スズキ・スペーシア X(FF/CVT)/スペーシア T(FF/CVT)【試乗記】
すべては子育てママのため 2013.03.21 試乗記 スズキ・スペーシア X(FF/CVT)/スペーシア T(FF/CVT)……149万1000円/154万3500円
アドバンテージは「燃費」と「広さ」と「扱いやすさ」。スズキの新型軽乗用車「スペーシア」は、軽ハイトワゴンの本質でライバルに勝負を挑む。
過去2年半の仁義なき戦い
この2年半を振り返ってみる。仁義なき戦いに火をつけたのは、「ダイハツ・ミラ イース」だった。2011年9月、30.0km/リッターの数字を掲げて登場し、ハイブリッドが席巻していたエコカーのジャンルに殴りこみをかけた。翌年2月、スズキが反撃を開始する。香里奈が“ハロー、30.2”と軽やかに呼びかけながら「アルト エコ」を紹介し、0.2のアドバンテージをアピールしたのだ。同年9月、「ワゴンR」が28.8km/リッターを打ち出してトールワゴンにまで戦線を拡大した。ダイハツは、「ムーヴ」のマイナーチェンジで対抗する。お返しに0.2を上乗せした29.0km/リッターという数字を見せつけた。
そして、この3月。スズキはさらに大きなサイズのハイトワゴンのジャンルで「スペーシア」を発表し、同じ29.0km/リッターを実現してみせた。ライバルたる「ダイハツ・タント」は、今のところ25.0km/リッターである。スズキは同時にアルト エコの燃費を33.0km/リッターまで伸ばし、ガソリン車ナンバーワンの称号を手にした。
めまぐるしい攻防の結果、コンペティションのレベルは3年前からすると別次元になっている。20.0km/リッターを超えれば低燃費と言われていたのどかな時代は、すでに過去のことなのだ。そして、燃費がいいのは前提にすぎない。ハイトワゴンの競争力を左右するのは、何よりも広さと使い勝手である。スペーシアが訴求するのも当然そこだ。
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室内長が145mmも延びた
スペーシアという名前でお目見えするのは初めてだが、実質的には「パレット」の後継だ。ダイハツの「タント」に遅れて投入されたこのモデルは、正直言って少々戦闘力に欠けた。広さは十分で両側スライドドアという武器もあったが、見た目のインパクトが弱かったのだ。一目見て、とっても広そう! という感じがしない。日本語とイタリア語のダブルで量の多さを意味するタントというわかりやすい命名を前にすると、パレットという名はかわいらしすぎる。今度は“スペース=空間”をイメージさせることで、このクルマの存在意義を明快に示したのだ。
広さの面で最も大きなウリとなっているのが、クラストップの室内長である。パレットと比べ、なんと145mmも延びて、2215mmとなった。ホイールベースを25mm延長したことに加え、Aピラーを5mm前方に立て、ルーフ後端を後方に40mmずらすことなどで最大限の空間を確保している。
ルーフは左右にも60mm拡大されており、見た目でもパレットよりずっと大きく見える。実際に乗ってみると、想像以上の広さに呆然(ぼうぜん)とするほどだ。後席で乱暴に足を組もうが投げ出そうが、何の問題もない。シートを前に出して荷室を最大にしても、まだ余裕があった。頭上の空間は広大無辺である。
運転席に収まると、ずいぶん視点が高い。大きなフロントガラスを通して、見下ろすように視界が広がる。後で聞くと、着座位置を高くしたわけではなく、むしろライバル車より低いのだという。インストゥルメントパネルは凹凸を控えたなだらかな曲面を採用していて、広々とした印象になった。そういった視覚的効果もあって、見晴らす感覚をもたらしているのかもしれない。
ベビーカーも自転車も
エンジンは自然吸気とターボの2種類が用意されていて、トランスミッションはどちらもCVTが組み合わされる。大きなボディーだが、パレットに比べて約90kgも軽量化されている。その恩恵か、52psの自然吸気エンジンでも力不足にもどかしさを感じるようなことはない。急加速の際は64psのターボに利があったが、このクルマの用途を考えると、自然吸気で十分だと思えた。
両側スライドドアで大きな開口部があることは、剛性面ではツラい条件となる。しかし、街中を走ったところでは、ヤワな感じは一切なかった。コーナーでのフラつきも、しっかり抑えられている。一昔前のことを思うと、こんな背の高いクルマが普通に運転できるというのは驚異的なことだ。操縦安定性を懸念してハイトワゴンを忌避する理由はなくなった。
子育て世代の主婦がメインターゲットである。日々の生活の中で使うのだから、クルマに求められるのは高い実用性だ。女性たちの厳しい要求に応えるべく、さまざまな工夫が凝らされている。たくさんの荷物を抱えていることが多いから、電動スライドドアはワンアクションで開閉できるようにした。シートアレンジは多彩である。フルフラットにもできるし、荷物を積みこむためにいろいろなパターンを選べる。
リアシートを2段階で格納する「ダイブダウン」は、一手間省いて簡単に行えるようになった。左右とも折り畳んだ大空間には、自転車をそのまま積むことができる。自転車で塾に行った子供を迎えに行くような場合に必要な機能で、要望が多いのだという。ベビーカーならば、シートを格納せずとも後席にそのまま入る。子育てといっても子供はどんどん成長するから、さまざまなニーズに応えなければならない。
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ボックスティッシュ問題を解決
ユーティリティーの新装備で画期的なのが、ボックスティッシュの収納だ。専用のスペースが2つもある。もちろん、恋愛仕様ではなく子育て仕様だ。小さな子供には予期せぬハプニングがつきものだから、ティッシュは必須のアイテムである。しかし、ダッシュボードやシートの上にボックスティッシュが転がっていると、車内に濃厚な生活感が漂ってしまう。
ひとつはグローブボックスの中にセットするようになっている。その上のインパネトレーには細長いフタがあり、開けるとティッシュが取り出せるのだ。ボックスティッシュを人目にさらすことなく、便利に使える。もうひとつは、頭上にあった。オーバーヘッドコンソールに大容量スペースがあり、ちょうどボックスティッシュが入る。助手席の下にはワゴンRゆずりの“バケツ”があるし、ドアはポケットだらけだ。こまごまとした収納は、子育てシーンでは大活躍する。
リアのサイドウィンドウに設けられたロールサンシェードも、子育て主婦からの要望で取り入れられた装備だ。新開発のナビシステムは、家族旅行をサポートする。旅行ガイドブック約130冊分の情報が入っていて、遊び場所を探して目的地に設定できる。試乗地が東京ディズニーランドの近くで、目的地として何度もイクスピアリをレコメンドされたのには閉口した。さすがにドライバーが仕事中であることまでは感知してくれない。
“女性の願いをかなえると、この軽になる。”というのがスペーシアのキャッチコピーである。少子化が大きな話題になる昨今だから、子育てに焦点を当てたこのクルマには社会的意義があるとも言えるだろう。高級セダンとは違った意味で、これも“おもてなし”のクルマなのだ。燃費、スペース、使い勝手、運転しやすさなど、多方面に目を配って作られた大変な労作である。子育てはしていないけど、この達成には素直に頭が下がる。
(文=鈴木真人/写真=河野敦樹)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。