第286回:才人監督が描くディストピアのデスゲーム
『ランニング・マン』
2026.01.29
読んでますカー、観てますカー
ベタな筋肉映画をリメイク
『ランニング・マン』というタイトルを聞いて、頭にはてなマークがいくつも浮かんだ。1987年公開のアーノルド・シュワルツェネッガーが主演した『バトルランナー』のリメイクである。なぜ今になってこんな企画が進められたのだろう。しかも、監督は『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライトだという。センスのかたまりのような才人で、ジャンルを丸ごと進化させる作品を連発して高く評価されている。ベタなアクション映画を選んだ理由がわからない。
この機会に『バトルランナー』を配信で観なおし、原作小説を読んでみた。不安は吹き飛んだ。やはりエドガー・ライトの才能は卓越している。原作を忠実に映像化し、しかも込められたメッセージをアップデートして伝えることに成功した。
当時は面白がっていたのだが、『バトルランナー』はあまりにも雑なつくりである。1980年代は筋肉祭りアクション映画が全盛で、シュワちゃんのほかにもシルベスター・スタローン、チャック・ノリス、ジャン=クロード・ヴァン・ダムといった肉体派スターが大人気だった。彼らは神がかった強さを持っていて、ワルモノどもをいとも簡単に皆殺しにする。敵がマシンガンを撃ってきても絶対に弾は当たらない。超人なのだ。
正義のためなのかもしれないが、あまりにも過剰な暴力を行使する。相手を殺す際に、気の利いた言葉を発するのがお決まりだった。
「お前は最後に殺すと約束したな……あれはウソだ」
「これはゴミの片付けだ。俺は掃除屋だ」
いくらなんでもひどい言い草だと思うが、観客は喝采していた。コンプライアンスなんて、誰も気にしていなかった時代である。
キングの予測が的中した現在
追っ手のハンターから30日間逃げ切れば莫大(ばくだい)な賞金を手にすることができるが、生存確率はほぼ0%――『ランニング・マン』はデスゲームと呼ばれるジャンルの映画だ。登場人物が危険なゲームに参加し、自らの命をかけて闘いに挑む。『ハンガー・ゲーム』『バトル・ロワイアル』『カイジ』『イカゲーム』『カラダ探し』など多くの映像作品が生み出されてきた。いささか食傷気味でいまさら感を持ってしまいそうだが、実はこれが元祖なのだ。原作小説は1982年に刊行されていて、しかも執筆されたのはその10年前。無名だったスティーブン・キングが出版社に原稿を送ったものの、つれなく突っ返されていた。
原作の時代設定は2025年である。50年以上前に、彼は恐ろしいほど的確に未来を予測していた。小説では、少数の金持ちが権力を握って富を独占し、多くの人々が貧困に苦しんでいる。反乱が起きてもおかしくない状況だが、大衆は権力と結びついた巨大企業が提供するフリーテレビに夢中で、政治に疑問を持たないでいる。残虐なリアリティーショーに喝采を送り、ウサを晴らしているのだ。
現実の2026年はどうなっているのか。最近のニュースでは12人のスーパーリッチが所有する資産が、世界下位50%にあたる40億人の保有財産を上回ったとの集計が示された。富豪6人が世界10大ソーシャルメディア企業のうち9社を運営していて、都合の悪い事実は可視化されない。小説ではテレビだったが、インターネットのある現在はYouTubeやTikTokなどの動画が同じような役割を果たす。フェイク映像で主人公を凶悪な人物に見せる場面は、小説でも『バトルランナー』でも共通だ。当時はSF的な想像の世界でしかなかったが、現在では誰もがAIを使ってニセの画像や映像を発信できるようになっているのが恐ろしい。
主人公のベン・リチャーズ(グレン・パウエル)は会社の不正を告発して恨みを買い、解雇されてしまう。幼い娘が重い病にかかっているが、金がなくて治療を受けさせることができない。職探しはうまくいかず、最後の手段としてリアリティーショー「ランニング・マン」への参加を決心する。結果として殺されるにしても、1日逃げ延びるごとに賞金が妻のもとに届けられるはずだ。
未来感たっぷりのA290
今回の映画では逃走範囲は無制限という小説の設定がそのまま生かされている。『バトルランナー』ではゲームゾーンが定められており、ホッケーのスティックやチェーンソーを持った殺人マシンが襲いかかってきた。戯画化されたキャラとのアクションは派手ではあるが、原作に漂っていたヒリヒリとした切実さや絶望感は失われてしまっている。日本の文庫本で400ページを超える大作なので、映画化にあたってアレンジしたのは仕方がなかったところがあるのかもしれない。でも、エドガー・ライトは原作どおりのストーリーを見事に133分の映画に仕立てたのだ。
結末は、原作とは大きく異なっている。小説で描かれるのは、巨大な権力になんとか一太刀を浴びせる苦い決断だ。ハッピーエンドではない。採用されなかったのはアメリカの映画ではバッドエンドが好まれないことも理由だと考えられるが、それだけではないだろう。詳細は控えるが、2001年以降のアメリカでは描くことのできなくなったリベンジの手段が使われているのだ。
登場するクルマも、小説と映画ではかなり違う。貧困地域でボロボロの内燃機関車が生き延びているのは同じだが、映画では代替燃料が使われているようだ。富裕層の住むアップタウンでは新世代のクルマが走っている。小説では“エアカー”なるものが主流になっていた。どんなものなのか明確な説明はないので正体は不明だ。エアスタンドで圧搾空気を満タンにする記述があり、圧力を利用してエンジンを動かす機構らしい。
1980年代には電動パワートレインの現実性が理解されていたとはいえず、ガソリンエンジンに代わる動力は想像の域でしかなかったのだろう。映画では主人公の逃走で重要な役割を果たすクルマが「アルピーヌA290」だ。ヨーロッパでは公道を走っているモデルだが、見た目の未来っぽさが突き抜けているので違和感はない。面白いことに、金持ちたちが乗っているのはきれいにレストアされた1980年代のスポーツカーである。代替燃料ではなく、貴重で高価な化石燃料を使う。もしかすると、電気自動車が普及した未来ではガソリン車が富裕層の道楽として珍重されることになるのだろうか。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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