第422回:ステッカーとハワイ踊り子人形
2015.10.30 マッキナ あらモーダ!視界を遮るものハンターイ!
ボクはクルマのフロントウィンドウに何かを貼ったり、近くにアクセサリーを装着したりするのが苦手である。今以上に運転に自信がなかった初心者時代の影響で、視界を遮るものは、できるかぎり取り払いたいのだ。
東京で唯一貼っていたのは、大学生時代に乗っていた親のお下がりのクルマに貼った自動車雑誌『CAR GRAPHIC』と『NAVI』の景品ステッカーだけだ。しかし卒業後に、幸か不幸かその出版社で働くことになってしまったら、「なんだかねぇ」という気持ちになって、途端に剥がしたことを覚えている。
いっぽうイタリア人ドライバーは、何かと車内にぶらさげるのが好きである。最も多いのは、シート式の芳香剤だ。爽やかなムードを演出したいのか、たいてい立ち木の形などをしている。最近は服飾ファッションの影響を受けて、「骸骨」もはやっている。いっぽう、古いクルマファンは、ハワイ風情漂う踊り子人形だったりする。
保険ステッカーから解放されて
まあ、それは個人の嗜好(しこう)なので構わないのだが、イタリアのクルマ生活を始めてみると、前方視界の一部を遮るものがいくつかあることを知った。
ひとつは隣国スイスの高速道路通行ステッカーである。年に1枚購入するものだ。他のクルマへの転用防止のため、剥がそうとすると破れてしまうようになっている。そのため、一年中フロントウィンドウに貼っておかなければならない。そして、毎年車内にクズをまき散らしながら、きつい姿勢で剥がす苦労もある。
もっと困ったのは、イタリアでは自動車税の支払い済み証書と、保険の加入証書をクルマのウィンドウに掲示しなければならないという法律だ。外から警察官がひと目でチェックできるようにするのを意図しているらしい。
基本的にはフロントウィンドウの助手席側の下端に透明のホルダーを貼り、そこに入れておく決まりだが、やはり目障りである。幸い自動車税の証書は21世紀になる直前に掲示義務が廃止されたが、保険のほうはそのままだった。
その保険証書、ようやく先日2015年10月18日に、その掲示義務が廃止された。ニュースによると、1970年代に導入されて以来、ひたすら続いていた決まりらしい。廃止の背景には、「偽造が多すぎる」ことがあった。そりゃそうだ。パソコンのスキャナーが普及した今、ニセモノを作ることが簡単になってしまったのだ。
参考までに、イタリア保険業者協会が2015年7月に発表したところによると、この国では路上を走るクルマの8.7%にあたる390万台が無保険車であるという。南部にいたっては、その率は13.5%に跳ね上がる。10台に1台以上が無保険で走っているというわけだ。この国では、日本の自賠責保険に相当するものが存在しないので、加入していないということは、正真正銘の無保険である。
目障りなほうがいい?
ボクは、保険証書の掲示が廃止された当日に、自分のクルマのフロントウィンドウの片隅に貼っておいた保険ホルダーを剥がした。いやー、イタリアで運転を始めてかれこれ18年になるが、こんなにクリーンな前方視界になるとは。それなりに感動的であった。
いっぽう、「目障りなほうがよいだろう」ということから、ボクが考案したものがある。それは「ゴミの出し忘れ防止タグ」である。わが家から、最寄りのゴミ集積場までは約300メートルある。本来なら歩いてゆけばいいのだが、クルマで出るついでにラゲッジルームに黒いゴミ袋をぽんと載せて持ってゆくことがある。
しかし、あるとき集積所に捨てるのをうっかり忘れ、ゴミ袋を載せたまま約60km離れたフィレンツェまで走ってしまったことがあった。その日はクルマを置いて数日の旅に出る日だった。猛暑の季節だったゆえ、戻ったときの車内の惨状を考えたら身震いがした。
ゴミ出しを忘れないよう、目に付く付箋を貼ることを思いついた。しかし、付箋ではすぐに粘着力が弱くなってしまう。ということで考えたのが最後の写真である。レンタカー会社が、客が来る前にルームミラーに引っ掛けておく広告からヒントを得たものだ。デュッセルドルフのオペラ劇場のチラシを流用したので、わが家では印刷された公演名にちなんで「コジ・ファン・トゥッテ」と呼んでいる。
しかし見慣れるというのは怖いものだ。最近はコジ・ファン・トゥッテを掛けておいても忘れそうになり、女房から怒られる事態が頻発するようになった。「こうなったらハワイアンな踊り子人形をルームミラーに掛けるしかない」と思い始めている今日このごろである。
(文と写真 = 大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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