ホンダN-ONE【開発者インタビュー】
ニッポンの雇用を守りたい 2013.01.16 試乗記 <開発者インタビュー>浅木泰昭さん
株式会社 本田技術研究所
四輪R&Dセンター主任研究員
ちまたで評判の新型軽乗用車「N-ONE(エヌワン)」は、どんな思想を背景に開発されたのだろうか? 生みの親たるエンジニア、浅木氏に話を聞いた。
レギュレーションの中で戦う
試乗会の目的はクルマに乗ることだけれど、エンジニアに話を聞くことも同じくらい大きな楽しみだ。ゴージャスなクルマやスポーツカーに限らず、どんなクルマにもバックにはさまざまなストーリーが潜んでいる。
しかし、今回はちょっとスケールが違った。話題はクルマに関することにとどまらず、ニッポンの話にまで広がっていった。インタビューでこんなに胸が熱くなったのは、初めてのことかもしれない。「N-ONE」LPLの浅木泰昭さんは、ホンダ・スピリットを体現したかのような人だった。
――もともとF1のエンジニアだったそうですが、軽自動車というのはずいぶん違う世界ですね。
技術的には、もちろん全然違いますよ。ただ、レギュレーションがあって、その中で戦うということは共通です。各社みんな平等に制約があるわけですから、その意味を理解して他社ができないでいるところを解決できたらそれが強みになる。例えば、エンジンルームを小さくすればスペースを稼げて室内空間に余裕ができる。燃料タンクをセンターにするのもそうですね。制約があるからこそ技術力が発揮できるという感じですかね、私の感覚だと。
ホンダF1の最盛期にエンジンテストを担当していた人である。やはり、レース屋の魂は簡単には消えない。
「N360」も、当時としては広さがずぬけていた。それに加えて、ヨーロッパを感じさせるデザインです。単純にクルマを大きくして広くするんじゃないから、あれだけ競争力があった。レギュレーションがあるところで力を発揮するという、そういう会社なのかもしれませんね。
勝手にやったけど、クビにならなかった
F1の後、浅木さんが担当したのは「レジェンド」の縦置きV6エンジンだった。次にそのエンジンを使ったアメリカンミニバンのチームに入るが、諸般の理由で解散の憂き目に遭う。
当時はお金がなくてポシャったんですけど、ミニバンみたいな価値観を作んなきゃダメだろうと思ったわけです。それで勝手に続けていて、作ったのが初代「オデッセイ」。
――勝手にやっていて、文句は言われなかったんですか?
V6屋のくせに直4をやったんだから、上司は怒りましたよ。組織上はメチャクチャです。V6と直4は明確に分かれてますから。「部下出さねえぞ」って言われて、自分でノッキングのテストもやりました。それでも、クビにはならなかったんですよね。黙認というか、潰し切らないという風土はありますね。まあ、冷や飯は食いましたけど、覚悟の上ですから。
しかし、オデッセイは思いがけず大ヒットする。ここから日本のミニバン文化が始まったのだ。浅木さんは、V6チームに戻り、新たな技術に挑む。
気筒休止エンジンの開発をやりました。当時はアメリカで「カムリ」vs「アコード」の戦いがあって、トヨタの6ATに対してウチは5ATしかない。それで気筒休止を作って燃費をよくしたんです。アメリカではけっこう認められましたね。日本ではそうでもなかったんですが。
実績が評価されて、クルマ全体を任されることになる。エンジン担当から、開発責任者というポジションになったのだ。そして、新たに軽自動車を作るように指示された。
言われた時は、あ、軽なんだと思いましたよ。だけど技術屋ですから、アレは嫌だという気持ちはないですよ。ただ、意外は意外でした。
V6の気筒休止で3気筒状態を経験しているとはいえ、軽自動車は別世界のはず。それでも、“レギュレーションの中での戦い”はお手のもので、見事に競争力のあるモデルを作り上げた。インプレッションで触れたように、“1.3リッター並みの走り”という看板にウソはない。「海外の人が驚くのでは」と聞くと、思いがけない答えが返ってきた。
負けちゃったら、日本の雇用を維持できないですからね。軽自動車が優遇していただいてる限りは責任がある。国内の産業、雇用を守る代わりにそういう優遇があるんだと私は思っていますね。
国民車メーカーとして責任がある
――雇用、ですか?
外国のメーカーにしても、日本で安いクルマが売れていると聞けば、そこを狙ってきますよ。そこを軽で受け止める。うかうかしていれば、家電メーカーみたいになっちゃう可能性があるじゃないですか。あっという間ですからね、そういう流れができてしまえば。だからその前に手を打っておかなきゃいけない。雇用が維持できないんじゃ、国民車を作っているメーカーとして責任を果たせないわけです。
――軽自動車は“国民車”であると?
国民車というのは、もともとは資本とか技術の格差があまりにも大きかった時に、産業を育成する考え方ですよね。韓国にもマレーシアにも、同じようなものがあります。
1955年に明らかになった国民車構想は軽自動車規格と同じではないが、軽の普及に影響を与えたのは事実だ。自動車を身近なものにすると同時に、産業の育成を促すものでもあった。
「安いところで作ればいいじゃないか」というのは、イコール日本人のリストラとセットなわけですから。仲間を失業させてももうけようとか、そういう感覚はありえない。もともと、日本はボロもうけできるような市場じゃないです。全世界でもうけがあるから日本ではもうからなくてもいいかもしれないけど、リストラしなくていいぐらいの生産量はキープしておかないと、日本はどうなるんだと。全部外に持っていったんじゃ、クルマを買う人もいなくなりますよ。自動車業界は裾野が広いですからね。パッと海外に持っていくと、下にいるメーカーさんとかもごっそり職を失うことになります。それはちょっと避けたいですよ。
“グローバル化”を金科玉条として、効率的であることが善であるように語る昨今のエコノミストに聞かせてやりたい言葉だ。経済とは国民経済であり、国民の資産を守るのが政府の義務であると語った下村治博士は、草葉の陰で深くうなずいているだろう。
海外に行くとドライになれるんですけど、日本にいるとウエットになっちゃいますよね。社長も日本人ですし、そういうところは守っていかないと。
政治の世界がいかに混迷を極めていても、物作りの現場にはこういう人がいる。ニッポンには、まだ希望がある。
(文=鈴木真人/写真=峰昌宏<人物>、webCG<車両>)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
ホンダ・ヴェゼル【開発者インタビュー】 2025.11.24 「ホンダ・ヴェゼル」に「URBAN SPORT VEZEL(アーバン スポーツ ヴェゼル)」をグランドコンセプトとするスポーティーな新グレード「RS」が追加設定された。これまでのモデルとの違いはどこにあるのか。開発担当者に、RSならではのこだわりや改良のポイントを聞いた。
-
三菱デリカミニTプレミアム DELIMARUパッケージ(4WD/CVT)【試乗記】 2025.11.22 初代モデルの登場からわずか2年半でフルモデルチェンジした「三菱デリカミニ」。見た目はキープコンセプトながら、内外装の質感と快適性の向上、最新の安全装備やさまざまな路面に対応するドライブモードの採用がトピックだ。果たしてその仕上がりやいかに。
-
ポルシェ911カレラGTSカブリオレ(RR/8AT)【試乗記】 2025.11.19 最新の「ポルシェ911」=992.2型から「カレラGTSカブリオレ」をチョイス。話題のハイブリッドパワートレインにオープントップボディーを組み合わせたぜいたくな仕様だ。富士山麓のワインディングロードで乗った印象をリポートする。
-
アウディRS 3スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】 2025.11.18 ニュルブルクリンク北コースで従来モデルのラップタイムを7秒以上縮めた最新の「アウディRS 3スポーツバック」が上陸した。当時、クラス最速をうたったその記録は7分33秒123。郊外のワインディングロードで、高性能ジャーマンホットハッチの実力を確かめた。
-
NEW
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影
2025.11.27マッキナ あらモーダ!「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。 -
NEW
「スバル・クロストレック」の限定車「ウィルダネスエディション」登場 これっていったいどんなモデル?
2025.11.27デイリーコラムスバルがクロスオーバーSUV「クロストレック」に台数500台の限定車「ウィルダネスエディション」を設定した。しかし、一部からは「本物ではない」との声が。北米で販売される「ウィルダネス」との違いと、同限定車の特徴に迫る。 -
NEW
ジープ・ラングラー アンリミテッド ルビコン(後編)
2025.11.27あの多田哲哉の自動車放談かつて家族のクルマとしてジープを所有したことがある、元トヨタのエンジニア、多田哲哉さん。ジープを取り巻くビジネス環境やディーラーでの対応を含め、同ブランドについて語る。 -
第855回:タフ&ラグジュアリーを体現 「ディフェンダー」が集う“非日常”の週末
2025.11.26エディターから一言「ディフェンダー」のオーナーとファンが集う祭典「DESTINATION DEFENDER」。非日常的なオフロード走行体験や、オーナー同士の絆を深めるアクティビティーなど、ブランドの哲学「タフ&ラグジュアリー」を体現したイベントを報告する。 -
「スバルBRZ STI SportタイプRA」登場 500万円~の価格妥当性を探る
2025.11.26デイリーコラム300台限定で販売される「スバルBRZ STI SportタイプRA」はベースモデルよりも120万円ほど高く、お値段は約500万円にも達する。もちろん数多くのチューニングの対価なわけだが、絶対的にはかなりの高額車へと進化している。果たしてその価格は妥当なのだろうか。 -
「AOG湘南里帰りミーティング2025」の会場より
2025.11.26画像・写真「AOG湘南里帰りミーティング2025」の様子を写真でリポート。「AUTECH」仕様の新型「日産エルグランド」のデザイン公開など、サプライズも用意されていたイベントの様子を、会場を飾ったNISMOやAUTECHのクルマとともに紹介する。






























