ポルシェ911カレラ(RR/7MT)
新しいのに懐かしい 2016.05.04 試乗記 3リッターの直噴ターボエンジンや、より洗練されたシャシーなど、各所に最新の技術が取り入れられた「ポルシェ911カレラ」に試乗。余計な装備の付いていない“素”のモデルだからこそ感じることができた、最新911の本質を報告する。動力性能よりも重要なもの
911としては7世代目に当たる「タイプ991」。そのビッグマイナーチェンジモデルである通称「991 II」は、“今を生きる911”だ。
この991が“II”と呼ばれる理由は、ご存じの通りそのエンジンにある。カレラでは3.4リッター、「カレラS」では3.8リッターだった自然吸気(NA)の水平対向6気筒エンジンは、共に3リッター直噴ツインターボとなった。ちなみにその最高出力/最大トルクは、カレラが350ps/39.8kgmから370ps/45.9kgm、カレラSが400ps/44.9kgmから420ps/51.0kgmへと強化された。カレラとカレラSは共通の直噴エンジンを採用しており、出力差はタービン径や排気システム、そしてECUセッティングの違いによって導き出されている。
しかし、読者の皆さんが最も気になるのは、こうした出力の向上幅ではないはずだ。伝統の水平対向6気筒が生み出したレスポンスやサウンドが、ターボ化によって失われてしまったのではないか? ということだろう。
だが結論から言わせてもらえば、それは大した問題じゃない。むしろターボ化は911に、さまざまなメリットをもたらしたと皆さんには伝えたい。
そもそも空冷エンジンと決別したとき、911史における一番大きな転機は訪れた。決して高回転まで回らないけれど、思わずうなってしまうほどに切れ味鋭いエンジン(バリオラム搭載以前のモデル)。そしてあの乾いた鼓動とボクサーサウンドは、環境性能が高められ、より高回転化され、振動が少なくなった水冷エンジンで失われた。
だからか、その野性味を補うかのようにポルシェは水冷エンジンの出力特性を研ぎ澄ませ続け、サウンドを過剰に演出した。カレラSの上に「GTS」をラインナップし、「GT3」や「GT3 RS」といった高出力モデルを輩出し続けた。それはもはや洗練された狂気で、筆者の目には“やり過ぎ”に映っていた。「911よ、アンタはどこへ行きたいんだ?」と。
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ポルシェが選んだ生存戦略
同じく空冷エンジンにアイデンティティーを見出していたハーレーダビッドソンは、そのラインナップに「V-Rod Muscle」や「Night-Rod Special」といった水冷モデルを加えてそちらの道を模索しながらも(ちなみにこれはポルシェとの共同開発から生まれたエンジンだ)、結局は空冷モデルを作り続けて見事に生き残った。
両者を単純に比較することはできないが、趣味人にしてみればスピードと決別して“オンリーワン”を選んだハーレーの決断は、あっけにとられつつもアッパレなものと映る。例えばそれは、日本のクオーツ時計に息の根を止められかけたスイスの機械式時計メーカーが、正確さでは劣るゼンマイ式を極めていく決意をしたことにも似ている。
かたや911は、スピードとは決別しなかった。環境性能と向き合いながら、解決策をターボに求めた。そしてこれが結果的に、近年の狂気にほどよい歯止めをかけてくれたと、カレラに乗って筆者は感じたのである。
片バンクごとに備え付けられたタービンは、エンジンのドライバビリティーを大きく向上させた。ブーストの掛かりが素早く、またその制御(盛り上がり方)が驚くほど洗練されている。今回は7段MT仕様を運転したが、1速のギア比と最終減速比の関係も適切なのだろう。1700rpmで45.9kgmものトルクを発生するエンジンとは思えないほどギクシャク感がなく、過給が“シューッ!”っと盛り上がったところでショートシフト(エンジン回転を上げずにギアチェンジすること)してゆけば、最高にスマートなスピード感と“静けさ”を保ったまま、嫌みなく周囲の流れをリードできる。
中高速領域での自由度はいわずもがな。日本の道路事情でいえば、たとえ7速2000rpm以下で走っていても、アクセルを少しだけ深く踏み込めばどこからでも加速する(7段MTのシフトフィールは好きじゃないので、自分が乗るなら間違いなくPDKを選ぶ)。
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飛ばさなくても十分に楽しめる
もはや、911級のスポーツカーで「回す楽しみ」を語るには、日本は狭すぎる。しかし、NAエンジン時代に感じた「こんなパワーと速さが必要なのか?」という疑問を、より高出力化されたターボが払拭(ふっしょく)してしまった。奥歯をかみしめてエンジンを回さずとも、刹那(せつな)の加速を自在に引き出すことができるフレキシビリティーがこのエンジンにはあるからである。回しきれば、アホみたいに速い。でも、オープンロードで走る限り、その必要はまったく感じない。そしてこのスマートランは、「911ターボ」がすでに実践していたことでもあるのだ。
こうしたまったり運転がすこぶる楽しいのは、洗練されたシャシーが理由だ。先代で感じたグランドツアラー的な鈍重さはすっかりなりを潜め、シャシーは操作に対し若々しく反応するようになった。それでいて乗り心地は素晴らしくいい。ダンパーの制御、タイヤサイズ、シャシーの剛性、ターボ化に対して引き締められたボディーバランスの全てがマッチしているのだろう。決して路面状況が平たんとはいえない東北道を栃木までひた走っても、ステアリングに付いたロータリースイッチを「スポーツ+」にして、ダンパーを固める必要は感じなかった。「スポーツモード」で時折その快音を楽しみながら、4つのタイヤが路面を微妙に上下する感覚を、いつまでも味わっていたいと思った。
スポーツカー好きにはわかる
カレラSとの差は全開加速時に、あるいはヨーコントロール(ペダルワークによって旋回をコントロールすること)をした際のアクセルの“ツキ”に現れる。筆者はその走りをして、911ターボと同じく排気側にVGT(可変ジオメトリーターボ)が付いていると勘違いしたほどだった。カレラSは後輪のスリップアングルコントロールが自在で、GT3要らずと思えるほどスポーツできる911に仕上がっている。
しかし、絶対的なパワーが少ないからといって、911カレラに不満は一切感じなかった。むしろすっきりとした赤身肉にかぶりつくように、“いいクルマ感”を楽しんだ。
これは「718ボクスター」でも感じたことだが、ポルシェは今回のターボ化に対して、必要以上に完璧な対策を練ってきたのだと思う。そもそもターボは得意分野であるし、絶対に文句は言わせない! という自信はある。しかし世間の“声”はひとつの失敗ですら見逃さず、コツコツ築き上げてきたものをいとも簡単に炎上させる。
果たして、その努力の結果は“21世紀の911”を生み出したと筆者は思う。普通に走る限りは、リアエンジンのクセなど感じない。空冷時代のように、ドアがガキーン! と閉まるわけでもない。それでもジックリ乗ると、991 IIのカレラには、かつての911を感じる。余計なものがないからこそ本質が見えるのだろう。このよさがわかるのは、本当にスポーツカーが好きな人だと思う。そして“素カレラ”を選べる人は、とっても幸せだと思う。
(文=山田弘樹/写真=向後一宏)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4505×1835×1295mm
ホイールベース:2450mm
車重:1450kg(DIN)
駆動方式:RR
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:7段MT
最高出力:370ps(272kW)/6500rpm
最大トルク:45.9kgm(450Nm)/1700-5000rpm
タイヤ:(前)235/40ZR19 82Y/(後)295/35ZR19 100Y(グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック2)
燃費:8.3リッター/100km(約12.0km/リッター、欧州複合モード)
価格:1244万円/テスト車=1400万9000円
オプション装備:ボディーカラー<カレラホワイトメタリック>(21万4000円)/インテリアカラー<グラファイトブルー>(72万2000円)/電動可倒式ドアミラー(5万5000円)/ポルシェ・ダイナミック・ライトシステム(12万8000円)/カラークレスト ホイールセンターキャップ(3万円)/スポーツクロノパッケージ(30万1000円)/シートヒーター<フロント左右>(8万6000円)/フロアマット(3万3000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:4462km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:722.6km
使用燃料:71.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.1km/リッター(満タン法)
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山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。