第24回:思いもよらない出来事(前編)
2013.09.12 リーフタクシーの営業日誌タクシーだと気付かない
東京都内を走るリーフタクシーの数はわずかに19台。都内の約6万台のタクシーのうちの19台である(第4回、第10回、第17回)。
極めて珍しいタクシー。しかも「トヨタ・クラウン」やら「日産セドリック」やら、多くの人が「タクシー」と認識している車種とはまるで別物の格好をしているタクシー。それゆえに、リーフタクシーで営業にでると、ときどき、あるいは、ごくまれに、思いもよらない出来事が起こったりするのである。
まずは「ときどき」の話から……。
またかよ、と、リーフタクシーの運転手はがっくりきた。
ハンドル時間が朝から夕方までの昼勤(週に5~6乗務する)運転手(=矢貫 隆)にとって、勝負の時間帯は早朝と夕方である。それなのに寝坊。出庫した時点で、もう朝の通勤客の姿などほとんどない9時をずいぶん過ぎてしまっていた。
いつものごとく、川越街道を池袋方面に向かってひた走った。
いたッ。客だ。
朝の客はもういないと諦めて走りだしたところで見つけた客である。運転手としてはとてもうれしい。明らかに急いでいるふうの中年男性が、歩道から身を乗りだすようにして、やってくるタクシーを待ち構えているではないか。
ところが、この男、俺が目の前に差しかかっても手を挙げようとしなかった。
ツッ、と舌打ちした運転手(=矢貫 隆)は、仕方なしに男の前を通り過ぎ、念のためにルームミラーで確認である。案の定だ。男は、俺の後からやってきた赤いタクシーを止めていた。
やっぱり……、と、落胆する運転手。
だが、環七との交差、板橋中央陸橋を越えたところでタクシーを待つ男を発見して気を取り直した。遅めの出勤のサラリーマン、行き先は池袋駅、とみた。
ここからだと料金は1000円ちょい。朝いちで1000円超えだと縁起がいいと験を担ぐ運転手(=俺)としては、おッ、幸先がいいんじゃないの、とか思うわけである。よし、今日はラッキーかも、と。
ところが、なのだった。この男も手を挙げない。しかも、運転手の推測どおり、ルームミラーには「えッ!? 今の黒いクルマ、タクシーだったの?」みたいな顔でこっちを見ている男が映っていた。その理由がわかっているだけに、運転手としては、またかよ、と、ガックリきてしまうわけである。
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スルーされるワケ
実は、リーフタクシー、やってくるタクシーを探している客にスルーされることがある。頻繁に、とまでは言わないけれど、珍しくない程度の頻度でスルーされるのだ。運が悪いと日に3度、なんていうときもある。たいていは朝、スルーするのはタクシーをよく利用しているであろう人と相場は決まっている。
リーフを敬遠してのこと、ではない。
では、そのワケは?
以下、矢貫説(たぶん正しい)である。
彼らの潜在意識は、おそらく「タクシーはAという格好をしている」と認識しているのだろうと思う。正面から見たときクラウンやセドリックのあの格好がAであり、似ても似つかないBの格好をしたリーフは意識の外にある。
タクシーを待ち構える男の意識が最初に捉えるのが屋根のあんどんであったり「空車」の表示であればタクシーと認識し、それがクラウンだろうがリーフであろうが手を挙げる。ところが、そうでない場合、つまり、例の潜在意識が最初に捉えたものが「格好B」であると「これはタクシーではない」と判断してしまい、あんどんも「空車」表示も視野には入っていても“見えていない”となり、その結果のスルー。
こうして、リーフタクシーは、トータルすれば何十回も客を逃してきた。そして、その多くが、日常的にタクシーを利用する人によるものだったように運転手は感じている。タクシー利用の頻度が高いからこそ、潜在意識への刷り込みがあるのではあるまいか。
そして「ごくまれに」の話に続く。
(文=矢貫 隆)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。