第432回:ラスベガスに行きたいかーッ! 「CES 2016」訪問記
2016.01.15 マッキナ あらモーダ!ウルトラクイズかよ
かつて新年の始まりといえば、「デトロイトモーターショー(North American International Auto Show:通称NAIAS)」であった。20年以上前、筆者が東京の自動車雑誌編集部に籍を置いていたとき、デトロイト取材担当だったスタッフは新年早々極寒のミシガンへと旅立っていったのを覚えている。
いっぽう過去数年多くのメディアをにぎわす新春ニュースといえば、ラスベガスで開催される、消費者家電のエレクトロニクスショー「CES 2016(Consumer Electronic Show 2016)」である。その圧倒的報道ぶりから、デトロイトモーターショーはその影に隠れるかたちになってしまった。
それは自動車ブランドが、自動運転・自動駐車といった最新技術をCESで公開するようになって、さらに加速した。昨2015年には、メルセデス・ベンツが自動運転車「ラグジュアリー イン モーション」を展示し、話題をさらったのは記憶に新しいところだ。
物心ついたときから晴海の東京モーターショー通いをしていたボクとしては、「自動車ショーを凌駕(りょうが)する注目度を集めるショーとは、どのようなものか、こりゃ見ておかなくては」という意欲がムラムラと湧いてきた。
まずは、CESのオフィシャルウェブサイトを訪問する。業界関係者オンリーの催しゆえ、知名度の割にはビジネスライクな印象である。
さらにプレス申請のページを見て、あぜんとした。必要書類がモーターショーよりも格段に複雑なのである。一度適当にそろえて送付してみたものの、「書類が不足しています」というメッセージが返ってきてしまった。
にもかかわらず、データベースにボクのメールアドレスが記録されてしまったのだろう、出展各社からプレスリリースが怒涛(どとう)のごとく舞い込むようになった。これは行かないと悲しくなる。
ひと月後、もう一度気を落ち着けて申請すると、ようやくプレスパスが発行されたとの通知がきた。
そんなことをしているうち、気がつけばイタリアからラスベガスまでの航空券が、どんどん値上がりしてしまった。世界から3600以上の企業・団体が出展するのだから、無理もない。ようやく安いチケットを見つけたが、「乗り継ぎ2回、片道30時間以上」というものだった。
宿泊もしかりだ。最近話題のドナルド・トランプ氏のホテルなどは、到底高くて泊まれない。予算の範囲内では、あやうく郊外にある砂漠の中のホテルになってしまうところだった。このへんになると、往年のテレビ番組『史上最大! アメリカ横断ウルトラクイズ』における雄たけび「アメリカに行きたいかあーッ!」が脳内で響くようになってきた。
ようやく12月中旬になって、ホテル予約サイトのタイムセールで出ていた安モーテルを1軒見つけた。
ドイツブランドと家電メーカー、そして「男リンダ」
そのような紆余(うよ)曲折の果てラスベガスにたどり着いた。
モーターショー取材なら何を着ていけばいいのかある程度想像がつくが、今回ばかりはドレスコードがわからない。仕方ないので、島 耕作風とスティーブ・ジョブズ風の両方をスーツケースに詰めた。
イタリアからの飛行機内ではテクノな雰囲気を盛り上げるために、YMOをスマートフォンに仕込んでおいた。深夜に着いた乗り継ぎ地のニューヨークでは、ラウンジも開いていなかったので、ターミナルの床に寝て、4時間近く過ごした。
いっぽうで例のプレスパスは、主催者が構築したオンライン連携によって、空港や主要ホテルで受け取りできる仕組みだった。実際にボクはラスベガスの空港で、簡単に受け取れた。
話は前後するが、前述のプレス申請のときも、専用ウェブサイトにチャット欄があって、入力するとすぐに回答してくれたのは便利だった。このあたり、モーターショーより格段に進んでいる。
モーテルに荷物を置いてから、何はともあれモノレールで会場に向かう。ラスベガスは、クルマがなくても済む数少ない米国都市のひとつであるのがうれしい。
今年、自動車メーカーの注目ポイントは、スマートホームとの連携である。
フォルクスワーゲンは初公開のEVコンセプトカー「BUDD-e(バディ)」で、家電メーカーLGとのコラボレーションを披露した。BMWもサムスンとの協力で、数々のホームアプライアンスとのコネクトを披露していた。
例えば「BUDD-e」では、家庭内の冷蔵庫の中身をチェックしたり、持ち物にタグを付けておくことによって、探し物が家やクルマのどこにあるか検索したり、といったデモを見せてくれた。野外コンサートに行くという想定でも表情豊かな女性プレゼンターとともに仲間役で出演するのは、ドイツの開発スタッフたちである。
BMWは、「リンダの一日」というストーリーで、さまざまな技術を紹介した。リンダと聞いて若い女性が出てくるのかと思ったら、「すいません、これが今日のリンダです」と紹介されたのは男の若者で、来場者から笑いが起きた。スタッフの大半は、シカゴにあるBMWのラボラトリーのスタッフたちなのである。イタリアンレストランのディナー予約や到着時間の管理などをすべてクラウドベースのインフォメーションシステムで行う。パーキングに着いたら、「あっち行け!」風の、手を払うジェスチャーをするだけで無人のオートパーキングが始まる。“ディナー”のあと、「シカゴは治安があまり良くないですから、たまにはこんなことも」と説明するスタッフのスマートフォンには、クルマの周囲360度を遠隔監視する映像が映し出された。
日本のテレビ報道では、CESは最先端エレクトロニクス製品にばかりスポットが当てられる。
今年は、日・韓・中ブランドのスタイリッシュなスマートウオッチ、よりインテリジェンス化されたドローン、「家庭のインフォメーションポイント」を目指す、大型ディスプレイ付き冷蔵庫などだ。韓国メーカーは、より高級なサブブランドをアピールした。クルマでいうところのレクサス、インフィニティである。
いずれも、開発担当者が実際に展示品のそばにいることが多く、じかに“ぶっちゃけた”話を聞けるのがありがたい。たとえプレスデイであっても、開発担当者を呼び出してもらえるまで、役所のごとく何人も通さなければいけないモーターショーと違うところである。“学習お役立ち度”の星の数としては、2015年ミラノ万博を数倍上回る。
晴海感覚がよみがえる
だが、もっと面白いのは、小さなブランドの製品たちだ。
スマートフォンと連動して、磨き残しがチェックできる子供用歯ブラシ、イヤフォンがからみにくいシリコン製リール、はたまた「官能小説と連動したウエアラブル端末」といった電子アダルトグッズまでリリースされている。
こういう、メジャーとマイナーが交じることによる縁日的魅力は、自動車ショーでは得られないものだ。
ふと思い出したのは、その昔晴海で開催されていたエレクトロニクスショー/全日本オーディオフェアである。前者は今日のCEATEC JAPAN(シーテック ジャパン)、後者は今日のA&Vフェスタの前身だ。
ボクが足しげく通っていた1980年代前半は、光ディスク時代の前夜だった。
ビデオディスクは、「溝有り」「溝無し」の接触針式、そして後年最終的に市場を制覇する「レーザーディスク」のいずれも試作品が並立し、どれが主導権を握るか、中学生だったボクは固唾(かたず)をのんで見守っていたものだ。
コンパクトディスクのブースでは、技術者がディスクを靴で踏んづけて「ほら、このとおり大丈夫」などと、ガマの油売りが刀で自分の腕を切ってみせるようなパフォーマンスまで行われていたものだ。
フォルクスワーゲンのブースに戻って「例えばフォルクスワーゲン買ったら、家電は全部LGでそろえなくちゃダメなんですか?」とジョークを投げたら、「現段階ではそうです」という答えが返ってきた。
スマートカー/スマートホーム連携で、自動車メーカー&家電ブランドで国の垣根を越えた提携が模索され、VHS対ベータ的戦国時代に突入するのか、それとも意外と早く統一規格ができるのか。はたまた、各社の規格に対応できる謎のコンバーターが通販経由で買えるようになるかもしれない。
このあたりは、前述の「溝有り/溝無し/レーザー方式」のようで、なんともワクワクするではないか。そんなことを考えながら、有名なストリップ通りでネオンの滝に打たれたボクであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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