第113回:550スパイダーの不在で描かれる天才俳優の人生
『ディーン、君がいた瞬間(とき)』
2015.12.18
読んでますカー、観てますカー
ポルシェで事故死した2人の俳優
早いもので、ポール・ウォーカーが自動車事故で亡くなってからもう2年になる。彼の死を乗り越えて製作された『ワイルド・スピード SKY MISSION』は大ヒットし、シリーズ8作目が2017年4月14日に公開されることも決まっている。今度は3部作で、いよいよ完結するらしい。
ポールは「ポルシェ・カレラGT」に乗って145km/hで街路樹に激突し、ほぼ即死状態だったといわれる。悲報を聞いた時、映画ファンの誰もがジェームズ・ディーンのことを思い出した。彼もまた、自動車事故で命を落としている。「ポルシェ550スパイダー」でレースに向かう途中、優先道路を直進していたところに突然左折してきたクルマが突っ込んだという。ボディーがあまりに低いため、対向車のドライバーが気づかなかったことが原因だといわれている。
初主演作の『エデンの東』が1955年3月9日に公開され、同年9月30日に24歳の生涯を閉じた。彼が俳優としてクレジットされている作品は、ほかに『理由なき反抗』『ジャイアンツ』があるだけだ。それでもジェームズ・ディーンの名は、映画史に刻み込まれている。わずか3本の映画で、新たな青春像を提示してみせたのだ。
それまでアメリカ映画の登場人物は、大人か子供のどちらかだった。彼は壁に直面して苦悩し必死に愛を求める青年を演じてみせた。反抗的でありながらどこか物憂げな表情をうかがわせる。そこには、誰も見たことのなかった傷つきやすい10代の青年がいた。だから彼は、“最初のアメリカン・ティーンエイジャー”と呼ばれることになる。
『エデンの東』公開直前の2週間を描く
『ディーン、君がいた瞬間(とき)』は、『エデンの東』が公開される直前の2週間を描いている。ジェームズ・ディーンを演じるのは、デイン・デハーン。『アメイジング・スパイダーマン2』に出演して一躍若手スターの仲間入りをした俳優だ。この連載で紹介した『クロニクル』では、突然超能力を持つことになったオタク少年役で主演していた。疎外されて怒りを心の奥底に秘める若者ということでは、今回の役にも共通点があるかもしれない。顔がそっくりというわけではないが、3カ月で11キロ太って体つきを似せたそうだ。
ロサンゼルスで開かれたニコラス・レイのパーティーに、新人カメラマンのデニス・ストックが現れる。彼は映画のスチールやスターの宣伝写真の仕事をしていたが、飽き足りない思いを抱えていた。退屈そうにタバコを吸っている青年に声をかけると、彼はジミーと名乗った。翌日に自分の出ている映画の試写があるから観て感想を聞かせてほしいと言う。ジミーの演技に衝撃を受けたデニスは、彼の写真を撮りたいと申し出る。
デニスもまた、失意の中で自分の道を模索していた。彼は写真で世界を驚かせたいと願っていたが、求められるのは誰が撮っても同じになる記念写真のようなものばかりだ。ジミーを撮ることで、新しい時代を描き出せるに違いない。彼は『LIFE』誌にフォトエッセイを載せたいと、所属していたマグナム・フォトに持ちかける。
デニスを演じるのは、『トワイライト』シリーズで頭角を現したロバート・パティンソン。ジミーとデニスのように、デインとロバートも同年代だ。
タイムズスクエアで撮られた運命の1枚
ジミーはマスコミからお決まりの取材を受けると、バカにしたような態度をとった。生意気な態度に手を焼いた映画会社は、彼を呼び出して叱責(しっせき)する。「CBSの駐車場係に戻りたいのか!?」とどう喝したのだ。『エデンの東』の宣伝のため、ジミーにビキニコンテストの審査員を引き受けるよう命じる。強権的な独裁者のジャック・ワーナーを、『ガンジー』のベン・キングズレーがノリノリで演じている。
デニスはニューヨークに移ったジミーを追って撮影を始めるが、マグナムに写真を持っていくと酷評される。撮れていたのは床屋での散髪やバーで寝込んでいるカットだったのだから当然だ。自信をなくしたデニスは、日本へ行ってマーロン・ブランドの宣伝写真を撮る仕事を引き受けることにした。彼には離婚した妻と幼い息子がいて、養育費を稼がなければならないのだ。
別れを告げるために行ったタイムズスクエアで、2人の運命を変える1枚の写真が生まれる。たばこをくわえてコートのポケットに両手を突っ込み、雨の中を歩いていく。今ではジェームズ・ディーンを象徴する写真として知られているカットだ。これで、ジミーの物語を撮ることができる。そう確信したデニスは、日本行きをキャンセルしてジミーが故郷インディアナに帰るのに同行することにした。
なぜか登場しない「ポルシェ356」
監督はデヴィッド・ボウイやU2などを撮影してきたことで有名な写真家のアントン・コービン。デニスはジミーを撮った後ジャズミュージシャンの写真集を出しているが、彼はロックスターを撮り続けた。2007年の『コントロール』で映画に進出し、監督としても評価が高い。この連載で紹介した2010年の『ラスト・ターゲット』は、全米興行成績初登場1位に輝いている。メジャーな存在になったが、ストイックな美意識に貫かれた映像は健在だ。
この作品には、ポルシェ550は登場しない。インディアナの伯父やデニスの自家用車は出てくるが、いずれも地味なセダンである。ニューヨークからインディアナまでは、電車で移動していた。作為的と思えるほどに、クルマの影は排除されている。ジェームズ・ディーンは、550の前に「ポルシェ356スピードスター」に乗っていて、アマチュアレースにも参加していた。ロサンゼルスの場面では、356が映らないほうが不自然である。
彼がクルマ好きでスピードにとりつかれていることは、実はいくつものシーンでほのめかされている。デニスをトライアンフのオートバイに乗せて移動する時は、走行する場面は描かれない。しかし、目的地に到着するとデニスが吐き気をもよおしてトイレに駆け込むことから、どんな走りだったのかは容易に察せられる。
インディアナでは、伯父の息子と一緒にクルマの模型を組み立てる様子が描かれた。ていねいに扱う手つきから、大切なものであることが伝わってくる。農場ではトラクターの前で写真を撮影する。ジミーは、「このトラクターで運転を覚えた」と話すのだ。
この映画では、スターの栄光の瞬間は描かれない。原題は『LIFE』で、『LIFE』誌のことを意味すると同時に、生命、人生のことでもある。ジェームズ・ディーンの人生は、唐突に断ち切られてしまう。その原因となったものの不在が、スクリーンに残酷な運命を浮かび上がらせることになる。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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