アストンマーティン・ヴァンテージS(FR/8AT)
より強く、しなやかに 2026.07.21 試乗記 アストンマーティンの擁するFRスポーツ「ヴァンテージ」が、より高性能な「ヴァンテージS」に進化。よりたくましいエンジンを獲得し、卓越したコーナリング性能に磨きをかけつつ、“優しさ”も身につけた最新モデルの走りを報告する。ラインナップ随一の“ファイター”だった
「ヴァンテージはファイターですからね」。ニコニコ笑いながらそう話してくれたのは、4代目ヴァンテージのビークルダイナミクスをつくり上げたマット・ベッカーさん。2017年の晩秋、日本国内で現行ヴァンテージがお披露目された直後にインタビューしたときのことだった。
ベッカーさんは、かつてロータスで車両のシャシー開発を担当していた人物。ハンドリングを軸とした“走りの味”のスペシャリストだ。2015年に、当時のCEOだったアンディ・パーマーさんに誘われてアストンマーティンへ移籍し、車両特性エンジニアリングのチーフエンジニアに就任。既存のモデルの改良や、開発が進んでいた「DB11」の味つけに関与した後、ゼロから新型ヴァンテージを手がけたのだった。
そのときは発表直後で未試乗だったのだが、ベッカーさんのロータス時代の作品はもちろんすべて体験していたし、ただでさえハンドリングのよかった3代目ヴァンテージをベースに、彼が究極的なハンドリングマシンへと仕立て上げた「GT12」や「GT8」には骨抜きにされた経験がある。ベッカーさんが“ファイター”と称する新しいヴァンテージのダイナミクスに、超がつくぐらい期待が膨らんだのも当然のことだった。やたらと胸が躍ったのだ。
今になってなぜそんなことを思い出したのかといえば、最新のヴァンテージSに乗り込んで走りだした途端、「あれ?」と感じたからだ。そのクエスチョンマークは、都内の一般道から高速道路にかけて穏やかに移動している間中、大きくなったり小さくなったりしながら、頭のなかに居残っていた。
“S”のつくアストンマーティンには、既存のモデルより高いパフォーマンスが与えられるのが通例だ。このヴァンテージSも、メルセデスAMG由来の4リッターV8ツインターボエンジンは、パワーが+12PSの680PSへと引き上げられ、トルクは800N・mというピーク値こそ変わらないものの、発生回転数が750rpm引き下げられ、2000rpmから5000rpmの間で最大トルクを発生し続ける図太いトルクバンドを持つようになった。
325km/hという最高速に変わりはないが、まぁ日本では数字以上の意味を持たない性能だ。一方、0-100km/h加速が0.1秒短縮されて3.4秒となったことは、ちょっとばかり大きいかも、と思った。中間加速、つまりコーナーからの脱出速度やその後の伸びが向上しているだろうと予想できるからだ。
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戸惑うほどに洗練された乗り味
見た目も、既存のヴァンテージと似ているようで結構違う。フロントフードのスリットに、放熱効果や整流効果を高めるブレードが備わり、フロントバンパー左右のスリットにもブレードが備わり、フロントのエアダムはより前方へと突き出て、リアのデッキにはカーボン製のスポイラーが追加された。アストンは伝統的に、あまり意味のない装飾に情熱を注いだりしない。それらは空力性能にしっかり効いていて、アンダーフロアに改良の手が入っていることもあり、フロント側で67kg、リア側で44kg、最高速走行時のダウンフォースが増えているのだという。
僕は、残念ながら2024年に大幅なアップデートが施される前のヴァンテージしか経験したことがないのだけど、前期型にあたるそれは、ベッカーさんの言うとおり、間違いなく“ファイター”だった。今回のヴァンテージSと比べれば170PSと115N・mほどアウトプットは低かったけど、それでも歴代アストンのなかで最もシャープといえるドライブフィールを堪能させてくれたし、その気になれば、いつものワインディングロードを誰よりも速く駆け抜けられるモデルだった。そのぶん乗り心地は結構ハードで、グランツーリスモ色の強いほかのアストンと比べると、路面の凹凸やうねりなどを強く意識させられた。そして新しいヴァンテージSはというと、その“ファイター”としての資質を伸ばしたようなモデルに違いないと思っていたのだ。このクルマのプロファイルや実車のディテールを見れば、僕じゃなくてもそう思うだろう。
ところがである。その予想を確かなものにしてくれそうなオプションのカーボン製バケットシートに座って走りだした最初の印象は、「あれ?」だったのだ。僕の知るハードコアなヴァンテージの乗り味とは違って、DBシリーズを思わせる乗り心地のよさだったのである。もちろんそれは、ふかふかふんわりした軟弱なものではなく、締まりのある筋肉質な、いかにもスポーツカーらしいものではある。タイヤが今どんな路面を踏んでいて、サスペンションがどう対応しているのかをきっちりと伝えてくるのに……それが少しも不快じゃないのだ。動きが滑らかで、角が丸い。それこそ「柔らかい」と感じるぐらいしなやかで、ありていに言うなら快適さを感じたのだ。正直に白状するなら、この日いちばん驚いたのは、ここだった。
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このエンジンは実戦向き
リアのサブフレームをリジッドマウントすることで剛性を上げ、トランスミッションのマウント剛性は逆に引き下げ、リアのスプリングエイドの硬さもあえて抑えるなどして、車体全体のバランスを調整する。アダプティブダンパーの制御を見直し、キャンバーやキャスター、トーの設定にも手を入れる。ヴァンテージSのシャシーにはフルモデルチェンジもかくやという改良が加えられており、期待以上の……というか予想すらしてなかった乗り心地のよさは、その恩恵のひとつだったようだ。
一方で、このマイルドな乗り心地に僕は、「実はわりと気に入っていたファイターっぽさが薄れて、『DB12』のようなGT色の強いモデルになったのかも」と軽い疑念も抱いたのだが、走行モードを切り換えてアクセルペダルを踏み込むと、ばかな心配をしたものだと苦笑いしてしまった。そんなわけないじゃないか。
680PSに800N・mの4リッターV8ツインターボは、相当に速い。低速域からの獰猛(どうもう)なダッシュ。そこからのめくるめく伸び。回転が高まるほどにシャープさを増すレスポンス。「メルセデスAMG GT」のそれより角が微妙にまろやかな、アストンらしく調律されたサウンド。スムーズで素早く、“加速度的”という言い方がしっくりくるほど、ヴァンテージSはめきめきとスピードを積み上げていく。これは素晴らしく楽しい体験だ。
一方で、回転上昇に伴ってドラマティックな味わいが濃くなっていくエンジンだから高回転型ユニットかと錯覚しがちだが、冷静になると実はフラットな性格で、2000rpmから5000rpmまで怒濤(どとう)のトルクを発生し続けるエンジン曲線を頭と体で思い出す。パワーもピークの6000rpmまで直線的に伸びていく感じだ。
つまり、どこからアクセルペダルを踏んでいっても速さを引き出せる。ピーキーなエンジン=乗りにくいエンジン=速く走らせにくいエンジン。現代では当たり前の認識となっているその方程式を持ち出すまでもなく、これは戦うのには実に有利だと想像できるだろう。0-100km/h=3.4秒という数値は、835PSを誇るフラッグシップGT「ヴァンキッシュ」と0.1秒しか変わらない。不満を感じるドライバーなんていないんじゃないか? こうして平静にキーボードに打ち込んでいる僕自身、一発目のフル加速ではちょっと頭がクラッとしかけたほどだった。相当にパンチが効いている。
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ドライブモードでコーナリングが変わる
ワインディングロードに飛び込むと、やっぱりここが本領だなとうれしくなる。なにしろよく曲がる。素晴らしく曲がる。ドライブモードを最もソフトな「スポーツ」──つまりスポーツが“ノーマルモード”なのだ──に据えたままでも、ヴァンテージSはすっきりとキレのいい感覚をドライバーに伝えながら、すんなりと素直に素早く曲がってくれる。
それを「スポーツプラス」にすると、長いノーズはさらに素早く気持ちよく、コーナーの内側を刺していく。操作に対するクルマの反応は、適度にシャープで見事に正確。ブレーキを残しながらコーナーに進入していくと、フロントがスッとコーナーの内側を向き、ほぼ同時にリアが反応して踏ん張りを効かせながら適切に追従してくれる。実に狙ったラインに乗せていきやすい。そして立ち上がりで右足に力を込めていくと、アンダーステアなどみじんも感じさせずに、行きたい方向へと加速していく。実にニュートラル。意図してオーバースピード気味に進入してみたり、立ち上がりで余分にアクセルを踏み込んでみたりもしたが、電子制御が巧みに介入してくれるおかげで、フロントが逃げていくことも、リアが裏切って弾け飛んでいくこともない。
そして最後に「トラック」に入れてみる。すると──実際にはあり得ないことなのだけど──まるで瞬時にホイールベースが短くなったかのような印象で、クルマが回り込んでいくときの動きがハッキリと、さらに素早くさらにシャープになるのだ。なんと鮮やかなコーナリングフィール! なんとエキサイティングなコーナリングパフォーマンス!
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この値段でも高くはない
……と、ここでふと気がついた。僕は数年前にもいくつかヴァンテージの試乗記を承ったことがあるのだけど、そのときにもかなり似たような言葉を並べてたんじゃなかったか? いや、そこはモノ書きとしての表現力不足、語彙力不足の表れにほかならないのだけど、それはそれとして重要なのは、時間の隔たりを越えて2台のヴァンテージに同じようなことを感じたという事実。つまりは初期型も最新のSも、スポーツカーとしてのテイストはまったく同一線上にあって、とりわけ“曲がる”ことに関する思想にはみじんもブレがなかったということだ。
もちろんしっかり進化している部分もあって、フロント側のレスポンスとグリップ感、リア側の踏ん張り感が増したこと、クルマが伝えてくる各種インフォメーションが全体的に豊かに感じられるようになっていたことなどは大きい。加えて、トラックモードでは初期のモデルを連想させるハードコアな乗り味を見せるけれど、スポーツモードではデートやロングドライブも余裕でこなせる、快適ともいえる乗り心地を提供してくれる。ヴァンテージは進化の過程でいかにもアストンらしい“強さ”を磨き上げながら、それに裏打ちされた穏やかさも身につけた、ということなのだろう。真のファイターは優しさをも兼ね備えているということか。日本人にとっての武士道みたいに英国が大切にしている、ジェントルマンの精神そのものじゃないか。
ベッカーさんはすでにアストンを卒業して次の挑戦に取り掛かっているけれど、彼がヴァンテージに込めた思いは受け継がれ、正しくまっすぐ進化を遂げている。実際のところ、スポーツドライビングを好むドライバー、操縦することになにより喜びを感じる人にとって、こんなに素晴らしいFRのスポーツカーはほかに存在しない。僕はそう思う。2760万円からの額はおいそれと払えるものではないが、それでもコストパフォーマンスでいえば、ここまで優れたスーパースポーツカーはないのではないか。
(文=嶋田智之/写真=向後一宏/編集=堀田剛資/車両協力=アストンマーティン ジャパン)
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テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンテージS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4495×1980×1275mm
ホイールベース:2705mm
車重:1745kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:680PS(500kW)/6000rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2000-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y XL/(後)325/30ZR21 108Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツS 5)
燃費:12.1リッター/100km(約8.3km/リッター、WLTPモード)
価格:2760万円/テスト車=--円
オプション装備:ペイント-Qスペシャル/バッジ-アストンマーティン ブラックウイング&スクリプト/フロントグリルスタイル-ブラックベーン/リバリー-ロアピンストライプ/カーボンセラミックブレーキ/Sインテリアハイライト-レッド/カーボンファイバーパフォーマンスシート<6way>/シートベルト-レッド/インテリアジュエリーパック-サテンダーククローム/センタートリムインレイ-サテン2×2ツイルカーボンファイバー/ステッチ-コントラスト/ヒーテッドステアリングホイール-アルカンターラ/インスパイアS-アルカンターラモノトーン
テスト車の年式:2026年型
テスト開始時の走行距離:4051km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:351.0km
使用燃料:44.64リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.9km/リッター(満タン法)/8.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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嶋田 智之
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