第55 回:愛車はリンカーン、仕事ではキャデラックに乗る男 『バーニー/みんなが愛した殺人者』
2013.07.11 読んでますカー、観てますカージャック・ブラック映画にハズレなし!
この人が出ていれば映画の出来は間違いない、という俳優がいる。ジャック・ブラックはそのひとりだ。『僕らのミライに逆回転』は映画愛を描いた感動作だったし、『愛しのローズマリー』はロマンチックコメディーのお手本だ。『ナチョ・リブレ』や『テネイシャスD』といったおバカ映画では、期待に違わず爆笑させてくれる。傑作名作が並ぶ中でも、『スクール・オブ・ロック』は特に彼のキャラクターがハマっていた。ダメなロックンローラーが学校で音楽を教えることになり、無気力な子供たちを再生させていく物語だった。あの作品の監督リチャード・リンクレイターと再びタッグを組んだのが『バーニー/みんなが愛した殺人者』である。楽しみにせずにはいられない。
最初のシーンで、ジャック・ブラックが演じる主人公のバーニーは、大学に招かれて講義をしている。彼は遺体処理のエキスパートで、防腐処理や死に化粧を実演していたわけだ。アメリカ版の『おくりびと』なのだが、物語はいささか趣を異にする。ジャンルとしては、クライムサスペンスと言っていい。
バーニーは、テキサス州の田舎町カーセージ(carthage=carが入っているがクルマとは関係なく、カルタゴの英語表記)で葬儀社の助手として働いている。人懐っこさと献身的な働きぶりで、町の人々からとても評判がいい。挿入されるインタビューカットでは、みんな口々に彼の人柄をほめる。これは実際にカーセージの住人を撮影したもので、バーニーは実在の人物なのだ。1996年に起きた事件を映画化したのが本作なのである。
霊柩車にもエコの波が
バーニー・ティーディーは大富豪の未亡人マージョリー・ニュージェントを殺害し、9カ月もの間隠し続けたものの1997年8月に逮捕され犯行を自白した。この事件をリポートした記事を読み、リンクレイター監督が映画化を思い立つ。企画から10年以上たって、ようやく作品が完成したのだ。
バーニーは葬儀屋として優れた技術を持っていただけでなく、得意の美声で賛美歌を歌い(ジャック・ブラックは本当に歌がうまい)、細やかな心配りで遺族に接した。大学の演劇部で指導をしたり、美化運動に取り組んだり、模範的な市民として評価が高かった。誰彼なくフレンドリーに接したので、彼を嫌う人はだれもいなかったのだ。気に入ったものを見つけると大量に買い込んで人にあげてしまうので、彼自身は質素な生活をしていた。
愛車はごく普通の「リンカーン・タウンカー」。ローンで購入していて、時々支払いが滞ることもある。ただ、仕事では別のクルマを使っている。「キャデラック・フリートウッド」だ。特別仕様のワゴン車で、後部には棺を積めるようになっている。要するに、霊柩車(れいきゅうしゃ)である。アメリカでは、葬儀用のクルマとしてキャデラックの改造車が使われることが多いようだ。やはり、最期の時はキャディで運ばれたい、という思いがあるのだろうか。
日本でもキャデラックの霊柩車に乗ることができるようで、リンカーンも人気が高い。輸入車では、ほかに「ボルボV70/V90」「メルセデス・ベンツSクラス」「BMW 7シリーズ」などが使われている。日本車ではやはり「トヨタ・クラウン」ベースのものが多く、変わったところでは「トヨタ・プリウス」をストレッチして霊柩車に仕立てたものもある。死に際してもエコを忘れないというのが、最新のマナーであるようだ。
消えてしまった宮型
昔は霊柩車といえば宮型が当たり前だった。神社のような飾り付けを施した独特の形で、金ピカのものと白木造りのものがあった。井上章一の名著『霊柩車の誕生』によれば、日本で葬儀にクルマが使用されるようになったのは大正のはじめのことだ。明治になって大名行列を模した弔い行列が流行したが、交通事情の変化によって衰退し、クルマで遺体を運ぶことが一般化した。宮型霊柩車が出現したのは、昭和に入ってからのことらしい。この本が書かれた1984年頃には道でよく見かけたものだが、最近ではまず見ない。ほとんどが洋型に代わられてしまったのだ。
閑話休題。人のいいバーニーは、町一番の嫌われ者だったマージョリーにも優しく接する。傲慢(ごうまん)で偏屈なゆえに孤独な生活を送る彼女を放っておけなかったのだ。マージョリーの信頼を得た彼は、どこに行くにも一緒に行動するようになり、海外旅行にも出掛ける。ついには投資の管理まで任されるようになったのだ。それに比例するように、マージョリーのバーニーを独り占めしたいという欲望が肥大化していった。あまりに理不尽な態度に、バーニーは衝動的に彼女をライフルで撃ってしまう。
この性格の悪い未亡人を、シャーリー・マクレーンが怪演している。ひどすぎる意地悪ばあさんぶりを見ると、『アパートの鍵貸します』で流した涙を返してくれと言いたくなるほどだ。蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われた女を殺した町一番の人気者を、誰もがかばうのは仕方がない。なんとか有罪に持ち込もうとする検事をマシュー・マコノヒーが楽しそうに演じている。『リンカーン弁護士』では人情の機微に通じた俗物弁護士が似合っていたが、世知にたけた田舎エリートもハマリ役だ。
未亡人とバーニーの間に、恋愛感情があったかどうかは明確には描かれていない。ただ、死を扱う場所には、古来エロスがつきまとう。井上章一によれば、霊柩車を小道具にしたエロティックな小説や映画が多く作られているという。『おくりびと』でも、遺体処理をした直後のモックンが広末涼子に欲情するシーンがあった。ラブホテルのキンキラ趣味にも通じる宮型霊柩車が姿を消してしまったのは、ちょっと残念な気がしないでもない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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