第87回:今度は極道が敵! インドネシア発新感覚アクション
『ザ・レイド GOKUDO』
2014.11.21
読んでますカー、観てますカー
シラット格闘映画の第2作
この映画の話をするには、まずは前作のことに触れなければならない。2012年に公開された『ザ・レイド』は、アクション映画のファンと製作者に衝撃を与えた。なるほど、この手があったか! と、一様に膝をたたいたのだ。101分の上映時間の中で、9割以上が格闘シーンである。まどろっこしい説明を省き、純度の高いアクションを目いっぱい詰め込んだ割り切りの良さに目を開かされた。
製作されたのは、ハリウッドでも香港でもなく、インドネシアである。誰もマークしていなかった国から、新鮮な感覚の暴力描写が現れたのだ。マンネリに陥りつつあったアクション映画に、東南アジアで作られた作品が痛烈な一撃を与えた。
インドネシアのある街で、警察特殊部隊に奇襲作戦が命じられる。犯罪の拠点となっているビルに突入し、麻薬王を逮捕するのが使命だ。30階建てのビルの1階から入り、最上階にいる親玉にたどり着かねばならない。下の階には手下が待ち構えていて、ワンフロアずつ片付けて上っていくのだ。まさにロールプレーイングゲームのダンジョンがそのまま映画の構造になっている。シンプルなアイデアだが、アクションのバリエーションを見せるには、これほど適した方法はない。上に行くにつれ、敵の戦闘能力は上がっていく。
特殊部隊には新米警官のラマという男がいて、仲間が倒される中、彼がずばぬけた身体能力を発揮して麻薬王を追い詰める。演じているのはジャカルタ生まれのイコ・ウワイスで、素晴らしい存在感を見せる。もともと俳優ではなく、5歳から格闘技を始めてプロになった。彼が学んだのは、東南アジア一帯で盛んな武術のシラットである。日本では、岡田准一がこの武術の使い手なのが知られている。
凶悪顔の遠藤憲一と北村一輝が出演
イコ・ウワイスがシラットを紹介するためにヨーロッパを回っていた時、イギリス人監督のギャレス・エヴァンスと出会ったことで『ザ・レイド』が生まれた。アクション映画マニアの監督は、彼の類いまれな才能を見逃さなかった。小柄でそれほど強そうには見えないのだが、技にキレがあって映像向きだ。妻を愛し、職務には忠実なストイックな警官役が、ピッタリとハマった。
ラマは死闘の末に麻薬王に勝利するが、映画の評判がよかったせいで続編が作られることになってしまった。彼には、さらに過酷な試練が待っている。麻薬王は倒したものの、警察の上層部には黒社会とつながる勢力があった。本当の悪者はのうのうと生き延び、犯罪の温床はそのまま残ったのである。ラマには、潜入捜査のミッションが与えられた。組織に入り込むため、ユダという偽名で暴力事件を起こし、服役していたボスの息子に刑務所内で近づくことに成功する。
信頼を得て、出所後は組織で働くことになる。この街では、インドネシアマフィアと縄張りを分けあって共存する勢力があった。『ザ・レイド GOKUDO』のタイトルが示すように、極道、つまり日本のヤクザである。3人の日本人俳優が、重要な役で出演している。組長ゴトウが遠藤憲一、彼の右腕リュウイチが北村一輝だ。凶悪な顔つきでは、インドネシアの悪者に負けていない。
北村はギャレス・エヴァンスが製作した日本・インドネシア合作映画『KILLERS/キラーズ』にも出演していて、女性を殺害する映像をネットで中継する異常者を演じていた。香港映画の『スピード・エンジェルス』では卑劣な手を使っても勝とうとするレーシングチーム監督役だったし、アジア圏ではヤバい人のイメージが定着しそうで心配だ。
この2人以上にワルそうだったのが、ゴトウの息子ケンイチ役の松田龍平だ。『あまちゃん』のミズタクと同じ雰囲気でひょうひょうとしているのだが、何のためらいもなく悪事を行う恐ろしさを持っている。長編海外映画への出演は初めてになるが、今後オファーが増えそうだ。
「ブレイザー」の中で格闘
前作で見せた凄惨(せいさん)な暴力シーンは、今回もテンコ盛りだ。エヴァンス監督は、必要以上に痛そうに描く。足の関節が逆方向を向くのも、頭がコンクリートブロックの角にあたってめり込むのも、まだ序の口だ。顔面は痛めつけられやすく、焼けた鉄板に押し付けられたり、荒れた路面でこすってすりおろされたりする。
男女1人ずつ、奇天烈(きてれつ)な殺し屋キャラが登場する。ベースボール・バットマンと、ハンマー・ガールだ。名前のとおりで、男は金属バットでボールを打ち、顔に命中させて殺す達人技を持っている。女のほうは、両手にカナヅチを持って振り回す凶暴な性格だ。2人が合体して襲ってくるから、ラマも防戦に必死である。
骨が折れて肉が裂けるおぞましい描写が連続するが、決してグロテスクではない。映像が美しくて、奇妙な静寂を感じる。スローモーションやクローズアップを使うのは常道だが、センスのいい使い方なのでこれみよがしにならないのだ。エヴァンス監督は日本映画のファンだということで、明らかに北野映画の影響を受けていると思われるシーンも多い。
前作はほとんどビルの中だけだったが、今回は街全体が舞台となるので、アクションも取り入れられている。ラマは殺し屋のキラー・マスターとの戦いに敗れて意識を失い、「オペル・ブレイザー」で連れ去られてしまう。後席の真ん中に押し込められていたが、突然覚醒して暴れ始める。狭い車内の格闘をどう見せるのかと思ったら、なんと真上からカメラを向けた。モーターショーにあるカットモデルのように、天井のないクルマを作って撮影したのだ。
後方からはセダン3台がサイド・バイ・サイドで追いかけてくるというむちゃなカーチェイスシーンもあるが、すべてジャカルタの中心部で撮影を行ったという。経済発展のさなかにあるインドネシアでの撮影は困難に違いなく、許可が下りたのは前作が世界的に評価されたおかげかもしれない。
アクションシーンは確かにパワーアップしているが、前作はダンジョン構造で戦うところが魅力だった。フツーのアクション映画になってしまったのか、などと思ってはいけない。最後にちゃんと、ダンジョンでの戦いが用意されている。ここまでは、ダンジョンに行き着くまでの序章だったのだ。
正直言って、心臓の弱い方にはオススメできない映画だ。痛いしびっくりさせられるし、ひどい殺し方が山ほど出てくる。でも、これは断じて暴力礼賛映画ではない。仕方なく敵に立ち向かわなければならない時があることは、昔から日本の映画が描いてきた。健さんだって、暴虐を耐え忍んだ末に立ち上がり、最後に血の雨を降らしたではないか。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。