万円だったのに対して、同じ2リッター級の「ポルシェ911」は435万円だったが、「911S」になると2000GTが2台分以上の510万円にまで跳ね上がった。
例外的に価格差が小さかったのは、柄も小さなクルマ。輸入車で最も小型かつ廉価だった「フィアット500F」は56万円だったが、これに近い日本車だった「スバル450デラックス」(軽である「スバル360」のエンジン拡大版)は41万5000円。そう考えると“チンクエチェント”が割安に思えるが、それでも価格自体は2クラス上のカローラより高かった。
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下がりゆく税率
例に挙げた輸入車の表示価格から単純に関税分(普通車35%、小型車40%)を引いてみると、オペル・カデットLは約91万円、フォード・ファルコン フーツラが約207万円、メルセデス・ベンツ250Sは約291万円、MGBは約114万円、ポルシェ911は約311万円、フィアット500Fは40万円。日本車との価格差はだいぶ縮まり、フィアット500Fに至ってはスバル450デラックスより安くなるのだ。
輸入車と国産車の価格差を構成していたのは関税だけではないし、あくまで表示価格から単純に関税額を推測しただけではあるが、輸入車が理由もなく高価だったわけではないことがお分かりいただけるだろう。
その後、関税は徐々に引き下げられていく。1968年には普通車28%、小型車36%。1969年には普通車が17.5%で小型車は据え置き、1970年には普通車が据え置きで小型車が20%、1971年には普通車と小型車の別がなくなり一律10%となった。この10%時代、1971年の輸入車価格を見てみよう。
ドイツ車では「BMW 2002tii」が242万円、2.4リッター時代の「ポルシェ911T」が425万円。イギリス車はMGBが175万円、「ジャガーXJ6 4.2」が515万円。イタリア車は「フィアット124スポルト クーペ」が171万5000円、「アルファ・ロメオ2000GTV」が280万円、「ディーノ246GT」が900万円。アメリカ車では最も小柄なサブコンパクトの「フォード・ピント」が178万円、マッスルカーの「ポンティアックGTO」が460万円といったところ。
クルマ自体の値上げなどもあったのだろうが、1966年より高くなっているMGBをはじめ関税引き下げによる販売価格への影響はあまり感じられない。同時代の日本車の価格と比較すると、その感は強くなる。例えばDOHCエンジン搭載の高性能モデル同士では、「日産スカイライン ハードトップ2000GT-R」は154万円だったが、前述したほぼ同クラスのアルファ・ロメオ2000GTVは280万円。「トヨタ・セリカ1600GT」が87万5000円だったのに対してフィアット124スポルト クーペは171万5000円と、それぞれ倍額に近かったのだから。
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関税撤廃でどうなった?
関税引き下げは続く。1972年には8%、6.4%と年に2度にわたって下げられ、そして1978年には冒頭に記したように撤廃されたのだった。となれば、販売価格には反映されたのか? いくつかの例を見てみよう。今年誕生50周年を迎えた「BMW 3シリーズ」の「320i」は関税6.4%の1977年は403万円で、関税撤廃後の1979年は372万円。同様に「ポルシェ924」は470万円から440万円、「フィアットX1/9」は246万7000円から236万7000円、「キャデラック・セビル」は740万円から615万円へと下がった。
となれば関税撤廃の効果はてきめんのように思えるが、いっぽうでは「フォルクスワーゲン・ゴルフE 3ドア」の159万8000円から159万5000円、「メルセデス・ベンツ450SEL」の968万円から960万円、「アルファ・ロメオ・アルフェッタ」の339万円から331万7000円のようにあまり変わらないものもあった。とはいうものの、撤廃前と撤廃後の仕様や装備品の違いなどが今となっては分からないので、反映されていないとは言い切れない。
そのころの日本車はというと、1973年に起きた第1次石油危機に起因する原材料費の高騰、そして実質的に1975年から始まった排ガス規制に適合させるため、石油危機前に比べてかなり値上がりしていた。
例えばトヨタ・セリカ1600GTは、先に記したように1971年の時点では87万5000円だった。ところが1977年のフルモデルチェンジを挟んだ1979年の時点では146万7000円と7割以上も値上がりしていたのである。そのライバルだった「日産スカイライン ハードトップ2000GT」も、通称“ハコスカ”の89万5000円から2度の世代交代を経た通称“ジャパン”は132万4000円と、セリカほどではないが5割近く上がっていたのだった。
となれば、関税が撤廃された輸入車との価格差が縮まりそうな気もするが、そうはならなかった。石油危機後の原価上昇は世界的なものだったし、厳しい日本の排ガス規制をクリアするためにコストもかかったからである。
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「アメ車を買え!」と言われても……
それでも関税撤廃前後の輸入車の販売台数を見ると、1977年が4万1565台、1978年が4万9932台、1979年が6万0161台、そして1980年が4万4871台。1978年から79年にかけては1万台以上増えているので、撤廃の効果は確実にあったといっていいだろう。ただし1980年には揺り返しなのか減ってしまったが、これには1979年に起きた第2次石油危機の影響もあったのではないだろうか。
輸入車が自動車販売(新規登録台数)に占める比率も、当然ながら変わってきた。普通車に35%、小型車に40%の関税がかけられていた1966年の輸入車販売台数は1万2783台で、自動車販売全体に占める割合は0.8%未満だった。その後、関税の引き下げによって輸入車販売の絶対数は増えてはいったが、総販売台数の伸びが著しかったため輸入車の比率は横ばいだったり下がったり。
輸入車の販売台数が10万台を超えたのはバブル期の1988年で、その後も順調に増え、ピークは1996年の42万7525台。もっともうち10万台近くは国産メーカーの海外生産車だったのだが。そこから再び減少したが、2012年以降は30万台以上をキープしており、2023年の輸入車の販売総数は31万1367台。うち日本メーカーの海外生産車を除いた外国メーカーの乗用車は24万6735台。乗用車の販売総台数は399万2727台なので、外国メーカーの輸入車の比率は約6%といったところだ。
関税が撤廃されてから半世紀近くたつが、日本の輸入車販売はそんなものなのだ。トランプは非関税障壁のせいでアメリカ車が売れないと騒いでいるが、彼の言うとおり安全基準をアメリカのままでOKとしたところで売れるようになるとは思えない、というのが日本人の総意ではないだろうか。
ということで、なんだかまとまりがつかなくなってしまったが、かつては日本でも輸入車には関税が課せられていたという話でした。
(文=沼田 亨/写真=トヨタ自動車、ステランティス、ポルシェ、スバル、日産自動車、ゼネラルモーターズ、フォード、本田技研工業、メルセデス・ベンツ、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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