オペル・シグナム3.2リッター(5AT)【海外試乗記】
溢れるサービス精神 2003.05.01 試乗記 オペル・シグナム3.2リッター(5AT) オペル「ベクトラ」に追加設定された「シグナム」は、130mmストレッチしたホイールベースによる、ゆとりある後席がジマンのスペシャルワゴン。ドイツはベルリンを基点に開かれた海外プレス試乗会で、webCGエグゼクティブディレクターの大川悠が試乗した。アップグレードの喜び
戦争やSARSの影響で急速に業績が落ち込んでいる世界中の航空会社は、利益率の低いエコノミーに期待するより、すこしでも儲かる上のクラスで勝負しようとしている。だって、最近読んだ猪瀬直樹さんの本によれば、ジャンボを一機東京からロスアンゼルスまで飛ばすのに、全経費が2300万円になるというから、どう考えても往復8万円なんていう格安チケットではペイしないのだ。
というわけで各社、まずファーストクラスのシート改革を一通り終えて、今はビジネスクラスのグレードアップに懸命になっている。何たってこのクラスは、比較的正規料金を支払う率が高いから、いかにお客を集めるかが勝負。この1〜2年間で急に快適になった。最初にフルフラットを入れたのが英国ブリティッシュエアウェイズ、アメリカのノースウエストはファーストクラスをやめた代わりに、以前のファースト用シートをビジネスに流用する。そしてJALもANAも、フルフラットシートに近い方向を狙い始めた。無論掟破りのヴァージンは、どんどんアッパークラスをよくしている。
何でこんな話から始めたのかといえば、今回ドイツで試乗したオペル「シグナム」が、まさにエコノミーからビジネスクラスへの“アップグレード”がテーマだと理解したからだ。ちなみに、ドイツでは“シグナム・クラス”のキャッチコピーで宣伝を展開している。
“シグナム・クラス”へアップグレード
シグナムは、簡単にいえば「ベクトラ」のホイールベースを130mmストレッチし、浮いたスペースのほとんどをリアシートに捧げたクルマだ。全長はベクトラより40mmしか増えていないのである。その狙いは明瞭、Dセグメントでありながら、プレスティッジ級の快適性とスペースをもったリアシートを設けることで、新鮮な付加価値を与えようとしたのだ。
だから、仮に“ノーマル”ベクトラの後席から乗り換えると、空港のカウンターでアップグレードしてもらって、ビジネスなりファーストなりのシートに移動したような感じがする。そう、これが“シグナム・クラス”なのだ。いい名前だから、ルフトハンザあたりが使えば面白いと思う。
シグナムの価値はリアにありと書いたが、それはシートだけではなく、アレンジメント全体にある。足下スペースは、多分メルセデスベンツ「Sクラス」のショートホイールベース版ぐらいあるだろう。なにしろ、このクルマ自体のホイールベースが2830?もあるのだから。幅は他のモデルと同じだが、シートを前後に130?スライドできるほか、バックレストは最大30度傾けられる。
さらにヨーロッパでは、クーラーボックスからラップトップ用デスクも兼ねる、オプションの「センターコンソールボックス」が用意される。日本仕様にはたぶん設定されないというが、それでもセンター部分を一回転させれば中央部はシートクッションにもなるし、4人乗りなら小物入れ兼カップホルダーに変化する。もちろん、シートバックを前倒すれば、2シーターのワゴンになるのはいうまでもない。
つまりシグナムは、「アウディA4アバント」のような荷室をそれほど重視しない“スタイリッシュワゴン”と見てもいいし、あるいは長い5ドアハッチと理解してもいい。ともかく今は“クロスオーバー”の時代だから、詳しく分類する必要はないだろう。
心理的より物理的広さ
というわけで、実際に乗ったシグナム、前席はベクトラと同じである。非常にチュートニックであり、機械的品質感の演出がうまい。
問題は後席で、これは考え次第である。比較的低いルーフ、内張のデザインやサイドウィンドウオープニングの切り方によって、そんなに広く感じないという意見もある。でもリポーターは、それはそれでいいと思った。実際の寸法は十分あるのだから、感覚的にそれほど広く感じさせない方が、安心感があるように思えたのだ。
つまり物理的スペースと心理的スペースで、どう快適感のバランスをとるかということである。名翻訳家の深町真理子さんの表現を借りるなら「心地よく秘密めいた場所」の感覚だ。エアラインにたとえるならBAのアッパーデッキ・ビジネス窓側の感覚である。実際は従来のシートより幅は狭いのだが、自分の心地よい空間としてくつろげる。
エンジンは、お馴染みの3.2リッターV6、名機たる2.2リッター4気筒の直噴バージョンと、サーブ「9-3」と同系の低圧ターボ付き2リッターも設定された。しかし、試乗会で乗れたのは3.2リッターV6のみだった。まあこれはちょっと中速域から上がうるさいが、真面目にトルクを稼ぎ出す、なんとなくドイツの農民のようなユニットで、日本では例によって、ティップ付き5段ATと組み合わされる。
タイヤは、45プロファイルと50プロファイルの17インチを履いていたが、特性に合わせたダンパーセッティングがまだ詰まっていない感じで、場所によってはハーシュがやや強いし(特に重要な後席で)、ベルリン郊外の波状路ではピッチングが感じられた。ただし、オペルのエンジニアはそれを理解しており、生産型ではきちんとフィックスされるという。余談だが、エンジニア個人的には16インチタイヤの方がいいと思う、ともいっていた。でもこのシグナム、ダイナミック能力云々のクルマではない。あくまでもベクトラ系の“個性派”なのである。
そういった意味では、こんなクルマは珍しい。実際、イプシロンアーキテクチュアになった現在のベクトララインナップのなかで、もっとも個性的かつスタイリッシュなリアエンドをもつといえよう。
いまオペルに必要なのは、こういうサービス精神溢れたモデルだと思う。すくなくともJALやANAのビジネスクラスより、心のこもったサービス精神に富んでいると感じた。輸入は2003年秋からで、GTSの約10万円高になるという。
(文=webCG大川悠/写真=日本ゼネラルモーターズ/2003年4月)

大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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