メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペ(4WD/7AT)
浮世を忘れるクルマ 2015.03.09 試乗記 メルセデス・ベンツのフラッグシップクーペ「Sクラス クーペ」に試乗。「モダンラグジュアリー&インテリジェンス」をコンセプトに掲げる2ドアモデルは、どんな走りを見せるのか? シリーズ中最も廉価な、1690万円(!)の「S550 4MATIC クーペ」で吟味した。まるで貴婦人
メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペに対面した瞬間、これはベンツではなくメルセデスと呼びたいと思った。あくまでイメージの話であるけれど、強くて、硬くて、ゴワゴワしていて、威張っているベンツではなく、優しくて、柔らかくて、しなやかで、気品のあるメルセデスだという印象を受けたのだ。押し出しの強さではなく、美しさで勝負しようとしているデザインが、そんなことを思わせる。
恥ずかしながら第一印象の直感は大抵ハズレるタイプであるけれど、今回ばかりは当たった。いざ乗ってみても、貴婦人のようなクルマだったのだ。
ここ最近、「Sクラス」をベースにしたクーペを「SEC」や「CL」と呼んできたメルセデス・ベンツが、久しぶりに「Sクラス クーペ」の名称を復活させた。今回試乗したのは、4.7リッターV型8気筒直噴ツインターボエンジンにフルタイム四駆システムを組み合わせた、メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペである。
全長5mを超えるボディーが馬鹿デカく見えないのは、洗練されたデザイン処理のたまものだろう。キュッと引き締まって見える。特にルーフからテールランプにかけてのつるんとしたラインが、撫(な)でたくなるぐらいきれいだ。撫でたいと思ったら撫でても許されるのが、クルマのいいところである。
試乗車には、パッケージオプションのスワロフスキークリスタルヘッドランプが装備されていた。「47個ものスワロフスキークリスタルをヘッドランプの左右それぞれに配置した」と聞けば、ケバい顔つきを想像する。けれども実車を見ると、上品なアクセントとなっていることがわかる。
有機的な曲線を描くダッシュボードが特徴となっているインテリアの意匠は、基本的には「Sクラス セダン」と共通。ただしカタログを見るかぎり、インテリアの色によってビジネスライクなトーンからラグジュアリー路線まで、かなり雰囲気が変わる。
インテリアのカラーコーディネートで頭を悩ますのは、オーナーに与えられた特権的な楽しみだ。
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表情豊かなV8エンジン
4.7リッターのV8ツインターボエンジンは、状況に応じてさまざまな顔を見せる、引き出しの多いエンジンだ。
普段の顔は、気は優しくて力持ち。発進加速から2トンを超すヘビー級ボディーを力強く押し出す。高速道路を一定のスピードで進む巡航時も、まったくの無音というわけではないけれど、寡黙で頼りになるタイプだ。
そこから軽く加速しようとアクセルペダルを踏み込むと、今度は軽快なスポーツマンに変わる。4.7リッターのV8とは思えないほど、俊敏にエンジン回転が上がる。さっきまでどっしり落ち着いた力士タイプだったのに、中距離走の選手に変身した。
そしてさらにアクセルペダルを踏み込むと、乾いた快音とともにタコメーターの針がハネ上がる。今度はもんのすごい勢いでラッシュする、ボクシングのハードパンチャーだ。
人間の場合は、「あいつは態度がころころ変わる」というのはいい意味ではない。けれども、エンジンの場合はホメ言葉になる。
ころころ態度が変わるのはエンジンだけでなく、サスペンションも同じだ。
タウンスピードではソフト路線。路面の凸凹を乗り越えても、そこで発生したはずの衝撃を「まぁまぁまぁ」となだめて、丸め込んでしまう。
人柄のいい調整タイプの中間管理職かと思えば、高速道路で速度を上げるにつれ、意外と芯がしっかりしていることがわかっている。段差を乗り越えた時に生じるボディーの揺れは一発で収まり、常にフラットな姿勢を保つ。
これは連続可変ダンパーとエアサスペンションを電子制御する、AIRマティックサスペンションの手柄だろう。どんな状況で走っているかを常に監視して、その時々にぴったりのセッティングをささっと提供する。
この足まわりは、ワインディングロードに入ると「乗り心地がいいのによく曲がる」という、ほかでは味わえない体験を提供してくれた。表現としてヘンであるけれど、きれいなコーナリングを見せてくれる。
さながら「プロのもてなし」
メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペをドライブしている間、腕利きの板さんと対面してカウンターに座っているような気持ちになった。板さんはこちらの食事の進み具合や体調をさりげなく見ながら、どんぴしゃのタイミングで次の料理を出してくれる。量もばっちり合っている。
そして飲み物が減ってくると、押しつけがましくなく次の飲み物を尋ねてくれる。自分が食事をしていることを忘れてしまうくらい、板さんの対応はきめ細やかだ。
同じように、メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペは、自分が1690万円の高額車両を運転していることを忘れてしまうくらい、自然にもてなしてくれる。
例えばカーブを曲がる時、シートはさりげなくホールドしてくれる。最初はちょっとやり過ぎじゃないかと思う。けれども慣れてくると、これこそが正しいシートのあり方だと思えてくる。そしていつしか、このサポート機能の恩恵を当然のものとして受け止めているのだ。
メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペを運転していると、腕利きの板さんの真ん前で食事をしている時と同じように、幸せな気分に浸れる。世の中の物騒な事件や悪いニュースが、遠く離れた世界の出来事のように思えてくる。
これはまずい。一方で、クルマに乗っている時ぐらい、そんな夢を見てもいいような気もする。
どちらにせよ、このクルマはやばい。この世界を一度味わってしまうと他のクルマはどうでもよくなる。ひとたび知ってしまうと、二度と戻れない。ポイント・オブ・ノーリターンだ。
なんて思っていたら、S550の上にさらにAMG仕様があるという。その世界を見てみたいような、足を踏み入れたくないような……。
(文=サトータケシ/写真=田村 弥)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツS550 4MATIC クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5025×1900×1420mm
ホイールベース:2945mm
車重:2130kg
駆動方式:FR
エンジン:4.7リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:455ps(335kW)/5250-5500rpm
最大トルク:71.3kgm(700Nm)/1800-3500rpm
タイヤ:(前)245/40ZR20 99Y/(後)275/35ZR20 102Y(グッドイヤー・イーグルF1)
燃費:9.1km/リッター(JC08モード)
価格:1690万円/テスト車=1992万2700円
オプション装備:AMGライン<AMGスタイリングパッケージ[フロントスポイラー、サイド&リアスカート]+チタニウムグレーペイント20インチAMGマルチスポークアルミホイール+ヘッドアップディスプレイ+本革巻きウッドステアリング+Mercedes-Benzロゴ付きブレーキキャリパー&ドリルドベンチレーテッド ディスク[フロント、リア]+ブラックハイグロスポプラウッドインテリアトリム+ステンレスアクセル&ブレーキペダル>(79万円)/レザーエクスクルーシブパッケージ<ナッパレザーシート、フルレザー仕様[DINAMICAルーフライナー付き]+本革巻きウッドステアリング+ステアリングヒーター+ドアアームレストヒーター[前席]+センターアームレストヒーター[前席]+電動ブラインド[リアウィンドウ]>(76万円)/Burmesterハイエンド3Dサラウンドサウンドシステム(66万8500円)/designoメタライズドアッシュウッドインテリアトリム(15万4200円)/スワロフスキークリスタルパッケージ<スワロフスキークリスタルヘッドランプ、ナイトビューアシストプラス+スワロフスキークリスタルアクセント[カップホルダーカバー]>(65万円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:3739km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
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サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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