第25回:思いもよらない出来事(後編)
2013.09.17 リーフタクシーの営業日誌タクシーを呼んだのに
「私の人生は、それはもう壮絶だったのよ。波瀾(はらん)万丈でね、他人には言えないわ」
品の良さそうな老婦人は、しみじみとした口調でそう言うのだった。
自分の人生を「壮絶」だとか「波瀾万丈」だとか自分で言ってしまうのは何だと思うが、「他人には言えないわ」と言いながら行きずりの男に壮絶ぶりをぺらぺらしゃべるっていうのもどうかなと思う。しかし、それにも増してヘンなのは、その老婦人の昔語りを、老婦人に「ランチいかが?」と誘われて入ったそば屋で天ざるをズルズルしながら聞いている、タクシーの運転手(=矢貫 隆)の間抜け面ではあるまいか。
老婦人とリーフタクシーの運転手はもちろん初対面。彼女は、ほんの1時間ほど前に無線配車で乗せた客である。
無線のブザーが鳴り、「了解」ボタンを押すとタクシー専用カーナビが客が待つ場所までのルートを表示し、指示に従って到着したのは閑静な住宅街の一角だった。待つこと5分。「お待たせしました」と現れたのが問題の老婦人だった。
「お土産をね、お友だちのところに届けたいの。2軒まわってもらって、またここに戻ってもらいたいの、いいかしら?」
いいも悪いもあんたがタクシーを呼んだんだよ、とは言えず、はい、かしこまりましたと答える運転手。すると老婦人、無線でタクシーを呼んだ理由を話し始め「実はね、旅行してきたのよ」と、どこぞに2泊3日の旅にでかけ、そのお土産を友人たちに配るのだと言った。
そんな話はどうだっていい。行き先を言ってもらわないことには走りだせないのだが、老婦人、お構いなしの調子で「お土産は生ものだから早く渡したいのよ」と言いながら、荷物を開けて見せようとするものだから運転手は慌てて制し、どちらまで行きましょうかと尋ねたわけである。
すると老婦人、こう答えた。
「どうしようかしらねぇ」
プチッと音がした。
「そうねぇ、まず〇×さんの家に行ってもらおうかしら」
またプチッと音がした。
運転手は「落ち着け」と自分に言い聞かせ、それから老婦人に言った。
お客さん、〇×さんのお宅と言われてもわかりませんが……。
「あらッ」
(あら、じゃねぇし)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、 ノンフィクションライターに。自動車専門誌『NAVI』(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同『CAR GRAPHIC』(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 『自殺-生き残りの証言』(文春文庫)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、 『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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