第42回:『トリノの風薫る』プリンス・スカイラインスポーツ(1962-63)(その1)
2006.09.13 これっきりですカー第42回:『トリノの風薫る』プリンス・スカイラインスポーツ(1962-63)(その1)
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<設問>次の記述にあてはまる車種名を挙げよ。
1.日本で初めてイタリアン・デザインを導入したモデルは?
2.日本で初めてつくられた高級パーソナルカーは?
3.日本で初めてタコメーターや本革シートを標準装備したのは?
以上3つの質問に対する答えは、いずれも同じ車種。それが今回紹介する「プリンス・スカイラインスポーツ」なのである。
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■スカイライン史上の異端児
「スカイライン」の誕生は1957年。55年登場のクラウンに次いで、国産で2番目に古いブランドである。半世紀近いその歴史には、ポルシェ904カレラGTSに挑み、「スカG伝説」を生んだ初代スカイラインGT、サーキットで前人未到の50勝を挙げた通称ハコスカこと3代目の2000GT-R、16年ぶりに復活し、圧倒的なパフォーマンスで国産高性能車の歴史を塗り替えたR32GT-Rなどなど、数々の伝説や神話に彩られたモデルが存在することは、いまさら語るまでもないだろう。
だが、誕生に際してそれらに勝るとも劣らないエピソードを持ちながら、今となってはめったに語られることのないモデル……それが「プリンス・スカイラインスポーツ」である。
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■プリンスというメーカー
ここまで読んで、「スカイラインスポーツ」と言うからにはかつて存在したスカイラインのバリエーションなのだろうが、頭につく「プリンス」って何だ?と思った方もいるかもしれない。
そういう方のために簡単に説明しておくと、日産の看板車種となって久しいスカイラインだが、もとはといえば66年に日産に吸収合併された「プリンス自動車」というメーカーが世に送り出したモデルなのだ。
その「プリンス」はというと、日本の敗戦とともに翼を失った「立川飛行機」と「中島飛行機」という航空機メーカーをルーツとする、進歩的なアイデアと高度な技術力、そして都会的なセンスを併せ持つメーカーだった。
たとえば52年に登場したプリンス・セダンAISH-1の「OHVエンジン」、スカイラインスポーツのベースとなった初代スカイライン/グロリアの「ド・ディオン・アクスル」(57年)、2代目グロリア用の「直6SOHCエンジン」(63年)などは、日本ではプリンスが最初に導入した技術であり、また日本初のプロトタイプ・レーシングスポーツである「R380」(65年)を開発するなど、その姿勢は先取の精神にあふれていた。
そのいっぽうで、プリンスは皇室との結びつきが深いメーカーでもあった。先に名を挙げたプリンス・セダンAISH-1は、「プリンス」の名を冠した最初のモデルとして 52年3月にデビューしたのだが、その名はこの年に皇太子明仁親王(今上天皇)の立太子礼(内外に皇太子であることを宣明する儀式)が行われることにちなんでつけられたものだった。
話が前後するが、当時のメーカー名は「プリンス」ではなく「たま自動車」であり、当初「プリンス」はペットネームに過ぎなかったのである。なお、社名の変遷は煩雑なのでここでは省くが、最終的な社名である「プリンス自動車工業」を名乗るようになったのは61年のことだった。
その後54年に開かれた第1回全日本自動車ショウ(東京モーターショー)で発表された「プリンス・セダンAISH-2」が皇太子の目に止まって愛用され、これが縁で皇室はその後もプリンス車を指名するようになった。先日、退役が決まった御料車の「ロイヤル」も、正式発表(納入)が日産との合併後だったために「日産プリンス・ロイヤル」と呼ばれているが、その開発・製作はすべてプリンスで行われたのだった。
「スカイラインスポーツ」を送り出した「プリンス」とは、こうしたユニークなカラーを持つ自動車メーカーだったのである。(つづく)
(文=田沼 哲/2005年11月)

田沼 哲
NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。
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第53回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その4「謎のスプリンター」〜 2006.11.23 トヨタ・スプリンター1200デラックス/1400ハイデラックス(1970-71)■カローラからの独立1970年5月、カローラが初めて迎えたフルモデルチェンジに際して、68年に初代カローラのクーペ版「カローラ・スプリンター」として登場したスプリンターは、新たに「トヨタ・スプリンター」の名を与えられてカローラ・シリーズから独立。同時にカローラ・シリーズにはボディを共有する「カローラ・クーペ」が誕生した。基本的に同じボディとはいえ、カローラ・セダンとほとんど同じおとなしい顔つきのカローラ・クーペに対して、独自のグリルを持つスプリンターは、よりスポーティで若者向けのムードを放っていた。バリエーションは、「カローラ・クーペ」「スプリンター」ともに高性能版の「1200SL」とおとなしい「1200デラックス」の2グレード。エンジンは初代から受け継いだ直4OHV1166ccで、「SL」にはツインキャブを備えて最高出力77ps/6000rpmを発生する3K-B型を搭載。「デラックス」用のシングルキャブユニットはカローラとスプリンターで若干チューンが異なり、カローラ版は68ps/6000rpm(3K型)だが、スプリンター版は圧縮比が高められており73ps/6600rpm(3K-D型)を発生した。また、前輪ブレーキも双方の「SL」と「スプリンター・デラックス」にはディスクが与えられるのに対して、「カローラ・クーペ・デラックス」ではドラムとなっていた。つまり外観同様、中身も「スプリンター」のほうがよりスポーティな味付けとなっていたのである。しかしながら、どういうわけだか「スプリンター1200デラックス」に限って、そのインパネには当時としても時代遅れで地味な印象の、角形(横長)のスピードメーターが鎮座していたのだ。
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第52回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その3「唯一のハードトップ・レビン」〜 2006.11.15 トヨタ・カローラ・ハードトップ1600レビン(1974-75)■レビンとトレノが別ボディに1974年4月、カローラ/スプリンターはフルモデルチェンジして3代目となった。ボディは2代目よりひとまわり大きくなり、カローラには2/4ドアセダンと2ドアハードトップ、スプリンターには4ドアセダンと2ドアクーペが用意されていた。このうち4ドアセダンは従来どおり、カローラ、スプリンターともに基本的なボディは共通で、グリルやリアエンドなどの意匠を変えて両車の差別化を図っていた。だが「レビン」や「トレノ」を擁する2ドアクーペモデルには、新たに両ブランドで異なるボディが採用されたのである。カローラはセンターピラーのない2ドアハードトップクーペ、スプリンターはピラー付きの2ドアクーペだったのだが、単にピラーの有無ということではなくまったく別のボディであり、インパネなど内装のデザインも異なっていた。しかしシャシーはまったく共通で、「レビン」(型式名TE37)および「トレノ」(同TE47)についていえば、直4DOHC1.6リッターの2T-G/2T-GR(レギュラー仕様)型エンジンはじめパワートレインは先代から踏襲していた。ボディが大型化したこと、および双方とも先代ほど簡素でなくなったこともあって車重はレビン930kg、トレノ925kgと先代より60〜70kg前後重くなった。
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第51回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その2「狼の皮を被った羊(後編)」〜 2006.11.10 トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■違いはエンブレムのみ1972年3月のレビン/トレノのデビューから半年に満たない同年8月、それらを含めたカローラ/スプリンターシリーズはマイナーチェンジを受けた。さらに翌73年4月にも小規模な変更が施されたが、この際にそれまで同シリーズには存在しなかった、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.0kgm/4200rpmを発生する直4OHV1.6リッターツインキャブの2T-B型エンジンを積んだモデルが3車種追加された。うち2車種は「1600SL」と「1600SR」で、これらはグレード名から想像されるとおり既存の「1400SL」「1400SR」のエンジン拡大版である。残り1車種には「レビンJ1600/トレノJ1600」という名称が付けられていたが、これらは「レビン/トレノ」のボディに、DOHCの2T-Gに代えてOHVの2T-B型エンジンを搭載したモデルだった。なお、「レビンJ1600/トレノJ1600」の「J」は「Junior(ジュニア)」の略ではないか言われているが、公式には明らかにされていない。トランクリッド上の「Levin」または「Trueno」のエンブレムに追加された「J」の文字を除いては、外から眺めた限りでは「レビン/トレノ」とまったく変わらない「レビンJ/トレノJ」。だがカタログを眺めていくと、エンジンとエンブレムのほかにも「レビン/トレノ」との違いが2点見つかった。
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第50回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その1「狼の皮を被った羊(前編)」〜 2006.11.6 誕生40周年を迎えた2006年10月に、10代目に進化したトヨタ・カローラ。それを記念した特別編として、今回は往年のカローラおよびその兄弟車だったスプリンター・シリーズに存在した「これっきりモデル」について紹介しよう。かなりマニアックな、「重箱の隅」的な話題と思われるので、読まれる際は覚悟のほどを……。トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■スパルタンな走りのモデル型式名TE27から、通称「27(ニイナナ)レビン/トレノ」と呼ばれる、初代「カローラ・レビン1600/スプリンター・トレノ1600」。英語で稲妻を意味する「LEVIN」、いっぽう「TRUENO」はスペイン語で雷鳴と、パンチの効いた車名を冠した両車は、2代目カローラ/スプリンター・クーペのコンパクトなボディに、セリカ/カリーナ1600GT用の1.6リッターDOHCエンジンをブチ込み、オーバーフェンダーで武装した硬派のモデルとして、1972年の登場から30余年を経た今なお、愛好家の熱い支持を受けている。「日本の絶版名車」のような企画に必ずといっていいほど登場する「27レビン/トレノ」のベースとなったのは、それらが誕生する以前のカローラ/スプリンターシリーズの最強モデルだった「クーペ1400SR」。SRとは「スポーツ&ラリー」の略で、カローラ/スプリンター・クーペのボディに、ツインキャブを装着して最高出力95ps/6000rpm、最大トルク12.3kgm/4000rpmを発生する直4OHV1407ccエンジンを搭載したスポーティグレードだった。ちなみにカローラ/スプリンター・クーペには、1400SRと同じエンジンを搭載した「1400SL」というモデルも存在していた。「SL」は「スポーツ&ラクシュリー」の略なのだが、このSLに比べるとSRは装備が簡素で、より硬い足まわりを持った、スパルタンな走り重視のモデルだったのである。
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