フィアット・ムルティプラ ELX(5MT)【試乗記】
変わった(変な)顔、変わらぬ楽しさ 2005.03.02 試乗記 フィアット・ムルティプラ ELX(5MT) ……262万3950円 「奇怪な顔」とか「ブサイク」とか言われ続けてきたフィアットの「ムルティプラ」が、マイナーチェンジを受けて「普通の顔」になった。しかし、いちばんの美質はまったく損なわれていない、と自動車ジャーナリストの島下泰久は言う。すっかり普通、実に退屈
おそらくこの顔を見たら、以前の「ムルティプラ」を知る人のほとんどが「残念」と思うのではないだろうか。マイナーチェンジを受けたムルティプラ、見ての通りあの独特の顔つきが、すっかり普通というか、一昨年にマイナーチェンジした「プント」や結局日本に導入されなかった「スティロ」などと同じ、実に退屈なものに変わってしまった。
好意的に見れば、今まであの奇異な顔に拒否反応を示していた人をひきつけることにはなるのかもしれない。きっとヨーロッパでは、販売サイドから切実な要求があったのだろう。しかし、ここ日本においては特に、今まであの奇異な顔やパッケージングにこそ魅了されていた人の気持ちを離れさせてしまうのではという気もする。
ともかく、何と言おうと変わってしまったムルティプラだが、実はその他の部分はほとんど何も変わっていない。顔つきとテールランプ形状が改められた外装だが、ボディの基本骨格は変わらず。全長わずか4095mmに対して全幅が1875mmもあり、そして背も1670mmと高い特異なディメンションはそのままだし、そこに横に3人並んで座るシートを2列配するという独創的なパッケージングも踏襲されている。
よくできたスポーツカーのように
日本車でも、「ホンダ・エディックス」が似たようなレイアウトで登場したが、ムルティプラがそれと決定的に異なるのは、どの席も扱いが平等だということである。センターシートもサイズは左右席と共通。微妙に前後にずらしたりせず、真横に一列に並べてもそれぞれ快適に過ごせる空間づくりがなされている。おかげで全幅は正直に広げられているわけだが、それもかえって潔い。なにしろ、このレイアウトだからこそ、3人並んで乗った時のあの楽しさがもたらされるのだから。ちなみにシート表皮の色はブルー1色。ボディ色がオレンジでもブルーでもホワイトでも、これがうまく似合ってしまうところは、さすがイタリア車である。
あの幾何学的というか、外観以上に個性的だった運転席まわりのデザインも、まったく手は入れられていない。このダッシュボード、見た目に最初はびっくりするが、実はレイアウトはよく練られていて、実は操作性は抜群に良い。インストゥルメントパネルからニョキッと生えたシフトノブも、よくできたスポーツカーのようにステアリングからスッと手を下ろした位置にあって、ニヤッとさせられる。
ブン回してシフトして
そして、何より嬉しいのは、あの活発な走りの健在ぶりだ。エンジンは大柄なボディには物足りなく思える1.6リッターだが、実用域で非常によく粘り、またトップエンドまで苦しげな素振りを見せず元気に回ってくれる。シフトタッチが小気味良く、また各ギアで引っ張ると、ちょうどシフトアップしてもトルクバンドに乗る巧みな設定のギア比もあって、ついついブン回してシフトしてを繰り返してしまう。このあたりも、同じことばかり言っているようだが、やはり紛れもなくイタリア車だ。
ハンドリングも一言、とても楽しい。背が高く、着座位置も相当高いのに、ロールセンター位置がよく煮詰められているようで、ロールしても怖さはまったくない。それどころか、ワイドトレッドとショートホイールベースのおかげで身のこなしは軽快そのもの。コーナーの連続がたまらなく楽しい。しかも、それでいて乗り心地は硬いということもなく、むしろ積極的に快適だと言える。何も凝った機構は使っていないにもかかわらず、である。
ずいぶん普通になってしまった見た目に、最初はガッカリしたムルティプラだが、こうして乗ってみたら、その楽しさはまったく変わっていなかった。そして実は懸案の見た目も、確かに前よりは普通になったが、それは前のを知っているから思うこと。特異な縦横比は不変だし、顔の大きさに対してやたらと背が高いおかげで、バックミラーに映った姿はもしかすると以前より却って不自然というかユーモラスだという気もする。だから世間的には、やっぱり今もって“ヘンなクルマ”であることは間違いない。つまりムルティプラが、自分にも周囲にも独特の楽しさ嬉しさをもたらすクルマであることは、まったく変わっていないのだ。それは乗ればすぐにわかる。だいいち他に代わりになるクルマなど、どうせないのだ。気になっているなら、ためらわず買ってしまうことをオススメしよう。
(文=島下泰久/写真=峰昌宏/2005年3月)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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