第2回:フィアット500とレクサスの不思議なご縁(大矢アキオ)
2007.08.04 マッキナ あらモーダ!第2回:フィアット500とレクサスの不思議なご縁
みんな、楽しんだかーい
先週お伝えしたように、トリノ・ポー川の堤防を“占拠”して行われた「フィアット新型500」の発表会は、スーパー歌舞伎もビックリの派手な演出だった。
その翌日7月5日に行なわれた記者会見も、これまたユニークなものだった。
会場からして、昨年トリノ五輪でアイスホッケー会場となった競技場である。建築家・磯崎新がプロジェクトに関与したことから、トリネーゼの間は「パライソザキ」と呼ばれている名物施設だ。
午前9時30分、往年のFIATロゴをあしらったスウェットを着た男が、壇上に現れた。
そしていきなり、「昨日の夜(のスペクタクル)は、みんな楽しんだかーい!」と第一声を発した。会場のジャーナリストたちからは拍手が沸き起こった。
渋いスーツを来た社長が「渡○でございます」などと、自分の名字から切り出す和式記者会見と最初からノリが違う。
そして男は、「昨晩、(スペクタクル)で天に浮かんだ新型500を、ひとりの男の子がぽかんと口を開けて眺めている姿に、ジーンときました」と、空中を見上げながら感想を述べた。
さらに男は「今からボクに、みなさんのケータイから新型500に捧げるメッセージを送ってください」と告げ、番号を示した。
ジャーナリストたちは、一斉にピコピコと送信を始める。ボクも「成功するといいネ」と打って送ってみた。まもなく、携帯の画面には「500 THANKS」というメッセージが返信されてきた。
やがて、実際に新型フィアット500が壇上に登場すると、男はAピラーにキスをした。
ふたたび日伊比較になって恐縮だが、日本の記者発表では、社長に続き、大抵の場合は開発担当責任者が登場する。そして下請けPR会社の指示どおりと思われる、慣れない身振りで車両を解説する。日頃地道に開発センターで制服を着て仕事をしている人が、いきなりクールビズな格好をさせられ、3列目シートの倒し方を披露しても、ぎこちないに決まっている。
そのたび観ているボクのほうが、「そんなに、オジサンをいじめないで」と声を上げてしまいたくなる。
もちろん、イタリアの場合も、すべては練習済みの演出であるのだが、男は原稿を一度も読むことなく、さりげなくこなしていった。
かくして、その男の立ち居振る舞いは、フィアットが新しい時代を迎えたことを印象づけるのに充分なものだった。
トヨタで“修業”
ずいぶん前置きが長くなってしまったが、その男の名は、「Luca De Meo(ルカ・デメオ)」という。フィアット・オートモービルズのCEOである。1967年生まれの今年40歳だ。
説明しておくと、フィアットは今年2007年1月23日のグループ改編で、フィアット、アルファ、ランチアそして商用車の4部門が、それぞれ独立した株式会社によって運営されるようになった。
デメオは、フィアット・ブランドのトップというわけである。
このデメオ、実は日本とも遠からぬ関係にある。
彼はミラノ・ボッコーニ大学の経済学部卒業後、フランスでマーケティングを学び、1992年ルノーで自動車ビジネスの世界に入った。
しかしその後98年、彼はトヨタ・モーターヨーロッパに移籍する。
そしてレクサス・ブランドの投入計画に参画。のちに製品マネジメント部門の総責任者も務める。
その腕が買われて2002年にフィアットに入社。ランチア・ブランドを経て、2005年フィアット・ブランドのコマーシャル・マネジャーに就任し、前述のとおり今年から現職にある。
デメオがトヨタに在籍した時期は、ちょうど欧州でレクサスが普及し始めた時期と重なる。高級車ブランドがひしめき、保守的メンタリティーを持つユーザーが多い欧州で、知名度ゼロのレクサスを投入する大作業の指揮をとっていたわけだ。そこで得た経験はフィアット・ブランドの再構築に大きく貢献したに違いない。
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「日本を熟知」への期待と心配
デメオは日本市場にも造詣が深いようだ。
記者発表の席上、筆者は「新型500のアジア市場への投入計画は?」と、デメオに質問した。
するとデメオは「今年の東京モーターショーで、限りなく生産型に近いアバルト仕様を公開することを決定している」と明らかにしたうえで、
「日本は、フィアット500の伝説が根付いている国。その傾向は、とりわけスポーツモデルに強い。(新型500の投入によって)その伝説を、いち早く呼び醒ますことができると思っている」と、日本市場に対する分析を披露した。
ところで、デメオはじめフィアット首脳陣は、新型500は日本車に匹敵するクオリティであると胸を張る。
ただしボクが心配なのは、ネガティヴな日本的マーケティングも知っていないか? ということである。
新型500は前回書いたように、その外観に似合わず、非常に真面目な造りのクルマである。そして、それが売れることは、イタリア自動車産業にとっても歓迎すべきことだ。
しかし、普及モデルである「フィアット・パンダ」をベースに、面白グルマを造ってみたことは事実である。
自動車メーカーというものは、派生車種が売れてしまうと、ついつい安易なクルマ造りに流れがちである。
事実、日産が90年代末に危機に陥ったのも、「セドリック/グロリア」にゴージャスな上屋を載せたら妙に当たってしまった1988年「シーマ」で、安易なクルマづくりを学んでしまったことの結末である、とボクは思っている。
「デメオ、よろしく頼む」と、今からお願いしておきたい。「日産の轍を踏むなよ」と。
ちなみにデメオは、前述のフィアット4ブランドの中では、一番若いCEOである。
個人的には、彼が大フィアットの“シャチョー”になり、いっぽうで1歳年上のボクが彼をネタにウンウン言いながら原稿書きしているのがクヤシイ。
だが、同じ昭和40年代前半生まれ(なんて言っても、イタリア人の本人にはわからんだろうが)の同世代として、大いに期待することにしよう。
今年秋、彼がアバルトを幕張に持ってくるという約束を果たしたら、「新型500お目出とう」と彼のギョロ目に引っかけて、「出目男」というオリジナル印鑑を贈呈しようと考えている。
(文と写真/大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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