日産エルグランドXL FR(5AT)【試乗記】
戦術的勝利 2002.06.04 試乗記 日産エルグランドXL FR(5AT) ……440.3万円 横綱相撲をかなぐり捨て、トヨタが露骨に挑戦する日産の大型ミニバン「エルグランド」。山梨県は河口湖付近でトヨタ・アルファードに乗ったwebCG記者が、翌日、“キング・オブ・ミニバン”を自称するエルグランドを試乗した!ふたつのポイント
「まったく、3.5リッターV6とFR(後輪駆動)だと何か悪いのか、と言いたい」と、日産のドル箱、大きなミニバン「エルグランド」のフルモデルチェンジを手がけた日産車体・商品統括部庄ノ洋一チーフ・プロダクト・スペシャリストが唸った。
2002年5月30日、新型エルグランドのプレス向け試乗会が山梨県で開催された。目と鼻の先、わずか10kmほどの離れたホテルでは、(まことに大人げないことに)トヨタが刺客として送り出した「アルファード」の記者試乗会を行っている。この期間、河口湖周辺の住民は、アルファードとエルグランドが路上でさかんにすれ違うのを見て不思議に思ったことだろう。人気の大型ミニバン購入を考えていたヒトにはラッキーなことである。
いきおい、試乗会場での開発者への質問はライバルを意識したものになり、3リッターV6と2.4リッター直4を用意したアルファードに対し、3.5リッターV6一本のエルグランド、エスティマのFF(前輪駆動)プラットフォームを活用したトヨタと、従来通りFRシャシーを使用する日産、この2点に関する質問は、すべてのジャーナリスト、編集記者ほかの口からもれなく発された、はずだ。「1台売れると、マーチ数台分の儲けが出る」といわれる重要モデルの開発をまとめたチーフ・プロダクト・スペシャリストがウンザリするほどに。
端的に記したい。
「FFは広いというイメージがありますが、そうでもない」というのが駆動方式に関する基本的見解。「ウチは3.5リッターV6で(マイチェン以来)やってきた」というのが、エンジンに関する答である。
庄ノCPSは落ち着いた、どちらかというと寡黙な方で、「取っつきにくい」とか「不機嫌?」というより、「関取の口下手」に近い印象を受ける。いかにも真面目なエンジニアといった感じ。体格がよくて、エルグランドのようだ。
気の弱いリポーターが、「トヨタ陣営は、『われわれはチャレンジャーですから』と言っていました」と報告すると、チーフ・プロダクト・スペシャリストは、「そうですか、それは謙虚に……」と嬉しそうに笑った。そして、ボソッと付け加えた。
「ココロにもないことを」
懐かしく未来
2002年5月21日に発表された2代目エルグランド。一部グレードをのぞき、両側スライドドアとなっての登場である。プラットフォームを大幅に見直し、基本骨格こそ先代からのキャリーオーバーながら、リアを独立懸架としてシャシー性能の飛躍的向上を目指した。
「クルマ」というより「鉄道」に近い迫力を感じさせるボディは、全長×全幅×全高=4795(+55)×1795(+20)×1920(−20)mm。カッコ内は先代比。室内空間に影響が大きいホイールベースは、50mm延びて2950mmとなった。
「部下とですね、池袋のアムラックスにメジャーを持っていき、アルファードの室内寸法を測ってみました」と庄ノさん。室内長は、カタログ上ではライバルより165mm短いが、実際はエルグランドの方が広いと力説される。カタログ表記では、ダッシュボード中央部上面手前から計測するので、インパネ形状を工夫することで(たとえば窪ませる)数字が稼げる。「本当に大事なのは、ドライバーの足もと、ペダルからの距離です」。そうするとエルグランドの方が35mm長くなるという。大柄ボディながら、日本土着ミニバンゆえの細かい争いである。
「2+2+3」のシートレイアウトをとる7人乗りFRモデル「XL」に乗る。セドリック/グロリアの3リッターターボに相当する、車両本体価格418.0万円也の最上級グレード。「リモコンオートスライドドア(助手席側)」「スライドドアオートクロージャー」「ツインサンルーフ」「テレビ+DVDナビ」「8スピーカーのオーディオ」「電動カーテン」「バックビューモニター」など、装備はいたれりつくせり。内装は「本革+バックスキン調のサプラーレ」だ。
ステップを踏んで、運転席に座る。センターコンソール根本付近が左右にふくらみ、FRシャシーを主張する。縦置きエンジンからのギアボックスが収まる。フロアは、リアサスがマルチリンクになり、デファレンシャル上下動のための大きなマージンを取る必要がなくなったので、従来より40mm下げることができた。とはいえ、絶対的には高い。日産ミニバンのフラッグシップでは、「室内スペースの確保」と「重心を低く」という技術面での追求と、ステアリングホイールを握ったときの「エバれる視点」というエモーショナルな要求がせめぎあう。やたら低床化すればいいというものでもないらしい。
インパネまわりは水平基調。ウッドパネルを広い面積に使って、ベタに“高級”を主張するアルファードに対し、こちらは(相対的に)クールな演出で、「スカイライン」「プリメーラ」よりこなれた、いきすぎないデザインコンシャス路線を採る。四角い、シルバーのメーターナセルが透明な樹脂でフタされるあたり、ちょっと懐かしく未来的。デザイン的にひとつの面として繋がる可動式フロントモニターは、8インチという贅沢なものだ。デザインともども、ユーザーへの訴求力は「大」だろう。
静かでソフト
XLは最上級版だから、携帯するだけでドアの鍵を開け閉めできたり、鍵穴に差さないでもエンジンが始動できる「インテリジェントキー」を標準で装備する。しかし、マーチやBMW7シリーズ(!)のように、インパネまわりに特定のキー置き場(差し場?)を用意しなかったのは失敗であろう。
「おとうさん、カギ、カギ!」
「ん!? おまえ、さっきドコに置いたんだ」
「いやあねえ、知らないわよ」
「おやじ、イスの下を探してみろよ」
「もう、帰れないじゃない!」
……なんてことが起きかねない。ちなみにリポーターは、上着のポケットに入れたまま次の試乗車に乗りそうになりました。
試乗会の日は暑かったので、キースイッチを捻るとオートエアコンが強力に働いて、ブロワーからの風に3.5リッターV6のアイドリング音がかきけされる。走り出しても、日産のほこるVQ35DEユニット(240ps、36.0kgm)は静かだ。60km/hでの定速走行では、エンジン回転数約1250rpm。メカニカルノイズはないに等しい。タイヤが発するロードノイズだけが耳に届く。
「マークII」並を謳うアルファードの例にならうと、新型エルグランドは「セドリック/グロリア」に負けない静粛性を得た。エンジンルームを遮音材で囲んでカプスル化し、あえて透過させた一定周波数のノイズを、今度はダッシュパネル内側に貼られた吸音材で捕らえるという、現行「V35」スカイラインで開発された静粛性技術が存分に活かされる。ちなみに、結果的に顕在化したタイヤノイズだが、担当エンジニアの方によると、「エルグランドのお客さまは、ホイール(とタイヤ)を変えられる方が多いので、タイヤに頼らないチューニングを施しました」。タイヤを変えても極端に静粛性が悪化しないように、とのこと。立派だ。
3.5リッターV6と組み合わされるのは、カタログアピール度高い5段AT。シフターを前後に動かしてギアを変える、マニュアルモード付きなのもジマン。エンジンともども、スムーズに2トン超のボディを動かす。
一方、スロットルペダルを踏みつけると可変バルブタイミング機構を備える6気筒は快音を発し、大型ミニバンは地響きをたてんばかりに加速する。ギョッとする速さ。善し悪しはともかく、押し出しの強いルックスに負けない実際の“走り”も、エルグランドの人気を維持した主因に違いない。もっとも、クルマの性格上、いうまでもなく乗員のライドコンフォートが重視される。足まわりは基本的にソフトで、カーブでのロールは深い。いかにもヘビー級ミニバン(日本基準)な身のこなしを見せる。
ハードウェアと商品性
試乗時間の終盤はスタッフに運転をまかせ、セカンド、そしてサードシートでふんぞり返る。ルーフラインが後端までフラットなこともあり、膝前、頭上空間とも、3列目まで完全に実用的だ。試乗車を取り替える場所まで、前席後ろの天井に設置されたリアモニターでテレビを見ながら、くつろぐ。エルグランドにずっと乗っていたいと思った。サードシートに座ったまま。
日産のエンジニア陣はエルグランドをして「王様のエルグランド」「ミニバンのシーマ」と胸を張る。数少ない日産車トップシェアの牙城を守ろうと気合いの入ったモデルチェンジを受け、その通りのクルマに仕上がった。露骨に挑戦するアルファードを気にしつつ、(庄ノCPSはブリーフィング時に、「装備を考えたら15から20万円はオトク」と強調した)、しかし「ライバルと目されるのは迷惑千番」といった雰囲気が溢れていた、ように感じた。
リポーターは30過ぎても独り身の甲斐性なしなので、いまひとつ実感をもって二者を比べることはできないが、ハードウェアとして見た場合、エルグランドに軍配が上がると思う。前輪駆動ゆえの室内の広さを謳うアルファードだが、「FFプラットフォームといったって、4WDがラインナップされるなら(プロペラシャフトを床下に通さなければならないので)それほどフロアは下げられない」と日産のエンジニアは指摘する。また、フル乗車、荷物満載時にはFRシャシーのエルグランドの方がトラクションがかかりやすいという、根本的に有利な面もある。
しかし、いみじくも庄ノCSPが「(トヨタが)FFにしたのは、結局、コストがかからないからですよ」とおっしゃったように、企業の利益を生み出す“商品”として考えたとき、割り切ったつくりのアルファードの方が、産みの親たるメーカーに貢献する可能性がある。大袈裟な言い方をすると、大型ミニバン市場において、日産は「戦いに勝ちながら戦争に負ける」かもしれない。
(文=webCGアオキ/写真=高橋信宏/2002年5月)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。