第9回:最新のクリーンディーゼルを支える日本の技術
上質で高効率な走りをかなえるために 2015.08.25 徹底検証! ボルボのディーゼル ボルボが誇る最新鋭のクリーンディーゼルエンジン搭載モデル。今回は、その走りに貢献する日本の技術に注目。先進の燃料噴射システムを開発したデンソーと、8段ATを提供するアイシン・エィ・ダブリュの開発者に話を聞いた。より精密な燃料噴射制御を実現する新技術
ディーゼルエンジンの特徴は、燃費が良く、低回転域のトルクが大きいことだ。その利点は、ことにトラック/バスで生かされてきた。
そこに直噴ターボが加わることで、より回転が伸びやかになり、高出力も発揮されるようになった。ヨーロッパにおいて、2000年前後から上級乗用車市場でもディーゼルターボ車が人気となった背景には、直噴ターボの進化があった。
そして、その直噴ターボを支えた技術がコモンレールである。燃料の軽油を高圧でためておき、微粒化された燃料をシリンダー内へ噴射する。微粒化された燃料はよく燃え、ディーゼル車で懸念されていたPM(粒子状物質)が削減された。ススを吐き出すディーゼル車がなくなったのはこのためだ。併せて、1回の燃焼において燃料噴射を数回に分けることで、急激な温度上昇を抑え、NOx(窒素酸化物)の排出量も下げられた。
こうして、今日のディーゼル車は、国内ではポスト新長期規制に合致し、ガソリン車と同等のクリーンな排ガスを達成したのである。
コモンレールや多段噴射技術の実用化には、日本のデンソーの技術が大きく貢献している。そのデンソーが次に打ち出したのが「i-ART」(intelligent Accuracy Refinement Technology:自律噴射精度補償技術)だ。
これは、各気筒のインジェクターに、個別に圧力センサーを組み込む初めての技術である。これにより、1秒間で1000回にも及ぶといわれる燃料噴射の量と圧力とタイミングを最適に制御でき、世界最高水準のクリーンな排ガスと、静粛性、そして燃費の向上を実現することができる。このi-ARTが、ボルボ最新の「D4」ディーゼルターボエンジンに搭載されている。
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技術力でリードしなければ存在感は示せない
D4エンジンの開発に当初から関わった、デンソーの竹内克彦氏は、次のように語る。
「ディーゼル/ガソリンを問わず、内燃機関の重要項目に、燃焼の制御があります。特にディーゼルでは直噴化が先に進んできましたから、その技術が燃焼を制御することにもいち早く関わってきました。各気筒の燃焼が正しく制御されることにより、クルマから出てくる排ガスも改善されます」
「ディーゼルエンジンはガソリンエンジンとは異なり、大量の空気をシリンダー内に吸い込んだところへ燃料を噴射すると、どのような状態でも燃え始めます。いい場所で、いかによく燃やすかが肝心なのですが、そのためにはガソリンエンジンのように、前の燃焼の状態をもとに次の燃焼をフィードバック制御するのではなく、燃え始める前に燃料の噴射量とタイミングを制御し始めるのがあるべき姿です。そこに関わるインジェクターの制御精度を高めようというのが、i-ARTです」
理想はそうだ。しかし、エンジン周辺は熱の影響が大きく、その環境下で使われるインジェクターに電子部品を取り付けるのは容易ではない。熱のほかにも、振動や、電流によるノイズも悪影響を及ぼす。
それを克服させたのは、「技術で尖(とが)らなければ、競合メーカーに対してデンソーは存在感を示せない」という思いと、「先進への挑戦」を支えるデンソーの精神だという。
「こんな難しいことをやろうとは、それまで誰も思わなかったのでしょう」と、竹内氏は開発を振り返った。
ヨーロッパで戦う上での大事な一歩
できあがったi-ARTの実力について、竹内氏はこう説明する。
「実験室では、環境を整え燃焼を制御することは可能です。しかし、現実の世界では運転状況がさまざまに変化し、エンジンや空気の温度なども一定ではありません。そうした変化の激しい環境においても、実験室で行ったような、出力、排ガス、燃費をバランスさせる最適な燃焼を実現できるのがi-ARTなのです」
世界最高の燃料圧力である250MPa(約2500気圧)や、燃焼あたり最大9回の多段噴射も、今回のシステムの特徴である。
「ディーゼルエンジンの進化は、いかに燃料噴射圧力を高められるかにあります。また多段噴射は、滑らかな加速や静粛性の向上につながります。これらは技術開発だけでなく、優れた生産技術によって初めて量産が可能になります」
先進的な技術開発をデンソーが始めた折に、ボルボから新エンジン開発の話が届いた。
「VEA(Volvo Engine Architecture)プログラムに取り組む企画の段階で、ボルボに声をかけてもらえたのがよかったです。2リッターの排気量を軸に、ガソリンとディーゼルのエンジンを統合するという、とてつもない挑戦をしようとしているボルボに、デンソーとしても一番の技術で応えなければならないと思いました」
ボルボとの共同開発については、デンソーのディーゼル技術を統括する小島昭和氏も「ディーゼルの主戦場であるヨーロッパで、ヨーロッパの自動車メーカーと一緒に挑戦できることは、デンソーにとっても大きな一歩となります」と期待を込めて語った。
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目指したのは高い伝達効率とスムーズな走りの両立
パワーユニットの性能をいかんなく走りにつなげるため、トランスミッションの果たす役割は大きい。
D4エンジンを搭載した最新のボルボには、デンソーと同じく日本のアイシン・エィ・ダブリュの8段ATが採用されている。高出力の2リッターガソリンターボ車に搭載しているものをベースに、ディーゼル車用に改良を加えたものだ。従来の6段から8段となることで、約2%の燃費向上を果たした。
アイシン・エィ・ダブリュの今井康雄氏は、次のように説明する。
「6段から8段となることにより、変速幅を広げながらステップ比を近づけられるため、燃費と動力性能の両方を向上させることができます。変速幅を広げながら変速段数が従来のままだと、ステップ比が大きくなってドライバビリティーが低下します」
この8段ATは、従来の6段ATを基にクラッチ機構を1セット追加するのみで実現した。これにより、寸法や重量は6段ATとほぼ同等に収められている。
そのうえで、ガソリンエンジンと比べてディーゼルエンジンはトルク変動が大きくなるため、制振機構をトルクコンバーター内に追加している。これはドイツのルーク社と共同開発したペンデュラムダンパーと呼ばれる装置で、ダンパープレートに、ガソリンエンジン用ATで使われるコイルスプリングに加え、振動に対して逆位相で働く錘(おもり)を取り付けている。
「4~5年前に後輪駆動車用としては採用例がありますが、前輪駆動車用としては、今回が世界初となります」
カットモデルを見ると、円盤状のダンパープレートの縁に板状の錘が4分割で取り付けられており、これが回転中に振れることで振動を相殺する。振動が抑えられたことにより、ロックアップを作動させる回転数を従来の1500~1800rpmからガソリンエンジン用ATと同等の1000rpmに下げることができ、伝達効率が高められたという。
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商品力でデュアルクラッチ式ATを凌駕する
このほかにも、既存の6段AT比でクラッチの引きずり抵抗を70%も低減し、ATフルードの油圧ポンプも小型化。それによりフルードの吐出量が減ることに対しては、クラッチへのフルード流入経路を改良することでポンプの負荷を減らすなどして対応し、全体として約10%の損失低減を果たした。
また最終減速比は、ガソリンエンジン用に比べ、「60」シリーズで4%、「40」シリーズで7%高いギア比となっている。
こうして、ボルボの要求であったヨーロッパのCO2排出規制に適合するためのトランスミッションを実現した。
「DCT(デュアルクラッチ式AT)が出てきてからは、それに追いつけ追い越せで、設計開発だけでなく製造部門を含め、損失低減や、応答性の向上に努めてきました」と、今井氏。
「トルクコンバーター付きのコンベンショナルなオートマチックトランスミッションは、発進が滑らかで、スムーズに走れるところが特長です。日本や北米を主戦場とするボルボにとって、利点になるのではないでしょうか」
走りの上質さで優位に立つトルコン式ATで、燃費の改善や、素早い変速という運転感覚においてもDCTと遜色のない実力を発揮するまでになった。この8段ATが、D4エンジンを搭載したボルボに洗練された走りをもたらしたのだ。
(インタビューとまとめ=御堀直嗣/写真=荒川正幸)

御堀 直嗣
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