第45回:ビンラディン発見のカギはスーパーカーだった!? − 『ゼロ・ダーク・サーティ』
2013.02.13 読んでますカー、観てますカー第45回:ビンラディン発見のカギはスーパーカーだった!? 『ゼロ・ダーク・サーティ』
2010年5月の事件を映画化
東日本大震災を題材にした映画を観にいって、ガッカリしたことがある。あまりにも悲惨で衝撃的な現実を消化できておらず、作品として中途半端なものになってしまっていた。ある程度の時間を経ないと、大きな事件をフィクションへと熟成させるのは難しいのかもしれない。そう思ったのだが、この映画を観て考えを変えた。『ゼロ・ダーク・サーティ』は、オサマ・ビンラディンの捜索と殺害を描いた作品である。パキスタンにあった隠れ家をネイビーシールズが襲撃したのは、2011年5月1日のことだった。ごく最近の出来事なのに、映画として、ある意味のエンターテインメントとして、十分に成立していたのだ。
アカデミー作品賞の『ハート・ロッカー』を撮ったキャスリン・ビグロー監督の最新作だ。今回も、アカデミー賞には5部門でノミネートされている。当初アメリカでは昨年10月に公開される予定だったが、今年1月に延期された。この映画がオバマ大統領の最大の“成果”を扱っているので、11月の大統領選に影響を与えると批判されたことが理由だ。映画自体が、現在進行形の生々しい事件だとも言える。
もうひとつ論争となったのが、拷問の描き方だった。映画の冒頭から、捕虜を水責めにするシーンが登場する。情報を吐かせるためにCIAがこうした手法をとったのは広く知られている事実だが、彼らはそれを“強化尋問技術”と呼んでいる。公式には拷問ではないことになっているのだ。肉体的苦痛を与えることによる尋問は明らかに人道に反する行いだが、これが有効であるという印象を作り出すためにCIAが情報操作をしていると指摘する声がある。
自爆テロに使われた日本車とは?
2003年、イスラマバードのCIA秘密施設に情報分析官のマヤ(ジェシカ・チャステイン)が到着する。若い女性だ。いきなり連れていかれた場所では、捕虜の顔に布をかぶせて水をかけるという残酷な拷問が行われていた。正視することができないほどの陰惨な光景だが、彼女は目を背けつつも最後まで立ち会った。拷問は連日ルーティーンのように繰り返され、彼女の感覚は次第に鈍麻していく。
犬の首輪でつないだり、狭い箱に押し込んだり、何日も強制的に眠らせなかったり、あらゆる残虐な手段を用いて情報を得ようとする。しかし、彼らは殉教すれば神の国に入れると信じているのだから、激しい拷問にも耐えて口を割らない。頑強な抵抗に疲れ果て、尋問する側の精神が崩壊するほどだ。
消耗したマヤを心配した同僚のジェシカ(ジェニファー・イーリー)がレストランに誘うが、心がなごんだのもつかの間、すぐ近くで爆破テロが起きて危うく巻き込まれそうになる。
ようやく有力な情報提供者が見つかり、アフガニスタンのCIA基地に呼び出すことに成功した。ジェシカが待ち受ける中、その男は「スバル・レガシィ」でやってくる。ビンラディンの居場所がこれで判明するはずだったが、クルマには爆弾が仕掛けられていた。自爆テロで、ジェシカを含むCIA局員7名が死亡した。
実際にレガシィが使われたのかどうかはわからないが、戦争地域で日本車がよく使われているのは事実だ。リビアやエジプトで民衆が蜂起した際も、日本製のトラックの荷台に機関銃やロケット砲を取り付けて軍用車両に仕立てあげていた。頑丈さと信頼性が評価されてのことだろうが、手放しで喜べるような話ではない。
情報の対価はランボルギーニ
完全に捜索は行き詰まってしまうが、マヤは「必ずビンラディンを殺す!」と執念を燃やす。そこに、新たな情報提供者がクウェートにいるという朗報がもたらされた。接触を図る工作員は、資金として20万ドルから40万ドルが必要だと話す。イスラム圏の中でもクウェートは世俗化が進んでいる国で、肌を露出した女性が接客するバーすらある。そこでターゲットに接触するが、なかなか核心に迫る話はしてくれない。彼を連れて工作員が向かったのは、「ランボルギーニ」のディーラーだった。
ショールームに並べられた数台の中から1台を選ばせると、即座に購入して彼にプレゼントした。20万ドルというのは、「ガヤルド」の代金だったわけだ。情報提供者が「アヴェンタドール」を選んだ時のために、40万ドルまで幅を見ていたのだろう。これによってビンラディンの連絡係の名前が判明し、彼の居場所を探すことになる。
そこでまた日本車が活躍する。連絡係が乗っているのが、「スズキ・ジムニー」らしい。日本の軽自動車ではなく、インドの「マルチ・スズキ」が生産する「ジプシー」かもしれない。そのクルマを追跡する工作員が乗っているのもスズキのワンボックスである。これも、おそらくマルチ・スズキの製品だろう。マヤが乗っているクルマは「トヨタ・カローラ」だったし、この地域では日本車の存在感が高いようだ。
誰でも知っている事実を元にしているから、結末を言ってもネタバレにはならないだろう。最後にビンラディンの隠れ家は特定され、ネイビーシールズが彼を殺害する。マヤの執念が実ったのだ。新しい“強い女性像”の誕生である。しかし、そこには『エイリアン』のエレン・リプリーや『バイオハザード』のアリス・アバーナシーが体現していた痛快さはない。彼女は、不毛な戦争が生み出した祝福されざるヒロインなのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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