ホンダN-ONE G・Lパッケージ(FF/CVT)【試乗記】
ひと足お先に「脱デフレ」 2013.02.07 試乗記 ホンダ N-ONE G・Lパッケージ(FF/CVT)……136万750円
今日も快進撃を続けるホンダの新しい軽自動車「Nシリーズ」。最新モデル「N-ONE」のインプレッションを通して、低価格・低燃費に血道を上げるライバルとは一線を画す、Nシリーズの人気の秘訣(ひけつ)を探る。
競合の間にも広がる「N」の波紋
アベノミクスという言葉を聞かない日はない今日このごろ。たしかに安倍さんが首相になる前、脱デフレを掲げ、インフレ目標を口にしたあたりから、円安と株価上昇が止まらない。いまや1ドル90円超え、日経平均は1万1000円超えだ。
具体的な政策を実行していないから安倍さんの手柄ではないという人もいるけれど、病気は気から、景気も気から、つまりマインドで動くものだと思うし、現実に円安・株高という結果が出ているのだから、効果はあったと見るべきなのだろう。
だからといって僕たち末端労働者の給料が上がり、市場のデフレ傾向に歯止めがかかるかは未知数なのだが、ひと足先にデフレから抜け出しそうな業界(?)がある。軽自動車だ。低価格・低燃費から脱却の気配がある。
その火付け役になったのがホンダの「Nシリーズ」だ。第1弾となった「N BOX」も、ここで紹介する「N-ONE」も、低価格や低燃費がウリではない。でも売れている。全国軽自動車協会連合会がまとめた2012年12月の軽自動車新車販売台数によれば、N BOXが1位を快走し、N-ONEも6位に入っている。
それだけではない。「ミライース」で低価格・低燃費路線まっしぐらかと思われたダイハツが、12月に実施した「ムーヴ」のマイナーチェンジでは、クルマの基本性能を考慮したうえで燃費や価格を追求するという、バランス重視に転換したことを表明してきた。
それでも29.0km/リッター、107万円からという数字はマイナーチェンジ前より低いのだが、これは基本性能の成長分を差し引いた結果であることを、グラフまで出して説明していた。本音は「30.0km/リッター、100万円も夢ではなかった」と言わんばかり。Nシリーズのヒットが影響したことは間違いないだろう。
そんなにNシリーズはいいのか。あらためてN-ONEに乗ってみてチェックしてみることにした。
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やればできるじゃん
売れているといっても、2012年11月にデビューしたてなので、まだ街で見かけることは少ないN-ONE。それだけに、昔の「N360」を連想させるこの顔は目立つ。でもそのインパクトが薄れると、全体のフォルムはどっしり骨太で、サイドやリアはシンプルに仕立てつつ、線や面のクオリティーが高いことに気付く。
表情があって、質感がある。最近のエコカーを「白物家電みたいだ」という人がいるけれど、N-ONEは絶対にそうは見えない。まぎれもない自動車である。これなら自分のようなオジサンでも自慢して乗れる、と思った。
その印象は、キャビンに入るとさらに盛り上がる。こちらも簡潔ながら温かみを感じる造形を、落ち着いたベージュでコーディネイトしてある。クオリティーは、この日同時に乗った輸入コンパクトカーに匹敵する。「フィット」より大人っぽい。そう感じる人が多いのではないだろうか。
グローバルカーのフィットと、国内のシニア層をターゲットにして開発したN-ONEを同列に語るのは間違いかもしれない。でもこのインテリアデザインを見て、「やればできるじゃん」と思ったのもたしかだ。
もちろん現在の軽自動車として、広さや使いやすさの追求は抜かりない。後席はN BOXほど広大ではないけれど、身長170cmの僕なら楽に脚が組める。フィットと同じセンタータンクレイアウトを採用したおかげで、その後席はフォールディングだけでなくチップアップもできる。リアゲートがミニバン並みに低い位置から開くのもありがたい。でもそれだけで終わっていない。乗ってみたいと思わせるのだ。そして走りもまた、立派に自動車していた。
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どうせならいいモノを
3気筒エンジンとCVTはN BOXと共通。自然吸気版はクラストップの58ps/6.6kgmをマークする。しかも車高が低い分、車重はFFで約850kgと、N BOXより軽い。おかげで平たんな一般道なら力に不足はないが、静粛性は前述したムーヴや「スズキ・ワゴンR」ほどではなく、一般的な音だ。
それ以上に印象的なのは、他の多くの軽自動車とは一線を画した乗り心地。ひとことで言えばヨーロッパのコンパクトカーのようだ。低速ではやや硬めながら、強固なボディーのおかげで段差や継ぎ目のショックは足元だけで丸め込んでくれる。そして速度を上げると硬さが取れ、ダンピングが利いたフラットライドが味わえる。
圧巻は高速道路での直進安定性。軽自動車に乗っていることを忘れてしまうほどリラックスして走れる。巡航に入ればCVTがロックアップして回転を低く抑えてくれ、ロードノイズも抑えられている。
ハンドリングもまた落ち着いていた。ステアリングはクイックすぎず、コーナーは四隅のタイヤがしっとりグリップしてくれる。フィットを上回る2520mmのロングホイールベースのおかげもあって、あらゆる身のこなしが大人っぽい。
115万円からという価格は、たしかに軽自動車としては少し高めだ。でもそれを言うのなら、僕を含めた一般庶民にとってはワゴンRやムーヴの値段だって十分に大金。どうせならあと5〜10万円払っていいモノを手に入れようという気持ちになるのが自然だろう。そんな人たちがNシリーズ人気を支えているのではないだろうか。
しかも開発者インタビューの記事でも紹介しているように、Nシリーズの生みの親である浅木泰昭さんは、日本のものづくりを守るために軽自動車に力を入れたと話していた。ビジネスの考え方もまた脱デフレだったのである。
(文=森口将之/写真=向後一宏)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車は「シトロエンGS」と「ルノー・アヴァンタイム」。