第58回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その7)(矢貫隆)
2005.01.21 クルマで登山第58回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その7)(矢貫隆)
東京から程近い神奈川県丹沢一帯には、世界的に見ても貴重な、美しいブナの森が広がっている。
その中にある標高1600mの「檜洞丸」(ひのきほらまる)に登った「クルマで登山」取材班は、ブナの樹木が立ち枯れている、ショッキングなシーンを頂上付近で目撃することとなった。
■立ち枯れの規模
まるで白骨死体のようになっているブナを目撃したとき、落雷かな、と思った。しかし、それにしては数が多すぎる。
あるものはすっかり葉を落とし、別のあるものは幹の途中から折れている。なかには枝先に小さな芽を付けているものも含まれてはいるのだが、何しろ、A君と僕がこの山に登ったのは夏の真っ盛りのこと。トリカブトやマルバダケブキなどが咲きほこる山中で、ときおり冬枯れのような景色が入り交じるのが何とも不気味だった。
ブナの森の立ち枯れは、どの程度の規模で広がっているというのか!?
1997年に神奈川県環境部が発表した「丹沢大山自然環境調査報告書」が次のような報告をしている。
「檜洞丸の山頂付近では、尾根の南側に枯死域が連続しており、その周辺に枯死危険地域が広がっている様子がわかる。解析を行った範囲内では、標高1250m以上から枯死域がみられ、特に1500mから1600mまで広く分布している。……中略……枯死域が標高の高い尾根部に集中していることを表している」
枯死域の約70%が南向き斜面に面し、次いで東斜面、西斜面となっていて、北向き斜面には枯死域はなかったという。
僕たちは、西丹沢からほぼまっすぐ東に向かって登るルートをとった。被害が少ないと報告されている檜洞丸の西側斜面を登ったのである。それでもブナの立ち枯れを多く目にしたのだから、報告書が指摘する南側斜面の状況の悪化はものすごい、ということになる。
それが具体的にどの程度のものか、神奈川県環境部が「檜洞丸山頂におけるブナの枯損状況」について1994年に実施した調査結果によれば、被害区では、実に半数にもおよぶブナが枯死していたという事実だった。
さらに調査報告書は、ブナの育成の経年変化を調べたうえで、ある重大な事実を指摘している。
南側斜面のブナは1980年代にいっせいに成長阻害を受けたというのだ。調査報告書は、「檜洞丸における森林被害の状況」の中で次のように書いていた。
「南側斜面では1980年代にブナの育成にとっての環境の悪化(気候変化、大気汚染、酸性雨など)があったと結論づけられる」
「話が難しくなってきましたね……」
そうだな、A君。(つづく)
(文=矢貫隆/2005年1月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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