第73回:「死の谷」が語りかける〜もうひとつの足尾公害事件〜(その2)(矢貫隆)
2005.11.19 クルマで登山第73回:「死の谷」が語りかける〜もうひとつの足尾公害事件〜(その2)(矢貫隆)
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■「日本のグランドキャニオン」
その昔、足尾郷松木村は養蚕が盛んな緑豊な里だった。
「古くは戦国時代の頃から松木の里に住みついた人々は、この地で畑をたがやして麦や大豆、ひえ、大根、芋などを作ったり養蚕にも精をだして谷あいの静かな土地で穏やかに暮らしていました」
足尾ダム河口にある銅親水公園の資料は、面影すら残っていないかつての松木村についてこう説明するが、しかし今は違う。松木村跡を含む現在の足尾の北部山地の植物について、足尾の郷土誌が次のように書く。
「北部山地は荒廃裸地で育成する植物も少ない。山腹面は特に尾根すじなどにススキ、沢すじなどにヨモギ、沢の堆積地にはイタドリ等が生えている」
いかにも荒涼たる土地を思い浮かばせる記述だが、その想像は間違いではない。事実、足尾を紹介する観光案内書は、草木を失って岩だらけの山容がそびえる松木渓谷の一部を「日本のグランドキャニオン」と評するほどなのである。
しかし松木渓谷は、松木村が緑豊な里であったのと同様、大昔から岩肌を露にした山ではなかった。
「亜硫酸ガスですね」
A君、そう先を急がず、とにかく松木村の跡を見に行ってみよう。
舗装の途切れた車両通行止めの道を松木村跡に向かって歩きだす。
上流から流れてきた砂礫に埋めつくされ、湿地帯のような姿となって本来の役目を果たせなくなっているダム湖。そこに沿って久蔵沢を遡り、橋を渡って小山を迂回し松木沢にでる。
すると、まず目に映ったのは、山の斜面で、数人の職人たちが植林作業を続けている光景だった。彼らの作業風景を眺めながら、銅親水公園の見晴台で読んだ案内書きを思いだした。
「ここから見渡す山々は、かつて銅山の煙害や山火事によって草や木がほとんどないハゲ山になっていました。1956年から本格的に多くの人手と長い年月をかけ足尾の山々に緑を蘇らせる治山事業を行い着実にその成果を上げています。今では洪水が起きることもなくなり、山もきれいな水を蓄えながら流すようになりました。山々にはニホンカモシカ、ニホンジカ、クマ、サル等も棲むようになりました」(つづく)
(文=矢貫隆/2005年11月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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