第75回:一緒にクルマに乗れば、ネットよりも親密になれる
『ディス/コネクト』
2014.05.23
読んでますカー、観てますカー
闇金より怖い世界を描く
『闇金ウシジマくん Part2』に出てくる人間は、みんなロクでもないヤツらだ。カウカウファイナンスは10日5割(トゴ)とか1日3割(ヒサン)という違法金利で金を貸し、返済が滞った客からは暴力で取り立てる。女の客は、フーゾク業で働かせて金を作らせたりもする。ウシジマ社長は、金属バットで人間の頭めがけてフルスイングするのも平気な男だ。金を借りに来る側だって、マトモじゃない。ホストに入れあげて高いボトルを入れまくる女、ギャンブル依存症ですっからかんの男、どいつもこいつもクズばかりだ。
役者陣が達者で、リアリティーたっぷりである。山田孝之は凶悪なウシジマになりきっているし、中尾明慶のダメ男ぶりも堂に入っている。高橋メアリージュンの、モデル出身とは思えない粗暴な壊れ方は必見だ。カンヌ最優秀男優賞の柳楽優弥は、異常者役で圧巻の演技を見せた。恐ろしいのは、この映画のエピソードはかなりの部分が実際にあった事例にもとづいているということだ。誰でも、このハードな世界に巻き込まれる危険がある。
もちろん、闇金なんぞに手を出さなければこんな連中と関わり合いにならずにすむ。まっとうな社会生活を送っていれば避けられるリスクなのだ。もっと恐ろしいのは、ごく当たり前の日常からのぞく闇の世界への入り口である。『ディス/コネクト』に登場する人物の多くは、特殊な立場にあったりヤバい世界に足を踏み入れたりしているわけではない。映画では、3つの物語が並行して描かれる。すべてに共通しているのは、ネットにつながることで何らかの問題を抱えてしまったことだ。多くの人にとってネットは日常そのものであり、闇金のように遠ざけておけるようなものではない。
ネットを心の支えにしている人々
ボイド家は、アッパーミドルクラスの幸福そうな家族だ。ティーンエイジャーの娘と息子がいて、立派な家に4人で暮らしている。父親のリッチ(ジェイソン・ベイトマン)は、弁護士として忙しく働き、相応の収入を得ている。仕事熱心すぎて、家族で食事するときもスマートフォンを手放せないのは少々問題ではあるが。
息子のベン(ジョナ・ボボ)が引きこもりがちなのが、心配事のひとつだ。彼には友達といえるものがなく、音楽だけが心の支えとなっている。ネットに自作の曲をアップしていると、SNSを通じてジェシカという女性からメールが届いた。恋愛経験などない彼は、チャットを繰り返すうちに彼女のとりこになっていく。近況を伝え、お互いの悩みを話す。好意を抱いている印に、彼女は自分のセクシーな写真を送ってきた。ベンもお返しに自分の裸の写真を撮り、彼女に送った。すると、なぜかその写真が学校中に広まってしまう。ジェシカになりすましていたのはクラスメイトの男子で、うぶなベンをからかって楽しんでいたのだ。
リッチが弁護を担当しているテレビ局では、問題が発生していた。リポーターのニーナ(アンドレア・ライズブロー)がポルノサイトで働く少年カイル(マクス・シエリオット)にインタビューしたのが警察の目にとまり、身元を明かすように求められていたのだ。取材源の秘密を守らなければならないが、警察は彼女の行動を違法行為と見ている。働かされている少年たちを救い出すには、ポルノサイトのアジトを見つけ出す必要がある。
シンディ(ポーラ・パットン)とデレック(アレキサンダー・スカルスガルド)の夫婦は、赤ちゃんを亡くしてしまったことからすれ違いが生じていた。お互いを思いやりつつも、心が離れていく。寂しさを埋めるために、ネットに頼った。シンディは同じ悩みを抱える男性とチャットで交流するようになり、相談を持ちかける。デレックは、ネットギャンブルにハマっていた。出張先でもギャンブルサイトにアクセスするが、賭けようとしても拒絶された。銀行の残高がゼロになっていたのである。
フォレスターが作る親密な空間
何者かによって、銀行口座から金が引き出されてしまったのだ。一瞬にしてデレックとシンディは一文なしになり、家財を売り払うまでに追い込まれる。残ったのは、古い「スバル・フォレスター」だけだ。元刑事の探偵マイク・ディクソン(フランク・グリロ)に調査を依頼すると、シンディのチャット相手が個人情報を盗み出していたことがわかった。それでも、警察はすぐに動いてはくれない。彼らは、自ら犯人を探し出そうと決意する。
デレックとシンディはネットにつながることで自分を保とうとしていたが、一番身近な存在である夫婦の結びつきが失われてしまっていた。よそよそしい関係になっていた彼らだが、クルマに乗って犯人を捜しているうちに忘れていた気持ちを思い出していく。狭い車内での親密な距離が、心をじかにやりとりすることを可能にしたのだ。
彼らは、ついにチャットの相手を発見する。隠れミノにしているのか、彼はクリーニング店の店主だった。ショボい中年男だが、見かけに惑わされてはいけない。盗みとった金で、豪勢なSUVを乗りまわしている。しかし、よく見ればその「BMW X5」はくたびれた中古車で、ネット犯罪で大もうけした人間の乗るようなクルマではないことがわかったはずだ。
クラスメイトにだまされたベンは、絶望のあまり自殺未遂を起こしてしまう。カイルのポルノサイトには新たに少年がスカウトされ、あられもない姿をさらして女性客とチャットするようになった。警察は少年を使って荒稼ぎする組織をつぶすため、大がかりな作戦を実行する。ネットの中で事件が完結することはなく、必ず現実の世界に大きな波紋を巻き起こすのだ。
監督のヘンリー=アレックス・ルビンはドキュメンタリー映画出身で、この映画の迫真性にはその経験が役立っているようだ。淡々と語りながら観客を現場にいるかのような気分にさせる作風は、ポール・ハギスを思わせる。直接の関係を持たないエピソードを組み合わせ、観客を飽きさせずに物語を進めていく手腕は見事だ。最後に、配給会社にも敬意を表しておきたい。原題を妙にいじくらずに単語をそのまま使ってスラッシュを入れただけのシンプルな邦題は、サブタイトルですべてを説明したがる最近の傾向の中では貴重だ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。