日産セレナ ハイウェイスターG S-HYBRID(FF/CVT)【試乗記】
「ハイブリッド」の新ジャンル 2012.08.31 試乗記 日産セレナ ハイウェイスターG S-HYBRID(FF/CVT)……360万450円
マイナーチェンジで新しいハイブリッド技術「S-HYBRID」を採用した「日産セレナ」。「スマートシンプルハイブリッド」と呼ばれる、低コストの次世代マイクロハイブリッドを体験した。
スマートでシンプルなハイブリッド
ミニバン販売台数で首位を行く「セレナ」に、2010年11月のデビュー以来、約1年半というタイミングで新しいグレード「セレナ S-HYBRID」が設定された。その車名はスマートシンプルハイブリッドの意味だという。つまり単にハイブリッドというわけでは、どうやらなさそうだ。
では一体何がスマートでシンプルなのかといえば、要するにこれは、デビュー時から搭載しているアイドリングストップシステムに使っているECOモーターの出力、そしてエネルギー回生能力を向上させて、これを駆動力のアシストとしても使おうという実に簡便なシステムなのである。
ちなみにECOモーターとはクランクシャフトにベルトを介して接続されたモーターで、セルを使うより静かに素早くエンジン始動ができる。また、オルタネーターとして減速エネルギーの回生も行う。なるほど、エネルギーを駆動力として使っていなかっただけで、ハイブリッドとして使うのも容易なシステムだったわけだ。
もっともモーターの最高出力は1.8kW(2.4ps)、最大トルクは53.6Nm(5.5kgm)と大きくはない。故に回生できるエネルギー量も限られることから、バッテリーは鉛タイプがサブとしてもう1個追加されているのみとなる。おかげでシステムは、すべてエンジンルーム内に収まっているのだが、もちろん簡単にそうできたわけではなく、CVTのコントロールユニットを左前輪の前に移設するなどして、なんとかスペースを稼ぎ出したという。
その果実はといえば、JC08モード燃費が従来の14.6km/リッターから、15.2km/リッターへと向上している。これはセレナを追って今春、CVTを改良しアイドリングストップシステムを搭載した「ホンダ・ステップワゴン」の15.0km/リッターを再逆転してクラスナンバーワンとなる数字である。しかも、いわゆる次世代自動車として自動車取得税、自動車重量税がともに免税されるのだ。
実際のところ、ハイブリッドという響きに期待するほどの燃費が向上しているわけではない。けれどクラストップの低燃費なのは事実だし、何より免税になるのは大きい。S-HYBRIDは従来のアイドリングストップシステム装着車に取って代わることになるが、比較すると価格は5万円前後上がっている。しかし、それも免税分でほぼ相殺される。ちょっとズルい気もするが、まさに商品企画の勝利というところである。
アシストの体感はごくわずか
ハイブリッドの魅力といえば本来、低燃費だけでなくモーターアシストによる力強さも挙げたいところ。しかしながら、こうしたシステムなので実際にそれを体感するのは難しい。多量の電力を消費するため発進はモーター単独では行わず、アイドリングストップ状態からアクセルペダルを踏み込むと、まずはエンジンがかかり、それをモーターがアシストするかたちとなる。
アシストの条件は、直前にアイドリングストップをしていること。そしてアクセル開度が8分の1程度、速度が20〜40km程度の辺りというから、踏み方によっては一瞬で通過してしまうだろう。柔らかく踏み込んで、タイヤが転がり出したところでアクセルを一定にしておくと、わずかにモーターによって押し出される……気がするが、そのぐらいである。アシスト中や回生中にはメーター内に「S-HYBRID」と表示されるから、それで納得するという感じだ。
ただし実燃費では、リッター当たり1km程度の差が出ると、日産の開発陣が教えてくれた。もしそうだとすれば悪くはない。
このパワートレイン以外には大きな変更はない。外観上、ヘッドランプのブルーインナーレンズ、高輝度LEDリアコンビネーションランプ、クリアLEDのハイマウントストップランプの採用などで差別化されている程度。また今回、それと同時に全車、2列目、3列目シート中央席へのELR3点式シートベルトの標準装備化、低燃費タイヤの採用が行われている。
良くも悪くも「商品企画」のクルマ
あらためて乗ってみると、さすが人気ナンバーワンというだけあって、使い勝手はよく練られている。これでもかというほど大きなフロントウィンドウは開放的な視界を実現しているし、室内スペースは広く、またクオリティー感も結構高い。子どもが乗ることが多いであろう2列目のサイドウィンドウにサンシェードが備え付けられていたり、3列目シートは格納時に視界の邪魔にならないよう低く折り畳めるようヒンジが工夫されていたり……と、ポイントを挙げていけばきりがないほどだ。
しかし、そうかと思うと今回も2列目、3列目中央席にはヘッドレストが用意されなかった。ライバルたちが軒並み装備してきた今になってなおも付けないということは、意地でも設定しないつもりなのだろう。ユーザーは特に望んでいないから、という理由をつけて。
それもこれも含めて思うのは、セレナというのはつくづく商品企画のクルマなのだということである。巧みに免税を勝ち取る“ハイブリッド”はもちろん、ユーザーの気持ちをくすぐり、けれど求められていないとなれば本来削るべきでない部分すら割り切る室内装備や、あるいは思い切り低速域の乗り心地に振ったシャシーを見ても、本当に上手なのだ。ユーザーの求めるものを、確かによく見ている。
揶揄(やゆ)するわけではなく、そこには大いに感心させられている。けれども、いやそうだからこそ、評価を生業(なりわい)としている者としては、手放しでお薦めとは言えない。どうにも口惜しく、そしてもどかしいところなのである。
(文=島下泰久/写真=高橋信宏)
