第60回:悪質ドライバーに警告……お仕置きされるぞ!
『クロニクル』
2013.09.27
読んでますカー、観てますカー
あおってきたら、超能力で反撃
いくらクルマの性能がよくなっても、交通事故はなくならない。悪質なドライバーがいるからだ。ウィンカーを出さずに突然車線変更する、直進車が迫っているのに無理に右折しようとする、生活道路を危険な速度で走行する……。街を走っていると、たびたびそういう場面に遭遇する。運転免許を持つべきでないやからが、のうのうとまかり通っているのだ。後ろから執拗(しつよう)にあおってくるようなヤツには、ボンドカーのような装備で弾を撃ち込んでやりたくなることがある。あるいは、まきびし攻撃でもいい。
『クロニクル』では、もっと効率的な方法が描かれている。超能力を使うのだ。頭の中で強く願うだけで、乱暴な運転手の乗ったクルマの進路を変えてしまう。それができれば最強だ。自分にそんな力があったなら、使わずにいられるとは思えない。やられたらやり返す。倍返し……いや、これは別の物語だ。
主人公のアンドリュー(デイン・デハーン)は、ぼっち系のオタク青年だ。学校に友達はおらず、家に帰れば病気で寝たきりの母親と飲んだくれで暴力的な父。どこにも居場所のない彼の相棒は、ボロいビデオカメラだけだ。昼休みにグラウンドの観客席にひとり座ってパンを頬張る時も、家で酒に酔った父親が殴りかかってくる時も、カメラですべてを記録している。耐えがたい現実だが、それをクロニクルとして対象化することでようやく精神の均衡を保っている。
スカートめくりでは終わらない
いとこのマット(アレックス・ラッセル)の誘いで嫌々パーティーに出掛けたアンドリューは、会場でもカメラをまわす。パーティーの雰囲気をぶち壊すキモいオタクは、当然のように追い出されてしまう。外に出てきたマットは地面に大きな穴が開いているのを見つけ、アンドリューは近くにいたスティーブ(マイケル・B・ジョーダン)とともに中を見にいくことにする。そこには強力なエネルギーを発する物体があり、彼らは不思議な能力を身につけてしまうのだ。
その物体が何なのか、なぜ能力を得たのか、理由は示されない。とにかく、3人にはサイコキネシスの力が備わった。思念で物体を動かす力である。初めのうちこそボールを動かして遊んでいた程度だったが、だんだんもっと面白いことに使いたくなってくる。女の子のスカートをめくるのは、男子としてはお約束だ。使っているうちに力は増大し、大きなものも動かせるようになってくる。おばあさんが乗ってきたBMWの駐車位置を変え、買い物から帰ってきた彼女を驚かせるようなイタズラもできるようになった。
ある日3人がボロい「シボレー・シェベル」でドライブしていたら、後ろから「フォード・ブロンコ」がクラクションを鳴らしながらギリギリまで迫ってきた。デカいSUVにピッタリ後ろに付かれると、本気で怖いことがある。普通は反撃の手段はないが、なにしろ超能力者である。機嫌の悪かったアンドリューはヒョイと片手を動かしてSUVを横転させる。運の悪いことに道路の脇には池があり、転がっていったブロンコは水没してドライバーは溺れかけてしまうのだ。あまりにおおごとになって、マットとスティーブは能力の使い方を抑制しなければならないと考える。しかし、アンドリューは違った。
『マン・オブ・スティール』ばりのラスト
これまで散々周りからバカにされたりイジメられたりした恨みがある。せっかく強大な力を手に入れたのだから、それに見合った存在になるべきなのだ。力のおかげで初めて女の子とふたりきりになることに成功するが、経験がないものだから土壇場で失敗してしまった。恥と怒りでパンパンになった童貞は、この世で最も危険な存在だ。恐ろしいパワーを手に入れたアンドリューは暴走を始め、もう誰も彼を止められない。
学園ドラマとして始まったのに、ラストでは超能力によって破壊と殺戮(さつりく)が行われるアクションムービーになる。『マン・オブ・スティール』と変わらない戦いが繰り広げられるのだ。クリストファー・ノーランが新たに作り上げたスーパーマンは自分の強大な力を使うことにためらいを覚えていたが、怒れる童貞に迷いはない。これまで自分を傷つけてきたすべての存在に向かって、ありったけのパワーで終わりのない反撃を開始する。
この映画の試写で、後ろにいた男が席を何度も蹴ってきた。映画の仕事をしているくせに、劇場でのマナーを知らないクソ野郎である。もし超能力があったなら、自分の髪型を瞬時にアフロヘアに変えてやつの視界をさえぎってやっただろう。幸か不幸か何の能力もないので、姿勢をよくして少しだけ嫌がらせをするのが精一杯だった。
しかし、もしかしたら秘められた能力がいつか覚醒するかもしれない。そうしたら、乱暴運転を繰り返すやからには、きっとお仕置きをしてやろう。横転まではさせないが、車内をドリアンの匂いで満たすぐらいのことはしてやるから、覚悟しておくように。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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