メルセデス・ベンツS550ロング(FR/7AT)
孤高のクルマ 2013.12.18 試乗記 高級セダンの代名詞として知られる「メルセデス・ベンツSクラス」。その最新型はいま、どのようなレベルにあるのか? そしてどこに向かおうとしているのか?あきれるほどの完成度
新型が登場するたびに、必ず「完璧!」と筆者を感心させるのが、メルセデス・ベンツ。このほど日本で発売された最新世代の「Sクラス」(通算6代目に当たるW222型)もその例に漏れない。ここでテストに引っ張り出したのは、中心グレードとなるであろう「S550ロング」(左ハンドルが1535万円、右ハンドルは1545万円)だが、総合的なあまりの完成度に、ただただあきれるばかりだ。どの角度から検証しても、クルマ界に君臨する実力、見識、信念、伝統が感じられ、言いようのないほどの“上から目線”も濃密に薫る。
新しいボディーは、無駄な抑揚のないスッキリ感の点で、先代(W221型)よりも軽快なたたずまいを放つ。2.2トンを超える重量も、ホイールベース3165mm、全長5250mm、全幅1900mmにも達する巨体にあらゆる装備を詰め込んだことを考えれば納得。余談だが、前輪の切れ角が大きいため、こんなサイズからは信じられないほど小回りが利いて使いやすいというSクラスの美点は、この新型でも忠実に受け継がれている。
そのフロントに搭載される4.7リッターのV8ツインターボは、基本的に先代からの流れで455ps(335kW)の最高出力と71.3kgm(700Nm)の最大トルクを吐き出す。最高出力の発生回転数は、5250-5500rpm 。最大トルクは1800-3500rpm という広い回転域で生み続けるから、どんな踏み方でもヌルルルッ………と余裕感たっぷりに走る。思い切り床まで踏み込み、目の前のブラックホールに吸い込まれるような加速をしても、まだまだ全力を振り絞っている実感がない。
乗り心地は、徹底して重厚かつフラットだ。基本的には驚くほど柔らかいのに、どんな速度や路面でも変わらない。まったく癖も渋さも感じさせないステアリングの手応えは、精妙そのもの。コーナーめがけて切り込むというより、行きたい方に気持ちを向けただけで、まったく適切に操作している自分を発見する。
いろいろ装備満載にもかかわらず、ダッシュボードやコンソールのスイッチ類は要領よく配置され、操作に慣れるまで時間はかからない。これらを総合した結果として、初心者でもベテランでも、知らず知らず同じように走れてしまう。極端に言うと、「同じようにしか走れない」のだが、そこにこそ、新型Sクラスに込めたメーカーからのメッセージが読み取れる。
未来の技術がここにある
ここまで長々と書いておきながら申し訳ないが、このような20世紀型(?)の自動車評論では、もはや今(と、これから)のメルセデスを語ることは不可能に近いように思える。
これに先立って登場した新型「Eクラス」以来、発表時のメーカーの公式説明には、必ず「近未来の自動運転を予感させる……うんぬん」という言葉が含まれている。そのための実験車も完成していて、その一部機能は、すでにこの新型Sクラスにも装備されている。
最もわかりやすいのが、全グレードに標準装備の、従来よりさらに洗練された「ディストロニック・プラス」(車間距離保持、ステアリングアシスト付き全速度追従クルーズコントロール)だ。希望の速度と車間距離を入力しておきさえすれば、高速道路のゆるやかなカーブで前車を追って自動的にステアリングを操作してくれるばかりでなく、車線変更にさえ追従してくれる。そのうえ高速道路でも市街地でも、前車が止まればこちらも止まり、発進を感知すると自動的に発進する。そこそこ常識の範囲内の速度なら、ドライバーはまったくアクセルにもブレーキにも触れる必要がない。まだまだ限られた条件付きとはいえ、まさに自動運転の片りんを体験させられてしまう。
これほどは目立たないが、今回のテスト車にメーカーオプション(50万円)として搭載されている「マジックボディコントロール(MBC)」も、自動運転の観点から無視できない。これまでもSクラスの大きな特徴だったエアサスペンションは「アクティブボディコントロール(ABC)」と名乗っていたが、その正体は路面の凹凸に応じ瞬間的にダンパー減衰力を増減する“リ”アクティブ。それに対して今度のMBCは、車載のステレオカメラで前方15mの路面状態を立体的に解析し、実際にそこを通過する寸前に適切な減衰力に調節してしまう、本当のアクティブサスペンションなのだ。
その結果がどうかというと……「わからない」というのが正解。間断なく変化する状況に対応して、まるで変化がなかったかのようにしてしまうから、わからないのが当たり前なのだ。これぞ技術の完成の証拠だろう。
安楽にも貪欲
こんな先進装備の恩恵を受けるのは、実はドライバーではなく後席の乗員だったりする。たまにミスを犯すかもしれない人間ではなく、全面的に知能化されたクルマに最適の走行状態を演出させ、広々とした後席に身を沈めたまま安楽に過ごす時間を持ててこそ、高級セダンの醍醐味(だいごみ)というものだろう。
その良さを最大限に発揮させるのは、推奨オプションの一つ「ショーファーパッケージ」。プラス75万円で大幅に着座姿勢を変えられるようになり、マッサージ機能も使えるほか、邪魔な助手席を限界まで前に追いやれるようになる。
さらに受注生産オプションの「ファーストクラスパッケージ」(55万円)の追加も薦めたい。これだと後席が左右それぞれ独立(定員4名)になるほか、目の前にぜいたくな折り畳みテーブルが、センターアームレストの後方にはシャンパンを冷やすクーラーボックスが備わる。
このように、すべて「クルマまかせ」のユーザー像ばかり思い浮かべてしまう新型Sクラス。その根底に流れる“メルセデス語”を意地悪く解釈するならば、それはもしかしたら、深い「人間不信」なのかもしれない。遅かれ早かれ、自動車評論の射程距離外に飛び去ってしまうのは確実だ。
(文=熊倉重春/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
メルセデス・ベンツS550ロング
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5280×1915×1495mm
ホイールベース:3165mm
車重:2230kg
駆動方式:FR
エンジン:4.7リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:455ps(335kW)/5250-5500rpm
最大トルク:71.3kgm(700Nm)/1800-3500rpm
タイヤ:タイヤ:(前)245/45R19 102Y(後)275/40ZR19 101Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:10.1km/リッター(JC08モード)
価格:1535万円/テスト車=1784万6000円
オプション装備:外装色ダイヤモンドホワイト(9万6000円)/リアセーフティパッケージ(15万円)/ショーファーパッケージ(75万円)/AMGスポーツパッケージ(60万円)/ナイトビューアシストプラス(25万円)/マジックボディコントロール(50万円)/designoメタライズドアッシュウッドインテリアトリム(15万円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:3812km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

熊倉 重春
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
ポルシェ911タルガ4 GTS(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.26 「ポルシェ911」に求められるのは速さだけではない。リアエンジンと水平対向6気筒エンジンが織りなす独特の運転感覚が、人々を引きつけてやまないのだ。ハイブリッド化された「GTS」は、この味わいの面も満たせているのだろうか。「タルガ4」で検証した。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。 -
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。
































