アストン・マーティンV12ヴァンテージS(FR/7AT)
ドライバーズカーの頂点 2014.06.18 試乗記 大排気量の12気筒エンジンを搭載する「アストン・マーティンV12ヴァンテージ」が、一段とパワフルな「V12ヴァンテージS」に進化。同社の量産モデル史上最速とうたわれる、その実力を確かめた。リッチに向けたニッチなモデル
昨2013年に、創業100周年を迎えたアストン・マーティン。そんなタイミングで、次期パワーユニット等の開発のためにAMG(ダイムラー)と技術提携をしたり、英国の本社と工場への新たな投資計画を発表したりと、昨今ひそかに(?)話題豊富なブランドでもある。
ご存じ“ボンドカー”の活躍もあって、世間に対するメーカーとしての知名度もそれなりに高いはずだが、昨年の世界販売台数は、わずかに4200台ほど。あのフェラーリですらその数がおよそ7000台であることを思うと、アストン・マーティンが極めてエクスクルーシブで、ニッチなブランドであることをあらためて認識させられる。
一方、かくも選ばれし人に向けた、高価なスポーツカーづくりに専念する小規模メーカーながら、「ヴァンテージ」に「DB9」、さらには「ヴァンキッシュ」「ラピード」と、意外に多くの種類をラインナップするのも、ひとつの特徴である。
しかも、4ドアのラピードを除けば、いずれのモデルにもクーペとオープンボディーが用意されている。それゆえ「どれをチョイスしても、いずれもビスポークな一台に近い」のは事実だが、同時に、モデル間の立ち位置がどうしても接近するため、互いの特色がやや分かりにくくなってしまうことも否定できない。
そのうえでそれぞれのキャラクターを明らかにするならば、「ヴァンテージはサーキット直系のピュアスポーツ」「DB9は2+2シーターのスポーツGT」そして「ヴァンキッシュは全シリーズ中のフラッグシップ」……ということになるだろう。
エンジンは、DB9とヴァンキッシュがV型12気筒ユニットを搭載。ヴァンテージは、あくまでもV型8気筒ユニットがメインの“エントリーモデル”と、そんなすみ分けが図られている。
怖いほどのポテンシャル
とは言いつつも、ここに紹介するV12ヴァンテージSの最大の見どころはまず、その名のとおり「ヴァンテージでありながらも、V型12気筒エンジンを搭載する」点にある。
2009年のジュネーブショーで発表されたV12ヴァンテージ。それを引き継いで、昨年ローンチされたのがこちらのSグレードだ。フロントに搭載される心臓をV12ヴァンテージと比べると、最高出力は56ps、最大トルクは5.1kgm(50Nm)の上乗せ。ヴァンキッシュやラピード、DB9にも搭載されるユニットをベースに、新たなマネジメントシステムの採用などで前出のように向上したパワーは、左右シートの中央背後にミドマウントされた7段の2ペダルMTを介して後輪に伝達される。
ちなみに、V12ヴァンテージでは3ペダル式MTだったトランスミッションが2ペダル方式へと改められた。その点について、「アストンもひよって、ライバルたちの流れに続いたか……」と、あるいはそんな風に解釈する人もいるかもしれない。
しかし、それは恐らく見当違いだ。現実には「マニュアル操作では、もう追い付けない」というのが正解であるはずだ。0-100km/h加速が4秒、あるいはそれを下回るようなモデルの場合、1速、そして2速ギアを使えるのは極めて短時間。それを巧みなクラッチワークとシフトワークでさばいていくという作業は、残念ながらもはや“人力”の限界を超えているのだ。
かくして、「史上最速の量産アストン・マーティン」であり、「アストンの中で最もどう猛」と紹介されるこのモデルは、0-100km/h加速=3.9秒を記録する。
しかも、いかにトランスアクル方式を採用するとはいえ、4WDではなくスタート直後のトラクション伝達能力にハンディキャップを抱えるFRモデルでこうしたタイムをマークするという点に、空恐ろしいほどの走りのポテンシャルが想像できる。
実用性にも富んでいる
アストン・マーティン車の流儀であるわずかに上方へと開くドアから、ドライバーズシートへと滑り込む。予想したよりも乗降性に優れているのは、アルミやマグネシウム合金、そしてスチール材も含めたコンポジット構造を持つボディーのサイドシル部分が、カーボンモノコックを用いたライバルたちのそれより低く、幅も狭いことが大いに関係していそうだ。
センターパネル上に並ぶシフトボタンや、そのはざまにあるイグニッションキーのインサートは、アストン・マーティン車の“約束事”。
シフトボタンと同列に並ぶスポーツボタンと、センターパネル下部のダンパー減衰力切り替えボタンの機能を、スタイリッシュな革張りの取扱説明書を開いて“解読”している段階で、それまでどうしても見つからなかったナビの縮尺切り替えスイッチが、何とステアリングホイールの裏面に存在することも発見できた。
キャビン内やラゲッジスペースのチェックを続けると、このモデルが意外にも“使えるパッケージング”の持ち主であることにも気がついた。シート背後には、アタッシェケースが2個は置けそうな空間があるし、上質な作りのトノカバーを外せば、テールゲート下には何とかスーツケースも入りそうだ。
そう、このモデルには「2人で数日泊まれる程度の荷物」であれば問題なく積み込めそうな、“懐の深さ”があるのだ。いくつかのスーパースポーツカーが、遠出をしようとすると実質シングルシーターになってしまうのに対して、こちらは文句ナシのフル2シーター。誰もがスタイリッシュと認めるフォルムの中にこうした実用性を両立させているのは、これまで気に留めたことのない新たな発見だった。
パワフルで緻密な12気筒
12気筒ユニット特有の滑らかなスターター音を耳にしながら、自慢の心臓に火を入れる。自然吸気エンジンならではの澄んだ快音と共にそれは即座に目覚める。と同時に、例によって“左回り”で動くタコメーターの針がアイドリング位置まで跳ね上がる。
さすがに5.9リッターという“肺活量”の大きさもあって、そのサウンドは迫力あるもの。一方で、「周囲の空気を揺さぶる」と表現するほどには荒々しくもない。
取りあえず、Dレンジを選んでアクセルペダルを踏みこむと、わずかに背中を蹴られるような軽いショックと共にスタート。DCTとは異なり、変速はシームレスではない。動作中は駆動力が途切れるので、特に渋滞の中など頻繁な変速が避けられない場面では、そのタイミングを自分で選べるマニュアルモードで乗った方が自然で快適だ。
パワフルでありつつも回転フィールは緻密で、いかにも“高級車の心臓っぽい”のは、やはり12気筒ならではのぜいたくさ。「1000rpm時のトルクは、従来比で7.1kgm(70Nm)増加」とうたわれるとおり、多気筒エンジンならではのフリクションの大きさは街乗りシーンでも意識させられずに済む一方、スロットルの妙な早開き制御などで不自然に出足のよさが演じられていない点にも、好感が持てる。
ダンパースイッチに軽く触れてのスポーツモード、さらに長押ししてのトラックモードでは、さすがに“揺すられ感”が強まるものの、ノーマルモードでの足の動きは滑らかで快適至極。わだちの付いた路面でステアリングをとられる傾向が強い点は「このモデルのキャラにはちょっと似つかわしくない」と感じられたが、そこはテスト車が装着するタイヤ「ピレリPゼロ コルサ」の摩耗がやや進んでいたという状況も考慮すべきかもしれない。
驚くほどに軽やか
そんなV12ヴァンテージSの神髄ココにあり! と実感させられたのは、やはりワインディングセクションに乗り入れた時だった。何となれば、このモデルのコーナーにおける身のこなしは、びっくりするほどに軽やかでナチュラル。「12気筒エンジンを積むクルマで、ここまで“人とクルマの一体感”が色濃いモデルをほかに知らない」――それが、うそ偽りのない感想だったのである。
そんな好印象の一因となったのはまず、いかにも「サスペンションの位置決めがしっかりできているな」とイメージのできる、強固なボディーの仕上がり。さらに、いずれもミドシップにマウントされたフロントのエンジンとリアのトランスミッションも、バランスのいいコーナリング感覚を生み出すのに、大きく功を奏しているに違いない。
そして、見通しの悪いタイトなコーナーでは、今回のテスト車が右ハンドル仕様であることも大きな武器となった。……と思いきや、日本のアストン・マーティン車は、すべてのモデルで左ハンドル仕様も選択が可能という。日本と同様そもそも右ハンドルの英国車に、あえて“不便で危ない”左ハンドルで乗ろうという気持ちは、個人的には何とも理解し難いのだが……。
いずれにしても、6リッターに迫ろうという排気量のV型12気筒エンジンを積むモデルが、「ここまで手足のように扱える」とは心底驚きだったというのが、今回のテストドライブでの最大の収穫。
ちょっとキザな大人が乗るクーペ……というのは、きっと、当たらずといえども遠からずなはず。けれども、決してそれだけでは終わらない、生粋のドライバーズカーの頂点に立つのが、V12ヴァンテージSというモデルであるに違いない。
(文=河村康彦/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
アストン・マーティンV12ヴァンテージS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4385×1865×1250mm
ホイールベース:2600mm
車重:1665kg
駆動方式:FR
エンジン:5.9リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:573ps(421kW)/6750rpm
最大トルク:63.2kgm(620Nm)/5750rpm
タイヤ:(前)255/35ZR19 96Y/(後)295/30ZR19 100Y(ピレリPゼロ コルサ)
燃費:--km/リッター
価格:2303万7943円/テスト車=2781万2083円
オプション装備:リバースカメラ(18万4680円)/ペイント<スペシャルAMLカラー>(61万9920円)/Bang&Olufsen BeoSoundオーディオ(95万6880円)/アルカンターラトリム<コンテンポラリー>(18万4680円)/エクステリア カーボンパック ヴァンテージ(52万1640円)/V12サイドウイングバッジ(1万7280円)/レザーECUポーチ(8640円)/シートヒーター(8万6400円)/セカンドグラスキー(8万6400円)/フロント&サイドストレイクメッシュ<ノクティスブラック>(8万6400円)/カーボンインテリアパック(52万1640円)/ブラックDOLサラウンド/フロントパーキングセンサー(6万9120円)/ブラックペダル(6万9120円)/ブラックテクスチャードテールパイプフィニッシャー(6万9120円)/カーボンファイバーパドル(36万9360円)/カーボンサイドストレイク(18万4680円)/ライトウェイトホイール<サテンブラック Corsa>(65万1780円)
テスト車の年式:2013年型
テスト開始時の走行距離:8311km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(0)/高速道路(9)/山岳路(1)
テスト距離:217km
使用燃料:39.4リッター
参考燃費:5.5km/リッター(満タン法)/5.9km/リッター(車載燃費計計測値)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。