第59回:ロッカーはストラット式? オシャレ音楽ロードムービー
『ストラッター』
2013.09.12
読んでますカー、観てますカー
フィアットじゃないパンダカー
薄汚れた壁には、ライブを告知するポスターが貼られている。その前を歩く男の足には、タイトなジーンズととんがった靴。タバコの吸い殻を落として、靴底でもみ消す。モノクロームの映像だ。タイトルの「ストラッター=strutter」はサスペンションのストラットと同じつづりだが、この場合は気取って歩く人のことをいうらしい。カッコつけのロッカーが、軽やかに街角を過ぎていく。
そして道を走っていくのは、パンダカーだ。「フィアット・パンダ」ではない。丸っこい形をした白のセダンなのだが、リアのボディーからウィンドウにかけて大きくパンダの顔が描かれている。どうやら、「クライスラー・ネオン」のようだ。1990年代に“日本車キラー”として鳴り物入りで登場し、華々しく散ったあのクルマである。運転しているのは、さっき気取って歩いていたロッカーのブレット(フラナリー・ランスフォード)だ。コイツは、カッコいいのか、カッコ悪いのか。
この時点では、彼はカッコ悪さの頂点にいる。恋人のジャスティーンと一緒に暮らすことになっていたのに、一転して別れを告げられてしまったのだ。ライブはなんとかこなしたものの、帰る場所もなくパンダカーに泊まる。パワーウィンドウすら付いていない、ショボいクルマだ。サスペンションはストラット式だけど、気取るどころじゃない。
砂漠に向かう「ファイヤーバード」
追い打ちをかけるようにメンバーが脱退を表明し、バンドは解散の危機にさらされる。元カノのジャスティーンが付き合い始めたのは、リスペクトしていたミュージシャンのデイモン(ダンテ・ホワイト=アリアーノ)だとわかった。恥を忍んで家に帰ると、母親は恋人のフランク(クレイグ・スターク)とラブラブで、ブレットの居場所はない。
何もかもうまくいかない主人公、心優しい仲間たちとのかみ合わない会話。モノクロのスタイリッシュな映像がロックミュージックとともに流れていくさまは、ジム・ジャームッシュの初期作品を思わせる。そういえば、彼はミュージシャンとしての顔を持ち、ジョン・ルーリーやトム・ウェイツなどを俳優として起用していた。この映画の共同監督であるカート・ヴォスもバンドを持っていて、出演者の多くはミュージシャンである。ブレットとデイモンが作品中で歌う曲は、彼ら自身が作ったものだ。
ブレットは最悪の時期を脱し、ジャスティーンと別れたデイモンとの間には友情らしきものが生まれる。ふたりはフランクに誘われ、砂漠に出掛けることになった。乗っていくのは、パンダカーではない。あのクルマはブレットのダメさの象徴のようなものだ。フランクの「ポンティアック・ファイヤーバード」に3人で乗り込み、ヨシュア・ツリーへと向かう。カッコ悪さを振り払うための旅なのだから、クルマも“ストラッター”でなくてはならない。
100ドルで借りたクルマともらったクルマ
スクリーンでは車種がはっきり特定できる映像がなかったので、念のため映画会社に問い合わせてみた。すると、なんともロックな答えが返ってきた。
《フランクのクルマは、ヨシュア・ツリーに停(と)まっていたクルマをフランク役のクレイグが交渉して100ドルで借りて撮影の時に使っただけなので、今は確認できない》
《ブレットの“Panda Car”は、ブレット役のフラナリーがアレックス・ロックウェル監督の撮影を手伝った時に監督からボーナスとしてもらったクルマ。『ストラッター』の撮影後、フラナリーが運転して木に突っ込んでしまったため、もうない。車種もわからない》
ネオンといいファイヤーバードといい、実に巧みなセレクトだと思っていたのだが、偶然に使われただけだった。それでも作品を構成する不可欠なパーツのように見せたのは、制作者のセンスだ。10月に公開されるある日本映画には取ってつけたようなカーチェイスシーンがあるが、中古車屋で安く見つくろってきたらしい白いセダンを使っていた。作品の中で意味付けをしようという意欲も能力もなかったようで、まったく必要のない無駄なシーンになっていた。緻密に構成する意思の欠如は全体に貫かれていて、悲惨な出来になっていたのは当然だろう。
この映画は、クルマ以外のものも手近にあるものを利用しているようだし、有名な俳優は出演していない。なにしろ、この作品の総製作費はわずか2万5000ドルなのだ。クラウドファンディングの手法で資金を集め、クエンティン・タランティーノやガス・ヴァン・サントから支援を得ている。金はなくても、音楽愛と映画愛が作品に力を与えたのだ。
グレッグはパンダカーでよしとしていた態度を改め、新しい道を見つけるだろう。“ストラッター”を気取って軽やかに歩き出す姿は、この映画の成り立ちそのものでもある。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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