第956回:どうする“(ほぼ)ランク外”のランチア 営業マンの吐露する真情とともに
2026.04.09 マッキナ あらモーダ!好調ブランドの陰で
ステランティス系の一部ブランドがイタリアで好調だ。2026年4月1日に発表された同年3月の登録台数によると、1位は「フィアット・パンダ」で1万1123台、2位は「ジープ・アベンジャー」で5259台、3位はステランティスが出資している中国リープモーター製バッテリー電気自動車(BEV)「T03」の5022台だった。4位はルノー系「ダチア・サンデロ」の4393台だが、5位には「フィアット・グランデパンダ」が4387台でランクインした。
筆者のイタリアにおける肌感覚を記せば、アベンジャーの普及ぶりは、実質的な先代モデルで人気車種となった「ジープ・レネゲード」のデビュー後に匹敵する。
その陰で憂うべきは、ランチアの惨たんたる台数だ。2025年通年の登録台数は9711台で、2024年(3万2175台)比で69.8%減少している。減少率はジャガー、スマートに次いで多い(データ出典:UNRAE)。2026年3月の登録台数は1187台で、車名別の上位50位中、かろうじて49位に入っている。土俵でいえば徳俵を踏んだ状態である。
2025年12月には、欧州の自動車メディアでDS、アバルトと並びランチアが廃止されるのではないかという憶測報道が飛び交うようになった。発端は同月11日、ロイター通信が複数のステランティス関係筋の話として、アントニオ・フィローザ社長の“緊急治療室”が、傘下14ブランドの見直しを検討すると伝えたことによる。
現状、ランチアのラインナップは2024年発売の3代目「イプシロン」のみである。次に投入されるのは、「DS N°7」と共通の「STLAミディアム」プラットフォームを用いた「ガンマ」で、2026年下半期の登場予定だ。ただし、そのティザー映像が公表されたのは2024年10月であり、本稿執筆時点ですでに約1年半が経過している。2026年に入ってから、ステランティスのヘリテージ部門が初代ガンマの誕生50周年をアナウンスしたのは、新車登場の雰囲気を醸成するためだろう。世界中のメーカーから毎日のように新車情報がリリースされるなか、話題性には今ひとつ乏しい。続く4代目「デルタ」も、人々の関心がさめないうちに導入するべきだ。
販売現場は嘆いている
筆者個人はランチアが好きである。そのつつましい高級感は、良識あるイタリア人が大切にしている価値観や品性と合致するからだ。ただし、世界の主要自動車市場に目を広げると、残念なことに、高価格車のユーザーには威嚇的・威圧的なイメージやデザインのほうが好まれる。ランチアにとって明らかに不利な時代である。
今でも絶版が惜しいのは、2008~2015年の3代目「ランチア・デルタ」である。伸びやかなエクステリアデザインでも全長は普段乗りにふさわしい約4.5mに抑えられていた。かつ「フィアット・ブラーヴォ」の姉妹車とは思えぬ上品さが漂っていた。「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」もそうであるが、小さくても高級車の風格を漂わせていたモデルの後継を開発せず、台あたりで高利益を期待できる大型車路線に走った旧フィアット・クライスラー・オートモビルズの判断が残念である。参考までに、前述のロイターが伝える匿名関係者たちの話によれば、フィローザ社長は利益の追求よりも手ごろな価格の車両やフリート需要を優先することで、シェアを回復する戦略を展開するという。事実上の方針転換であり、今後どのようなモデルに力が注がれるかが注目される。
イタリアの販売第一線で働く、ある営業マンの見解は手厳しいものだった。彼は今日のようにフィアット、アルファ・ロメオ、ランチア、ジープがひとつ屋根に収まる前夜、ランチアの専売店でセールス人生を始めた人物である。それだけに思いは強い。
彼が筆者に残したコメントをそのまま記せば、「ランチアが売れないのは単に価格の問題だ。あからさまなプジョーのコピーにしては値段が高すぎるのだ」と、最初から辛らつだ。
イプシロンの主力バージョンである1.2マイルドハイブリッド110HP仕様の価格は2万5200ユーロ(約463万円。以下付加価値税込み)である。対して、同じステランティス系で同じエンジン、同じプラットフォームの「プジョー208」は2万0220ユーロ、「オペル・コルサ」は1万9050ユーロから買える。装備など詳細の違いこそあれ、イプシロンとコルサの価格差は、日本円にして約113万円に達する。営業マンはイプシロンを「もはやランチアらしさが何も残っていない」と指摘した。“らしさ”が感じられないプロダクトを、あえて高い金額を出して買う人はほとんどいない、というわけだ。
筆者が付け加えれば、前述した伝統的ランチア観とは裏腹に、今や欧州でこのブランドにプレミアム感を覚えるユーザーはきわめて限られている。デルタやクライスラーのバッジエンジニアリング版がカタログから落とされてから、2025年で早くも11年が経過した。以来、唯一残った2代目イプシロンのおかげで、ランチアといえば「女性ユーザーに人気の、1万ユーロちょっとで買える街乗りグルマ」の印象が定着してしまった。その後継車に2.5倍以上の値札が付いていたら、ほとんどのユーザーは買わないのである。
そして営業マンはこう真情を吐露した。「ステランティスの誕生で各ブランドを特徴づけていた歴史性は消され、モデルは画一化されてしまった。今ではどれも似たようなクルマばかりで、もはや個性のかけらも残っていない」。
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ストーリーとしては最高
話は変わって、近年イタリアとスペインにはタイガーというSUVブランドがある。2007年から中国メーカーのモデルをノックダウン輸入し、イタリア国内で最終組み立てを行っているDRオートモビルズ(旧DRモーター)のいちブランドである。
タイガーの始まりは1989年に英国で設立されたキットカー工房である。彼らが手がけた「ロータス・セブン」のレプリカは人気を博し、DRによれば「日本では数千台が売れた」という。その後もセブンをイメージさせるモデルでビジネスを続けてきたが、2022年に創業家がDRに商標を売却。以来、DRは北汽(BAIC)や奇瑞(チェリー)が開発した車両をベースにしたSUVを伊西両国で販売している。
筆者が何を言いたいのかといえば、新興ブランドにとっては1980年代に設立された小規模コンストラクターでさえ、ストーリーテリング、つまり物語性構築の材料となり得るということだ。歴史をさかのぼれば、1960年にジャガーがデイムラーを、1975年にデ・トマソがマセラティを手中に収めたのも、前者は英国王室御用達、後者はレース歴という輝かしいヒストリーがあったからにほかならない。
現存するイタリア車のメーカーとしては、フィアットに次いで古い1906年に誕生し、大統領専用車の納入実績も数々あるランチアの歴史的バリューは計り知れない。仮にステランティスの手を離れたとしても、優秀なブランド構築スペシャリストの手にかかれば、再生は不可能ではないだろう。
ステランティスの年次株主総会は2026年4月14日に開催される。ランチアに関して何らかの発表があるのか注目したい。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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