第23回:お気に入りの急速充電場所
2013.08.13 リーフタクシーの営業日誌設置場所に偏りがある
JR恵比寿駅で客を降ろし、明治通りを渋谷に向けて走りだしていた。
何度か急速充電に入るチャンスはあったのに、もう少しもう少しと先のばししていたら、四谷で乗せた客に「恵比寿まで急いで」と言われてしまい、しまった、やっぱり充電しておくべきだったと思っても遅いわけで、客を降ろすや回送板を掲げ、渋谷から青山、赤坂見附を経由して四谷方面に戻ろうかとリーフタクシーの運転手(=矢貫 隆)は算段していた。だが、すでにこの時点でバッテリー残量を示すメモリの残りは1個で、それで走れる距離は「10km」との表示がでている。例によって、その数字は話半分と見なければいけない。とすると5km。
仕方ない、この近所で充電するしかないだろう。
都内には急速充電の施設が思いのほか多くあるのだけれど、欠点は、設置場所の偏りが大きいということである。
東京駅を中心とする地域には、こんなにたくさん急速充電の施設はいらんでしょう、というくらいある一方、たとえばわが北光自動車交通(読者諸氏はお忘れであろう。北光自動車=潜入取材中のタクシー会社。キタミツではなくホッコウ=第10回参照)の近辺(板橋区の外れ)にはまったくなくて、もっとも近い場所でも、東武東上線の駅にして2つ先の「常盤台」、川越街道と環七が交差する板橋中央陸橋下の駐車場まで行くことになる。
そこを逃すと、環七であれば練馬区の豊玉陸橋の近く、川越街道であれば池袋まで走らなくてはならない。そして、板橋のような急速充電過疎地域ほどではないにしても、渋谷周辺もまた、急速充電の場所が意外に少なかったりするのだ。
渋谷方面に走りだし、この近所で急速充電となると場所はおのずと限られるのをリーフタクシーの運転手は体験的に知っていた。
仕方がない、あそこに行くか、と運転手は行き先を定めた。そう、仕方がない、である。よし、あそこに行くぞ、ではなく、仕方がないという極めて消極的な決断を下し、リーフタクシーの運転手は、渋谷の高級ホテル「セルリアンタワー東急ホテル」の地下駐車場へと向かったのだった。
![]() |
充電料金と駐車料金
都内に数多くある急速充電施設。そのどれもが同じ充電時間、充電量というわけではない。いつも利用する千代田区役所の地下駐車場にあるそれの場合だと30分で満タン時の8割ほどの回復だ、たとえば中央区役所の駐車場にある急速充電器では40分かかる。1時間のところもある。それに加え、充電器が設置されている場所の環境の違いも当然あって、するとリーフタクシーの運転手たちは、ここが好きだ、とか、こっちはちょっと、ということになり、そうして行きつけの急速充電場所が決まってくるわけである。
わが北光自動車交通の、もう一人のリーフタクシーの担当者、斉藤孝幸さんが好んで利用する急速充電場所は池袋。理由は、30分もかからずに、ほぼ満タン状態にまで充電できるからだという。
俺?
俺が好きなのは、もちろん千代田区役所の地下駐車場(理由は後述)だ。
逆に、できれば避けたい場所もある。俺の場合は「セルリアンタワー東急ホテル」の地下駐車場がそれである。
とはいえ、残り少ないバッテリーは確実に減り続けているわけだから行くしかあるまい。セルリアンタワー東急ホテルへ。だから消極的な決断「仕方がない」となるわけなのだ。
なぜ?
充電が終わった後、なんだか納得がいかない気持ちになるんだな、ここは。
これまで記事中で一度も書いたことがなかったけれど、急速充電の料金、実は無料なのである。
ただし急速充電器が有料駐車場内にある場合(かなり多い)、駐車目的ではないのに駐車場に入らざるを得ないわけで、すると、そんな事情は斟酌(しんしゃく)されることなく駐車料金が発生してしまう。で、セルリアンタワー東急ホテルは、一流ホテルだけのことはあって駐車料金もお高く30分で400円、その後は30分ごとに400円加算だから、無料の充電に800円の駐車料金(=会社負担)を支払うことになる。
こうして充電を終えて駐車場をでたリーフタクシーの運転手は思うわけである。
なんだろう、この割り切れない気持ちは、と。
充電しながらランチ
タクシーの運転手は、勤務時間内に定められた時間の休憩を取らなければならないことになっている。朝から翌朝まで働く運転手はその間に3時間の休憩を、俺のように昼間だけ働く運転手は、最低1時間の休憩を、というふうに。
リーフタクシーの運転手の場合、この休憩時間の調整を上手にしないと、充電に要する時間(充電1回ごとに充電時間+充電施設までの回送時間)と、最低1時間の休憩で、それこそ走ってる時間なんてありゃしない、という結果になりかねない。
で、考えるわけだ。
充電時間を休憩時間に当て、その間にランチを済ませる。これなら一石二鳥、充電時間を有効に使うことができる。
環七の豊玉陸橋あたりに急速充電の施設が2カ所ある。エネオスとファミリーマート。ファミマには大きな駐車場があって、その端っこに急速充電器が設置してあるのを知ったのは、リーフタクシーの担当になって間もない頃のことだ。
ここで充電をしながらファミマのお弁当を食べる。時間の節約でいいと最初は思ったのだが、真夏は炎天下で暑すぎる、冬は寒すぎるので一度で断念。ほかにいいところはないかと探し、辿り着いたのが千代田区役所の地下駐車場だった。
ここでの充電時間は30分。(最初の30分は駐車料金はかからない)
充電器をセットしたらエレベーターで10階の食堂に直行。12時~13時を外せば食堂は空いているし、合同庁舎(下層階が区役所)の食堂だから値段も安い。しかも10階からの眺望は抜群で、俺はいつも決まって窓際のカウンター席に陣取り、内堀の向こうの北の丸公園を眼下に見ながら日替わりランチを食べるわけである。
おッ、そろそろ30分だな、と地下駐車場に降り、次の充電者のために場所を空け、こんどは1階のロビーへと向かう。ここで、あと30分、コーヒーを飲みながら読書をするのが定番で、この場所での急速充電は、タクシーの勤務中とは思えないのんびりした1時間を過ごしているようでほっとする。
夕方、充電をもう一回というときも、たいていここにくる。
充電器をセットしたら1階のロビーへ。このフロアにはパン屋さんがあって、建物内にパン工場があるらしく、いつも焼きたてのパンが並んでいる。
焼きたてのパンと淹(い)れたてのコーヒーを買い、窓際の席に深く腰を沈めて本を読む。
事情を知らない人がこんな俺の姿を見たら、近所の暇なおっさんの午後のコーヒータイムくらいに思うだろう(実際、そういう人たちがたくさんいる)。ここでの30分なり1時間は、走っても走っても客を乗せられないタクシー事情など完全に忘れてしまうほどリラックスできて、実に快適なのである。
(文=矢貫 隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。