アストン・マーティンV12ヴァンテージ(FR/6MT)【試乗記】
モータースポーツ香る 2010.05.17 試乗記 アストン・マーティンV12ヴァンテージ(FR/6MT)……2238万2850円
アストン・マーティンの2シータースポーツ「ヴァンテージ」シリーズに、V12ユニットを搭載する最強モデルが登場! その実力や、いかに?
ため息をつくことでしょう
「タイヤひと転がりでクルマがわかる」と笑いながらおしゃった評論家はどの方だったか。「アストン・マーティンV12ヴァンテージ」はしかし、駐車場からハンドルを切りながら発進しただけで、存分に「ただ者でない」ことを感じさせるスポーツカーである。「V8ヴァンテージ」のボディに、「DB9」のそれをチューンした「DBS」ゆずりの5.9リッターV12(517ps、58.1kgm)をフロントに押し込んだホットモデル。ゆっくりと動き始めたとたん、ステアリングホイールを握る手と路面とのダイレクトな関係に驚く。舗装の上に、薄いセロファンを敷いて手のひらをつけているかのよう。足元の19インチホイールには、前255/35、後ろ295/30サイズの薄いゴムを巻いている。
アクセルペダルを踏む量に対する5.9リッターV12ユニットの反応がまた緊密で、右足の先にすこし力を入れただけで、軽合金で構成された2ドアクーペは軽くスピードにのる。高速道路の料金所で戯れにペダルを床まで踏みつけてみると、12気筒ヴァンテージは身震いして後輪を鳴らす。乱れそうな姿勢を制御する DSC(Dynamic Stability Control)を作動させながら。
そして570Nm(58.1kgm)というぶっといトルクゆえ、「ターボ!?」と錯覚させる怒濤(どとう)の加速を示し、もちろん過給器付きエンジンの無粋な「爆発」を見せることなく直線的に速度を上げていく。1速で70km/h超、6000rpm手前からシフトアップインジケーターが点灯をはじめ6750rpmでギアを変える。回転計の針は4500rpm付近に落ちるがすぐさま6500rpmのピークパワーに向かって貪欲(どんよく)に回転を上げる。潤沢なアウトプットによる急角度の速度上昇とごく短い期間で訪れるシフトアップの連続ゆえ、「V12ヴァンテージ」の6段MTはずいぶんとクロースしているように感じられる。最新アストンの0-100km/h加速は、「DBS」のそれを0.1秒うわまわる4.2秒だとか。
忙しい作業が一段落すると、締まった足まわりとバランスよく安定した走りがもたらすクールで硬質なハイスピードクルージングを堪能できる。もしも自分が「V12ヴァンテージ」のオーナーならば、スピードに飽いてブレーキで速度を殺すとき、満足のため息をつくことでしょう。そのとき思い浮かべるのはジェームズ・ボンドか、新世代アストン・マーティンのレースカーか。
91psアップと引き替えに
「アストン・マーティンV12ヴァンテージ」は、2007年末に英国ワーウィックシャーのゲイドン工場が落成したさいにコンセプトが示され、2009年のジュネーブショーで早くもプロダクションモデルが展示された。
2シーターボディに5935ccV型12気筒(517ps/6500rpm、58.1kgm/5750rpm)を積んだFRスポーツである。存外軽いボンネットを開けると、フロントの内部はいっぱいに詰まっている。それでもいわゆるフロントミドシップが指向され、白いカバーが目にまぶしいV12は、エンジンルームとキャビンを分かつフロントバルクヘッドにめりこまんばかりに搭載される。重量物をすこしでもホイールベース内に収めたいのだ。
ドイツはケルンで手組みされる自然吸気ユニットは、5500rpmでフラップを開ける可変吸気システムをもち、ヘッドメカニズムは4カム48バルブとなる。圧縮比は10.9:1。欧州での燃費は100kmに16.35リッター(6.1km/リッター)とされる。日本で1日乗ったところ、トリップメーター186kmに25.0リッターの給油量(7.4km/リッター)だったから、ひとつの目安にはなろう。
いまのところ3ペダルの6段MTしか用意されないギアボックスは、やはり前後の重量配分を可能なかぎり適正化するため、後輪の前に配された。ファミリーの流儀通り、リアのデファレンシャルと一体化させたトランスアクスル方式を採る。パワーユニットからの動力は、カーボンシャフトを介して駆動輪に伝えられる。ファイナルレシオは、「V8」の3.909から「DBS」の3.71に揃えられた。
ノーマル「DB9」の5.9リッターV12より40ps、4.7リッターV8と比較すると91psも出力を向上させたエンジンは、引き替えに100kgほどのウェイトをヴァンテージに課すことになる。
しかしいまの自動車産業界でもっともエンスージアストなボスのひとりであるウルリッヒ・ベッツ博士は、車重の純増をよしとしなかった。ゲイドンのエンジニアたちに、そこかしこと軽量化に努めることを指示。その結果が、V8モデルからの車重増を50kgに抑えた1680kgの車重である。たださすがに前後重量比は52:48(車検証記載値)と、わずかにフロントヘビーになった。
目にも見える高性能
「アストン・マーティンV12ヴァンテージ」のボディサイズは、全長4380mm、全幅1865mm、全高は8気筒モデルより14mm低い1241mmとなる。2600mmのホイールベースは変わらない。車体の構造は、いうまでもなくアルミのモノコックタブを基幹に軽合金で骨格をつくり、シートパネルを貼ってボディを形成するVHプラットフォー ムを採る。前後(ホイールベース)左右(トレッド)に伸縮可能な、ベッツ博士ジマンのストラクチャー。少量生産のスポーツカーメーカーならではの手法である。
「性能向上に寄与しない変更はない」とうたわれる新しいヴァンテージのスタイルは、またレースカー「N24」からのフィードバックが主張される。通常のV8モデルとの違いを明確にするボンネットのルーバーにはカーボンがあしらわれ、より大面積でカーボンを主張するのが、リア下部のディフューザーである。前者はエンジンベイの熱気を逃がすだけでなく、フロントのダウンフォース増を助けるという。サイドスカートも新しくなって、ボディ下面への空気の流れ込みをより抑え、トランクリッド後端のフリップも控えめに大きくなった。
V12ヴァンテージを初めて見たクルマ好きが強く印象づけられるのが、19インチのホイールいっぱいに“はめこまれた”大径のブレーキローターである。前398mm、後360mmのそれらはカーボンセラミック化され、しめて12.5kgの軽量化を果たした。意匠が変わった19インチホイールも、4輪あわせて約5kg軽くなったそうだ。
「V12 Vantage」と彫られたサイドシルをまたいでこれまたカーボンが用いられたバケットシートに座り、鳥が羽を広げたようにわずかに角度をつけて開くドアを閉めようと手を伸ばした先には、やはりカーボンのひじかけに囲まれたドアプルがある。2173万5000円からのスポーツカーである。軽量化にも「見える化」が大事なのだ。
たくましく、スマートに
ECU(Emotional Control Unit)と、ジェームス・ボンドならぬ身にはいささか気恥ずかしさが先に立つ名前をもつキーユニットをセンターコンソールの所定の位置に押し込むと(マッチョな行為だ)、最近のスーパースポーツの常として、12気筒ヴァンテージは軽くエンジンを吹かして出発の用意ができたことを知らせる。
テスト車のステアリングホイールは、やや古典的な「スポーツ」の記号であるバックスキンで巻かれる。真新しいアストン・マーティンで、両の手が汗ばむような走りをするオーナーがどれほどいるのだろう、と嫉妬(しっと)の気持ちを抱きながら走り始める。クラッチは軽く、大げさだけれど握りやすいシフトノブを繰ってギアを変えていく。
サスペンションは、コンベンショナルな4輪ダブルウィッシュボーン。ぜいたくに鍛造のアームがおごられる。V8モデルよりスプリングは45%、左右の傾きを抑えるアンチロールバーは前15%、後75%硬められた。それこそタイヤひと転がりでスポーツ、それもモータースポーツの香りを感じさせる足まわりである。といっても、乗り心地は助手席から不満を訴えられないギリギリの線に抑えられている。高速道路ではむしろ車体の揺れが少ない、フラットな巡航を楽しめる。トップギア100km/hでは2250rpm。V12はうやうやしく背景に溶け込んでいる。
隣の人へのアピールが足りないと感じてギアを5速に落とすと2750rpm、追い越し時に目にものを言わせたいときにさらに一段落とすとエンジン回転数は3250rpmに高まるが、インテリジェントなアストンのドライバーである。スマートにコンソール下部になる「スポーツ」ボタンを押す方がいい。わかりやすく排気音が高まって、しかも前へ進む力がグッと強まる。ペダル操作へのエンジンのレスポンスも一層鋭くなる。
ちなみに「スポーツ」ボタンの隣にある「DSC」ボタンを長押しすると、スタビリティコントロールは多少タイヤが滑っても気にしない「トラック・モード」に移行する。「V12ヴァンテージ」は、さらにDSCを完全にカットすることも可能だが、こちらは助手席の人へのうんちく話にとどめておいたほうがよさそうだ。さらに話が興に乗って、たとえば「ポルシェ911GT3」との比較を熱く語るのは、あまり歓迎されないので注意が必要だ。
(文=細川 進(Office Henschel)/写真=高橋信宏)

細川 進
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