アウディTTSクーペ(4WD/6AT)
未来を感じるクーペ 2015.10.06 試乗記 新世代「アウディTT」の中で、最もパワフルな「TTSクーペ」に試乗。直噴ターボエンジンや新開発の軽量ボディー、そしてアウディ自慢の先進装備がもたらす走りの質を報告する。新鮮味あふれるインテリア
新型「TTクーペ」のコックピットで、まず目につくのはエアコンの送風口だ。ダッシュボードに計5つ並ぶルーバーは、ジェットエンジンのファンみたいな形をしている。中央3つのルーバー中心部には、風量、温度、送風モードのスイッチが備わる。風の出るところでエアコンの設定ができる。親切なデザインである。
しかし、この新しいダッシュパネルデザインのおかげで、何かがない。そう、モニターがない! ナビやAVのモニターをドライバー正面の計器パネル内に入れてしまったのが「アウディバーチャルコックピット」と呼ばれるTTシリーズ初出の新機軸である。
これによる最大のメリットは、ナビマップが目の前に映ること。地図を最大画面にすると、バーチャルの速度計とタコメーターは自動的に小さくなる。液晶スクリーンは極めて高精細で、目的地への案内もうるさすぎず、わかりやすい。分岐点に差しかかったときの指示は、間違えようったって間違えられないくらい親切だ。
カーナビを発明し、リードしてきたのは日本である。ドイツ車は後発だったが、しかし、遅れて始めた当初から、純粋にカーナビを目的地へ案内する装置として捉え、分岐点での矢印をメーター内に出すなど、情報をドライバー真正面で見せることにこだわってきた。
日本仕様のTTシリーズ全モデルに標準装備されるこのナビは、その集大成といえる。スマホや安いポータブルナビですませる人が増えている一方、高級車の純正ナビは、クルマのハードと深いところで結びついてどんどん高付加価値になっていくわけである。
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“軽さ”をイメージする速さ
試乗したのは、高性能版のTTSクーペ。同じ直噴2リッター4気筒ターボながら、TT系の230psよりハイチューンな286psユニットにクワトロシステムを組み合わせた、3代目TTシリーズのハイエンドモデルである。
本国仕様310psのSトロニック付きTTSクーペは、0-100km/hを4.7秒でこなす。「911カレラ」並みの俊足である。考えてみれば、「R8」と並ぶアウディスポーツカーの二枚看板だ! と気負って走りだすと、サプライズは “軽さ”だった。
新型は、フォルクスワーゲングループのMQBプラットフォームで作られる初めてのTTシリーズである。ということはアルミ製のASF(アウディ・スペース・フレーム)とは決別したことを意味するが、ボディー外板をすべてアルミにするなどして、先代よりも軽量に仕上げている。
その効果か、TTSクーペも走りだすなり、軽い身のこなしが何より印象的だ。おなじみアウディドライブセレクトの「コンフォート」や「エフィシェント」モードでも速いが、ドドドドっとトルクで押しまくる速さではない。軽いボディーをシャープな4気筒ターボでもっていく、負荷を感じさせない速さ。サクサク速い。もう少し重厚な、もったいつけた速さを好む人もいそうだが、そこが新型TTSクーペの持ち味である。
気軽にキャラが変えられる
クルマのキャラクターを変えるドライブセレクトで大きく進歩したのは、切り替えがハンドルのスポークに付くスイッチひとつでできるようになったことだ。
最も硬派な「ダイナミック」を選ぶと、アイドリングストップ機構がキャンセルされ、排気音が大きくなる。エンジンを高回転まで引っ張ってスロットルオフすれば、サウンドジェネレーターによるダララララっというたたきつけるようなアフターファイアサウンドが発生し、公道ではちょっと恥ずかしい。
どのモードでもアクセルを踏み込めば目覚ましく速いが、どのモードでもステアリングは軽い。ハンドル径は36cm。6時の位置につぶしが入った垂直方向では34cmと小径で、いかにも手応えがありそうに見えるが、町なかでもワインディングロードでも操舵(そうだ)力は軽い。このスッキリしたステアリングが走りの軽さを演出しているのはたしかである。ただし高速道路へ行くと、ドライブモードにかかわらずステアリングフィールはずっしりした、座りのいいものになる。
コンフォートからダイナミックまで5パターンあるドライブモードをいつになく頻繁に替えて走ったのも、バーチャルコックピット化の副産物として手元でのワンタッチ切り替えが可能になったからである。「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のようにスイッチでダッシュパネルのモニター上にセレクトボタンを呼び出して、タッチで選択する二度手間では、結局、使われなくなってしまうだろう。
理数系のスポーツカー
カッコは好きずきだが、新型のボディーで明らかに進歩したのは、視界のよさである。ダッシュボードの標高が下がり、前方の路面を低い運転席からでも見下ろせる感じになった。ダッシュボードが高くて、要塞(ようさい)から外をのぞくようだった初代TTの前方視界とは別物である。ドアミラーまわりの視界も改善され、コンパクトなボディーを正味でコンパクトに感じられるようになったのがうれしい。
弱点は乗り心地だ。磁性体でダンピングを瞬速コントロールするマグネティックライドがTTSクーペには標準装備されるが、荒れた舗装路では245/40R18の「コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5」が、ややドタバタする。ほかのあらゆる点が洗練されているだけに気になる。800万円近い高級スポーツクーペなら、乗り心地にもう少ししっとりした落ち着きが欲しい。
試乗日は朝から雨模様だった。なのに、ワイパースイッチに一度も触っていないことに気づいたのは、だいぶ走ってからである。ヘタな雨滴感知式だと、降っているのに動かないようなこともあるが、このワイパーのAUTOモードは完璧に仕事をする。
高速道路のトンネルに入ったら、警告音が鳴り、「ライトをつけてください」というメッセージが出た。こっちはAUTOモードにしていなかったのだ。わかってるならつけろよ! と思ってしまったが。
バーチャルコックピットでは、音もなくナビマップがスクロールしている。げに自動運転遠からじ、なんて言っても通じない、いかにもアウディらしい理数系スポーツカーである。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=峰 昌宏/取材協力=河口湖ステラシアター)
テスト車のデータ
アウディTTSクーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4190×1830×1370mm
ホイールベース:2505mm
車重:1410kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:286ps(210kW)/5300-6200rpm
最大トルク:38.8kgm(380Nm)/1800-5200rpm
タイヤ:(前)245/40R18 93Y/(後)245/40R18 93Y(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:14.9km/リッター(JC08モード)
価格:768万円/テスト車=829万5000円
オプション装備:オプションカラー<デイトナグレー パールエフェクト>(8万5000円)/アシスタンスパッケージアドバンスト(35万円)/ファインナッパレザーSロゴ・エクステンデッドレザーパッケージ(18万円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:2137km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:334.1km
使用燃料:35.4リッター
参考燃費:9.4km/リッター(満タン法)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。