第66回:コタツで楽しみたい日米中加のおすすめ映画はコレ!
冬休みに観たいクルマ映画DVD
2013.12.28
読んでますカー、観てますカー
『激突!』オマージュのB級ホラー
ポール・ウォーカーの事故死は、衝撃的な事件だった。シリーズ最新作の『ワイルド・スピード EURO MISSION』を観た人ならわかるように、新たな悪役を得てさらにスケールアップした次回作が期待されていた。ヴィン・ディーゼルとともにシリーズを支えてきた主役を撮影途中で失うことになってしまい、ストーリーを変更せざるをえないだろう。一部のシーンでは代役として彼の弟を起用するというアイデアも出ているそうだが、「GT-R」をこよなく愛したポールの死は残念でならない。
彼が主演した映画『逃走車』を夏休みDVDの回に紹介した。新たにDVDスルーで発売されたのは、『追跡車』というタイトルである。原題は『Angle Mort』だから、いかにも便乗系のニオイがする。ジャケ写には、ポール・ウォーカーっぽい男の顔が見えるが、セバスチャン・ユベルドーという初めて見る俳優だった。女優さんも監督も聞いたことのない名前で、低予算感がバリバリ伝わってくる。
カナダ映画ということで会話はフランス語だが、カップルが南米に旅行に出掛けるので現地の人との会話はスペイン語になる。目的地はサンチアゴ共和国で、そんな国はないから治安の悪い南米のどこかという設定なのだろう。男の浮気で壊れかけていた関係を修復するための旅行だが、ふたりは恐ろしい事態に巻き込まれることになる。現地では、少し前からクルマを襲ってはドライバーを殺して焼いてしまうという連続猟奇殺人が起きていたのだ。
ふたりが手に入れたクルマは、超がつくほどボロいソ連製のセダンだった。運悪く彼らは殺人犯に遭遇してしまい、後を追われることになる。おどろおどろしいマットブラックの「F-250」がつけてくるのだ。ドライバーの顔は隠れて見えないことが、えたいの知れなさで恐怖を増幅する。もちろんこれはスピルバーグの『激突!』が元ネタだ。ただし、本家が最後まで姿を見せなかったのに対し、この作品では結構早い段階で焼けただれた醜い顔をあらわにする。要するにB級ホラーなので、そのつもりで観てほしい。
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60年代アメ車がいっぱい、エロもいっぱい
ちゃんとした映画が観たいなら、『ペーパーボーイ 真夏の引力』がオススメだ。宣伝ビジュアルは「シボレー・インパラ」の窓から日に焼けた腕を出し、助手席に少々トウの立った美女を乗せている青年の写真だ。年上女性とのひと夏の経験で、大人への階段をのぼる青春ストーリーだと思うのは自然だろう。でも、ぜんぜん違う話だった。
舞台は1969年のフロリダである。ペーパーボーイというのは新聞配達員のことで、主人公のジャック(ザック・エフロン)は大学でしくじって実家に帰り、父の新聞社で手伝いするしかない暗い20歳だ。彼がペーパーボーイなだけでなくチェリーボーイだったのがいけなかった。周知のとおり、チェリーは思い込みで見境のない行動をしてまわりに迷惑をかける存在だ。案の定、家に来た年増女におかぼれして厄介な騒動を引き起こす。
この女シャーロットは、死刑囚の男と婚約したというから普通ではない。エロさを全身から発散しているが洗練のかけらもなく、欲望をむき出しにした下品な40女である。一応美人なのに惜しいと思ったら、よく見るとニコール・キッドマンだった。こんな汚れ役をよく引き受けたものである。
彼女だけでなく、登場する人物がみんな不穏な性の衝動を身にまとっている。死刑囚ヒラリーを演じるのはジョン・キューザックで、表情からして異常者だ。彼の事件を追っている新聞記者がジャックの兄ウォードで、マシュー・マコノヒーがいつも通りことさらに裸体を魅せつける。
そんなわけでクルマはあまり活躍しないのだが、60年代のアメリカ車がたくさん登場する。「ビュイック・リビエラ」「ポンティアックGTO」「シボレー・ベルエア」などが街を走り、アメ車好きにとっては眼福だ。
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「フィアット500」が象徴するものとは?
日本映画からは、山田洋次監督の『東京家族』を。小津安二郎の『東京物語』へのオマージュとして撮られた作品である。広島に住む老夫婦が東京の子供たちの家を訪れるという設定は同じなので、ほとんどリメイクと言って構わないだろう。時代は東日本大震災後で、本家の笠智衆と東山千栄子にあたる役は橋爪功と吉行和子だ。
『東京物語』では次男が戦死していたが、この作品では妻夫木聡が元気に演じている。そこそこの年になるが就職はせず、舞台美術のアシスタントをしている。現実の社会に適応しようとしない彼の性格を表す小道具として使われているのが、「フィアット500」だ。現行モデルではなくダンテ・ジアコーザの作った2代目で、おいっ子からも“ぼろグルマ”といってバカにされている。父母が到着した時には迎えに行ったのだが、東京駅と品川駅を間違えてしまって出会えずじまいだ。
長男は開業医で立派な家を構えており、次男とは対照的だ。社会的地位を築き、経済基盤もしっかりしている。しかし、『東京物語』と同様に実の親との心の交流は薄い。未来を託すことのできる肯定的人物として描かれるのは、次男なのだ。福島でのボランティアで知り合った彼女役は、蒼井優である。紀子という名前でわかるとおり、原節子が演じた役だ。もちろん彼女はフィアット500がボロいからといって文句を言ったりはしない。
次男が暮らすアパートの、狭い敷地に停められたフィアット500は、メインビジュアルとして使われている。監督は、このクルマを古き善きものを象徴するものと考えたのだろう。
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史上最低速のカーチェイス
前回に続き、最後は香港発のお気楽映画『モーターウェイ』をリコメンドしよう。とはいえ、単なるバカ映画ではない。製作はあのジョニー・トーなのだ。熱い男のドラマが繰り広げられることは保証付きだ。さらに、主演はアンソニー・ウォンとショーン・ユーである。2005年の快作『頭文字D THE MOVIE』に出演していたふたりなのだ。ジェイ・チョウの演じた藤原拓海の父がアンソニーだったのである。
映画はいきなり香港のハイウエーでのカーチェイスから始まる。若手警官のショーン(ショーン・ユー)はスピード違反した「BMW Z4」を「アウディA4」のパトカーで追うが、振り切られてしまう。スピードでは誰にも負けたくない彼は署に戻って車載ビデオを見ながらシャドードライビングをするのだが、規律を無視して勝手に違反車を追いかけたことをとがめられてスピードガン係にまわされる。
退官間近のベテラン警官ロー(アンソニー・ウォン)はくたびれたオッサンに見えるが、どうやら昔は熱血のすご腕ドライバーだったらしい。そうなれば、ストーリーは読める。ショーンがローの手ほどきを受け、高速テクニックを身につけてワルモノをやっつけるのだ。しかし、そうはならない。ここは香港、犯罪者は高速道路ではなく路地を使って逃亡する。
彼が教えるのは、極低速テクニックである。「8000回転で時速2キロだ!」という教えを受け、ショーンは「日産シルビア」で特訓を重ねる。最後の決戦の時、師匠の言葉が脳裏によみがえり、敵を追い詰めていく。史上最低速のカーチェイスなのだが、意外に盛り上がる。日本では廃れてしまった走り屋映画の伝統は、香港でしっかりと受け継がれていた。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。