第85回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳(その7:山頂付近、すでに小屋は閉鎖!?)(矢貫隆)
2006.08.18 クルマで登山第85回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳その7:山頂付近、すでに小屋は閉鎖!?(矢貫隆)
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■アイスバーンを降りながら
稜線に辿り着くと、そこは、それまでの急勾配が嘘のように平坦で広い場所だった。その名も乗越浄土。急登を思えば、ここはまさに極楽である。
すぐ目の前にはふたつの山小屋、宝剣山荘と天狗荘があり、視線の先には、絶対に登りたくないような荒々しい姿の宝剣岳が見える。その景色を左に、山小屋を通り過ぎ、目指すは中岳を経由して、今夜の宿、頂上木曽小屋である。
小屋の閉鎖はあと2日後だというから、A君と僕は、本当にシーズン最後の山を登っているというわけだ。
勾配変化のない楽チンな道を15分ほど歩き、大好きな景色である岩塊斜面を登り切れば中岳の頂きに立つ。
目の前には独立峰の御岳が見え、遠くには北アルプスの山並みが見える。マッターホルンみたいにとんがったのが槍ヶ岳だから、その横は穂高岳。視線をず〜っと右に移すと乗鞍岳も見えた。
「北アルプスも50万年くらい前に隆起を始めたんでしょうか?」
いや、300万年〜140万年前とか、400万年〜300万年前から隆起したとか諸説あるらしく、とにかく木曽山脈よりはずっと古いらしい。
「ところで、もう午後3時ですよ。暗くなる前に山小屋に着けるんですよね?」
当たり前だろう、A君。そうそう何度も失敗を繰り返す俺じゃないよ。すぐ下に山小屋が見えるだろう? あそこが目的地だ。もう着いたようなもんだ。
「それを聞いて安心しました」
小屋に向かって下る中岳の斜面には一面の雪が降り固まっていた。アイスバーンとまではいかないが、滑りやすいことに違いはない。用意周到(この時期なら当たり前の装備)の僕たちはアイゼンを着け、急斜面を下りていく。
何だか様子がヘンだとA君が感じ始めた。
実は、僕もヘンだと思っていた。小屋に近づくにつれ、どう見たって人がいる気配がまるでないのである。もしかして、すでに小屋は閉鎖!?
そんな馬鹿な、ちゃんと電話で予約しているんだから。
「誰もいませんよ、小屋のなか……」
「ここじゃないんじゃないですか?」
うん……。
「うんじゃないですよ。3時半ですよ」
この山の向こう側じゃないかな。
「向こう側まで歩いて、そこに小屋がなかったらどうするんです!?」
A君、怒る。
「何べん僕の身を危険に晒したら気が済むんです? 僕に恨みあるんですか!? 新婚の妻が……」
衝突してくるんだろう?
「違います! 心配しているんですッ」
携帯電話の電波が通じる中岳の頂上まで引き返し、そこで山小屋に連絡を入れた。そして事実が判明した。宿泊するのは頂上木曽小屋、それを頂上山荘と勘違いして覚えてしまっていたのだった。
A君のご機嫌をとりながら再び中岳を下り、頂上山荘のある鞍部を越えて木曽駒ヶ岳の山頂を目指す。頂上が近くなった頃、向こう側の斜面に山小屋が見えた。1時間をロスして無事に到着である。
(つづく)
(文=矢貫隆/2006年7月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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