第61回:カウボーイはカプリスに乗って悪霊退治
『ゴースト・エージェント R.I.P.D.』
2013.10.12
読んでますカー、観てますカー
ベーコンはやっぱり悪役だった
試写を見る前に資料を見ていなかったので、不意にケヴィン・ベーコンが出てきて驚いた。予告編にも彼はまったく顔を出していないのである。ベーコンの演じるボビーは、主人公の警官ニック(ライアン・レイノルズ)の同僚だ。以前ふたりで違法薬物の捜査をした際に現場で発見した金塊をネコババしていたのだが、良心がとがめたニックはやはり正直に届け出るべきだと話す。これはやばい展開になってきたぞ……。
もう、先の展開は読める。相手はベーコンなのだ。この男がニヤつきながら登場したら、悪いヤツに決まっている。ベーコン映画を何本も見てきた経験からすれば、彼が親切に振る舞ってもそれは見せかけだけだ。案の定、薬物捜査の任務を遂行中に、銃撃戦に隠れてニックを撃ち殺してしまった。ネタバレなんて言わないでほしい。これはベーコン映画の常識なのだ。
死んだニックの魂は、ゆっくりと天に召されていく。しかし、たどり着いた場所は、どうやら警察みたいだ。ニックの前に現れた監督官(メアリー=ルイズ・パーカー)は、そこが「R.I.P.D.」のオフィスだと告げる。ニューヨーク市警察の「NYPD」やロサンゼルス市警察の「LAPD」ならばわかるが、聞きなれない名だ。これは、Rest in Peace Police Departmentの略称で、成仏できない悪霊を取り締まっているのだという。ニックは警察官としての能力を買われ、エージェントにスカウトされたのだ。
『トゥルー・グリット』の保安官?
オフィスの備品は古臭く、スチールのデスクの上には書類が散らばり、黒電話が置かれている。最新の設備にはなっていないようで、エージェントたちの服装もさまざまだ。死んでからも、やはり自分が生きていた時に着ていたものが、しっくりくるのだろう。警官の制服も、禁酒法時代のものから現在のものまでそれぞれが気に入ったものを着ているようだ。
相棒として紹介されたのは、カウボーイハットをかぶった傍若無人なベテランエージェントだった。その男ロイは、200年もの間R.I.P.D.で悪霊と戦っている。粗野な態度でやたらに声がでかい。どこかで見たことがあると思ったら、『トゥルー・グリット』で少女のあだ討ちを助けて戦ったコグバーンではないか。コーエン兄弟の監督した傑作西部劇で、ジェフ・ブリッジスが酔っぱらいの保安官を演じていた。しゃべり方も振る舞いも、ほとんど同じである。死んだ後、こんなところで悪霊退治をしていたとは。
ニックはコグバーンに連れられて、さっそく街のパトロールに行く。ビデオ屋のトイレが地上と魔界を結ぶ通路となっている。現代のボストンだから、開拓時代のカウボーイのいでたちそのままというわけにはいかない。ダブルのベストにダスターコートというスタイルだ。
もちろん移動手段は馬ではなく、派手なイエローゴールドに塗られた「シボレー・カプリス」に乗っていく。ピカピカの新車より、ちょっと古めのなんてことないセダンのほうがカウボーイの好みに合うのだろうか。それでも、セレクターのヘッドがスカルデザインのものに換えるなど、ちょっとしたカスタマイズが施してある。
ブロンド美女と中国のジイさん
老カウボーイとイケメン警官のコンビだが、地上で暮らしている人間からは別の姿に見える。死んだ人がそのままの姿形で歩いていたのでは、家族や友人が混乱してしまうからだ。ロイはブロンド美女のアバターを手に入れているが、ニックに与えられたのは中国人のジイさんだ。死んでから間もないニックは勝手がわかっていないので、自分の葬儀に出席していた妻に話しかける。でも、彼女にすれば知らない中国人に声をかけられているだけなのだ。
人間に化けている悪霊を見つけるための道具は、インド料理である。彼らはなぜかカレーが苦手なようで、インド料理店からテイクアウトしたスパイシーなチキンティッカを目の前にするとモンスターの姿に戻ってしまうのだ。
この映画も、さり気なく中国とインドの要素を盛り込んでいる。ハリウッドは資金面と観客動員の面の両方で2つの大国をアテにしなければ立ち行かなくなっていると言われるが、そういった事情なのだろうか。
モンスターを追いかけていくと、ボビーに行き着いた。彼は、世界を破滅させるような計画を進めているらしい。ベーコンはいつもならチンケな小悪党だが、今回は本格的なワルモノだ。それでも、最後まですがすがしいほど卑劣で汚い男である。無条件に悪いやつが敵だと、見た後に一切わだかまりが残らないのだ。だから、ベーコン映画にはハズレがない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第283回:ドニー・イェン兄貴がE90で悪党を蹴散らす!
『プロセキューター』 2025.9.26 ドニー・イェン兄貴は検事になっても無双! 法廷ではシルバーのウィッグをつけて言葉の戦いを挑むが、裁判所の外では拳で犯罪に立ち向かう。香港の街なかを「3シリーズ」で激走し、悪党どもを追い詰める! -
第282回:F-150に乗ったマッチョ男はシリアルキラー……?
『ストレンジ・ダーリン』 2025.7.10 赤い服を着た女は何から逃げているのか、「フォードF-150」に乗る男はシリアルキラーなのか。そして、全6章の物語はなぜ第3章から始まるのか……。観客の思考を揺さぶる時系列シャッフルスリラー! -
第281回:迫真の走りとリアルな撮影――レース中継より面白い!?
映画『F1®/エフワン』 2025.6.26 『トップガン マーヴェリック』の監督がブラッド・ピット主演で描くエンターテインメント大作。最弱チームに呼ばれた元F1ドライバーがチームメイトたちとともにスピードの頂点に挑む。その常識破りの戦略とは? -
第280回:無差別殺人者はBEVに乗って現れる
『我来たり、我見たり、我勝利せり』 2025.6.5 環境意識の高い起業家は、何よりも家族を大切にするナイスガイ。仕事の疲れを癒やすため、彼は休日になると「ポルシェ・タイカン」で狩りに出かける。ただ、ターゲットは動物ではなく、街の人々だった……。 -
第279回:SUV対スポーツカー、チェイスで勝つのはどっち?
『サイレントナイト』 2025.4.10 巨匠ジョン・ウーが放つ壮絶アクション映画。銃撃戦に巻き込まれて最愛の息子を奪われた男は、1年後にリベンジすることを決意する。「マスタング」で向かった先には、顔面タトゥーのボスが待ち受けていた……。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。