ポルシェ・カイエンS E-ハイブリッド(4WD/8AT)
やさしい気持ちで乗るポルシェ 2014.11.11 試乗記 マイナーチェンジを機に、ハイブリッドモデルから“プラグイン”ハイブリッドモデルへと進化した、「ポルシェ・カイエン」の環境型モデル。その仕上がりやいかに? ドイツ本国で試乗した。ポルシェにとっては「頼みの綱」
次世代の環境テクノロジーとされるプラグインハイブリッドを採用したモデルがじわじわと拡大しつつあるが、「シボレー・ボルト」「トヨタ・プリウスPHV」「三菱アウトランダーPHEV」「BMW i8」「アウディA3 e-tron」と、これまでのところ、どの自動車メーカーも“1社1モデル”の原則を守っている。裏を返せば、プラグインハイブリッド車(PHV)の開発にはそれなりの体力が必要になるのかもしれない。
ただし、例外もある。それがポルシェだ。彼らはすでに「パナメーラS E-ハイブリッド」と「918スパイダー」の2車種を販売しており、それに続いて今度は「カイエンS E-ハイブリッド」を投入、3台のPHVをラインナップする世界初の自動車メーカーとなった。
なぜ、ポルシェはこれほどPHVの導入に積極的なのか? その根拠は、PHVであれば、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンを積む内燃機関自動車、それに(プラグインでない)ハイブリッドカーでは到底実現できない燃費データをマークできるという点にある。例えばパナメーラや918スパイダーの燃費はヨーロッパの計測方式でおよそ32.2km/リッター。パナメーラのように車重が2トンを超すクルマや、918スパイダーのようにシステム出力が900psに迫るスポーツカーでは、本来、決して達成できない数値だ。
それでも、公式にこのような数値が発表できるのは、EV走行も可能なPHVには特別な燃費の計算方法が採用されているからにほかならない。つまり、公表されているデータは頻繁にバッテリーを充電しながら走行するパターンを想定したもので、例えば、あらかじめバッテリーを充電しないで長距離旅行に出掛けたときの燃費は30km/リッターには到底及ばないはず。
それでも、ヨーロッパで本格的に導入されつつある燃費規制をクリアするのに、いまのところPHV以外に現実的な解決方法はない。だから、CO2排出量の多いハイパフォーマンススポーツカーを手がけるメーカーは、ポルシェと同じようにPHVをいち早くラインナップに加えてもいいのに、これまでのところ彼らの動きは機敏とはいえない。つまり、ポルシェほど将来の地球環境を真剣に考えているスポーツカーメーカーはほかにないのである。
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カイエン用の工夫もある
では、カイエンS E-ハイブリッドはどのような成り立ちをしているのだろうか?
技術面では、ひとあし先にデビューしたパナメーラS E-ハイブリッドとの共通点が少なくない。例えば、エンジンはともにアウディが源流の3リッターV6スーパーチャージャー付きで、333ps/5500-6500rpmと44.9kgm/3000-5250rpmというスペックまで同一。電気モーターの95ps/2200-2600rpmと31.6kgm/0-1700rpmという性能もカイエンとパナメーラで共通なほか、ギアボックスの形式もトルコン式8段ATで変わらない。
いっぽうで微妙に異なっているのがリチウムイオンバッテリーの容量で、パナメーラでは9.4kWhだったものがカイエンでは10.8kWhと1割ほど増えている。車重はパナメーラよりカイエンのほうが250kgほど重いにもかかわらず、バッテリー駆動による航続距離がどちらも最長36kmで変わらないのは、このバッテリー容量の増大分によるところが大きい。ただし、このバッテリーはカイエン専用に新たに開発したものではなく、既存のバッテリーを改良したものだという。したがって、内蔵されるセルの数や総重量などはパナメーラ用と変わらないようだ。
ドライブトレイン系での目立った違いといえば、パナメーラが後輪駆動なのに対してカイエンが4WDになることが挙げられる。注目すべきはそのセンターデフで、ポルシェの4WD車でおなじみの電子制御マルチプレートクラッチ式ではなく、トルセンが使われている。つまり、前述のエンジンを含め、カイエンS E-ハイブリッドにはアウディ発のテクノロジーが少なからず採用されているのである。
音にもこだわるパワーユニット
試乗会はドイツ・フランクフルト周辺の一般道やアウトバーンなどを舞台に催された。
システムを立ち上げて発進する。Eパワーモード、ハイブリッドモード、Eチャージモードの3つが用意されるドライビングモードは、始動時にはEV走行を主体とするEパワーモードが自動的に選択されるので、アクセラレーターを踏み込んでもエンジンが始動することなく、カイエンS E-ハイブリッドは静かに走り始める。
ただし、完全な無音とは微妙に異なる。耳を澄ませると、車速の伸びとシフトアップのタイミングにあわせて「クーン、クーン、クーン……」という音が聞こえてくるのだ。その音色、それに音程の変化の仕方はガソリンエンジンを思い起こさせるもの。ただし、音量は本物のエンジンよりはるかに小さい。おそらくはモーターがその発信源なのだろうが、ガソリンエンジンに慣れ親しんだものにはとても“懐かしく”聞こえる。
ポルシェ自身はこのカイエンS E-ハイブリッドについて「音にもこだわった」と述べているので、このサウンドがまさにその“こだわり”の成果なのかもしれない。いずれにせよ、バッテリーの冷却系が発する一定したノイズともインバーターの発する高周波音とも異なるこの音は、なかなか耳に心地よく、しかも音量もしっかり抑えられているので、新時代の“ポルシェ・ミュージック”として歓迎したいところだ。
およそ20km走行したところでバッテリーの充電量が低下し、自動的にハイブリッドモードに切り替わった。この辺の動作はまったくスムーズで違和感はない。ようやく目覚めたV6スーパーチャージドエンジンは、とりたてていうほどパワフルではないものの、滑らかな回転フィールと伸びやかな加速感が印象的で、まるで不満を覚えなかった。前述した電気モーターからとおぼしきノイズをそのまま受け継いだかのようなエンジンサウンドもなかなか魅力的だ。
ターボモデルと対照的
乗り心地は、オプションのエアサスペンションを装備していたこともあって比較的ソフトで快適。この傾向はコンフォートだけでなく、スポーツに切り替えても大きくは変わらない。さすがにスポーツプラスでは路面からのゴツゴツを明確に感じるようになるものの、決して不快なレベルではなかった。だから、あえて“サーキット専用”みたいなレッテルを貼る必要もなさそうだ。
この“おっとりした”乗り心地のせいか、ハンドリングもポルシェという言葉から想像するほどシャープには思えなかった。もちろん、操舵(そうだ)すれば大きな遅れなくレスポンスするし、車速や舵角(だかく)にかかわらずリニアな反応を示してくれるのは他のポルシェと同じ。ただし、このクルマを運転していて一番しっくりきたのは、限界的コーナリングよりずっと手前のペースで、心に余裕を持ちながらクルージングしているときだった。そもそも、そのほうが燃費だっていいに決まっている。環境に優しいPHVにはぴったりのシャシーだといえるだろう。
だからといって、PHVはすべてゆったりしたハンドリングのほうがいいというつもりはない。けれども、カイエンで本気で走りたいのならターボを選べばいいだけの話で、それとは対照的な味付けをこのカイエンS E-ハイブリッドに施したのはとても論理的な判断だと思う。
カイエンS E-ハイブリッドは国内でも発売済みで、価格は1155万円。ドイツ本国のエンジニアたちは「カイエン全体の10%を占めるのが目標」と語っていたが、カイエンS E-ハイブリッドはどちらかといえばエントリーモデルに近い価格設定なので、この目標を達成するのはさして難しくないだろう。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=ポルシェ)
テスト車のデータ
ポルシェ・カイエンS E-ハイブリッド
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4855×1939×1705mm
ホイールベース:2895mm
車重:2350kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ スーパーチャージャー付き
モーター:永久励磁型同期モーター
トランスミッション:8AT
エンジン最高出力:333ps(245kW)/5500-6500rpm
エンジン最大トルク:44.9kgm(440Nm)/3000-5250rpm
モーター最高出力:95ps(70kW)/2200-2600rpm
モーター最大トルク:31.6kgm(310Nm)/0-1700rpm
システム最高出力:416ps(306kW)/5500rpm
システム最大トルク:60.2kgm(590Nm)/1250-4000rpm
タイヤ:(前)265/50R19 110V/(後)265/50R19 110V(ミシュラン・ラティチュード ツアーHP)
燃費:3.4リッター/100km(約29.4km/リッター、欧州複合モード)
価格:1155万円/テスト車=--円
オプション装備:--
(※欧州仕様。価格は日本市場におけるもの)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:3508km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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