第129回:秀作から珍作まで、暑さを吹き飛ばす5作品
夏休みに観たいクルマ映画DVD
2016.08.19
読んでますカー、観てますカー
インド人が教える運転と人生
2014年の映画『マダム・イン・ニューヨーク』は、インド人の主婦が英語を学ぶことで自信を取り戻し、自らの価値を再認識するという話だった。『しあわせへのまわり道』も、ニューヨークを舞台にインド人が活躍する。立場は逆で、教える側がインド人だ。
マンハッタンに暮らす人気書評家のウェンディ(パトリシア・クラークソン)は、長年連れ添った夫に裏切られて途方に暮れていた。仕事もプライベートも充実しているというのは彼女の勝手な思い込みで、自分が孤独な存在だったことに気づく。運転免許を持っていないから、郊外に住む娘に会いに行くこともできない。これまでは夫にまかせきりだったのだ。
一念発起し、タクシードライバーのダルワンに運転を習うことにする。ニューヨークではタクシーと運転教官の兼業は珍しくないらしい。日本と違って教習所に通うわけではなく、いきなり路上で「シボレー・キャバリエ」を運転することになる。頭に巻かれたターバンでわかるように、助手席で教えるダルワンはシーク教徒のインド人である。
「運転とは自由を手にすることだ」
「人間は常に正しく行動するとは限らない」
「私の席にもブレーキはある」
彼はあくまでも運転を教えているのだが、人生について話しているように聞こえてくる。インド人というのは見るからに考え深そうな表情をしているからだ。しかも、演じているのはベン・キングズレーである。1982年の映画『ガンジー』で主役を務めた人だ。聖人ガンジーから教え諭されているような気分になるのは仕方あるまい。
ウェンディのスキルはなかなか向上しない。日常的にクルマに乗っていると忘れてしまうが、運転というのは複雑で高度な技術なのだ。正しい方向を選択し、適切なスピードを保つのは簡単なことではない。人生と同じだ。
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ベーコンのクルマを盗んではいけない
いやいや、クルマの運転なんて子供にだってできるぜ、という映画が『コップ・カー』である。2人の家出少年が野原を歩いている。「ちんこ」「おっぱい」と連呼しているクソガキどもだ。冒険を通じて青年期への階段をのぼっていくジュブナイル映画かと思わせるが、彼らは林の中に放置されていたクルマを見つけてしまう。スクリーンからのどかさは消え、ヤバい空気が充満する。
ボディー側面に“SHERIFF”と書いてある「フォード・クラウンヴィクトリア」だから、明らかにパトカーである。ドアは開いていて、車内にはキーもあった。まわりには誰もいない。ガキどもがパトカーに乗ってみようと考えるのは当然だ。運転をしたことはないが、エンジンをかけると簡単に動いた。最初はアクセルを離しても止まらないのに驚き、運転を代わるときは動いたままのクルマを追いかけて飛び乗った。
そのうちにシフトセレクターの扱いを覚え、D、R、Pの意味を理解する。荒野から道に出て、ゴキゲンでぶっ飛ばす。ただ、ひとつ問題がある。保安官のクルマを盗んだことではない。保安官役がケビン・ベーコンなのが致命的なのだ。ベーコンが保安官をやったら、裏で悪いことをするに決まっている。彼が林の中にクルマを止めていたのは、運んできた死体を穴に埋めるためだった。しかも、トランクには血まみれの男が閉じ込められていた。ベーコンに痛めつけられた上に縛られている。
ベーコンは絶体絶命である。パトカー盗難が知られれば悪事も露見してしまう。自力で何とかするしかないが、こういう時に悪知恵が働くのがベーコンだ。クルマを盗んで自宅に戻り、私用車の「フォードF-100」に乗って反撃を開始する。彼が悪いことをすればするほど、観客はワクワクする。エグゼクティブプロデューサーにベーコンの名がクレジットされていたから、本人もこういう役が大好きなのだろう。監督は『スパイダーマン』の新作を担当することになっている新鋭のジョン・ワッツである。
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『マッドマックス』を継ぐオーストラリア映画
砂ぼこりの舞う荒涼とした大地。「ホールデン・コモドア」の運転席には、目に虚無の光をたたえた男。『奪還者』は「経済破綻から10年のオーストラリア」が舞台である。クルマを降りた男がコンテナを改造した建物に入っていくと、中で流れているBGMはチャイニーズなメロディー。得体(えたい)の知れないドリンクを飲んでいる時、窓の外では「ホールデン・コロラド」がすさまじい勢いで転がってきた。
3人組の犯罪者が車内でモメて運転を誤り、クラッシュしたのだ。彼らはコモドアの窓を割り、イモビ破りの装置を使ってエンジンを始動させて逃げていく。クルマを盗まれてしまった男エリック(ガイ・ピアース)は、捨てられたコロラドで追跡を開始する。追いついて「クルマを返せ」と迫るが、犯罪者が素直に従うわけもない。殴られて意識を失っているうちに彼らは姿を消してしまう。
エリックは諦めずに彼らを追う。コモドアはごく普通の乗用車だが、彼は執拗(しつよう)に取り戻そうとする。絶望の中で心はすでに死んでいるから、クルマに自分の生きる意味を見いだすしかないのだ。負傷して置き去りにされた犯罪者たちの仲間の男を発見した彼は、連れ立ってクルマ奪還の旅に出る。
1979年の『マッドマックス』は、社会の秩序が失われようとしている近未来を描いた。2年後の『マッドマックス2』は、核戦争後の文明が崩壊した世界が舞台になっている。当時はその設定にリアリティーが感じられたのだが、現在では世界経済の崩壊にこそ現実味がある。そこには中国の動向が大きく関わっているらしい。線路を走る貨車には中国語が記され、馬戯団(サーカス)が娯楽を提供する。娼館には若い中国人男性がいて、オーストラリアは中国抜きでは成り立たなくなっている。
『アニマル・キングダム』で注目されたデヴィッド・ミショッドが監督を務める。倫理が失われた世界での乾いた暴力描写は鮮烈だ。『マッドマックス』シリーズは良くも悪くも洗練された作品になったが、オーストラリアからは新しいワイルドな表現が生まれてくる。
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パリのタクシー運転手はサムライの魂を持つ
リュック・ベッソンの『TAXi』シリーズでは「プジョー406」が活躍した。『ナイト・チェイサー』では、「クライスラー300」のタクシーが夜のパリを疾走する。
2年ぶりに再会した若い男2人が深夜にタクシーを拾って友人宅へ向かう。運転手は無口なタチなのか、ひと言もしゃべらない。シートバックのボードには「踏み倒しは許されない。負債は必ず返済される」という謎の言葉が記されている。よせばいいのに、2人は料金を払わずに逃走。当然、タクシーに追い回されることになる。
顔を見せないドライバーのクルマが追ってくるという設定の映画は、これまでにも数多く作られてきた。スティーブン・スピルバーグの名作『激突!』をはじめ、『ザ・カー』『クリスティーン』『処刑ライダー』などのホラー映画が思い浮かぶ。この作品もその系列に属するのかと考えるのが普通だが、どうも様子がおかしい。
タクシードライバーはクルマから降りてきて、チンピラどもをケタはずれの腕力で蹴散らす。スティーブン・セガールとチャック・ノリスを合わせたぐらいの強さで、日本刀で腕や足を斬り落とす。亡霊や悪魔ではなく、生身の人間だ。タトゥーだらけの体に黒ベストを着た姿がすごい迫力だと思ったら、演じているのは現役格闘家なのだそうだ。こんなマッチョが運転する300のタクシーなんて、とても乗る気がしない。
物語は1544年にまでさかのぼることが明らかにされる。闇のタクシー運転手が生まれたきっかけは、日本にあった。「ルノー8CV 」「シトロエン11BL」「シトロエンDS」「チェッカーキャブ」と時代とともにクルマは変わっても、タクシー運転手に受け継がれてきた哲学がある。それはサムライの魂とZENの精神なのだ。意表を突く展開だが、思えば映画の最初にヒントが示されていた。製作会社としてクレジットされたのはDAIGORO FILMS。大五郎映画なのだから、こうなることは約束されていたのである。
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「X5」はトラブルに遭いやすいクルマ?
『暴走車 ランナウェイ・カー』も一筋縄ではいかない展開を見せる。銀行支店長のカルロスが子供2人を乗せて「BMW X5」を発進させた直後、車内に置かれていた携帯電話が鳴った。不審に思いながら受信ボタンを押すと、「クルマに爆弾を仕掛けた」と脅される。シートから降りると爆発するようになっていて、警察に知らせたら遠隔操作で爆発させるという。1994年の映画『スピード』を思わせる設定だ。
犯人の要求はカルロス自身の金で6万7547ユーロと銀行の金で42万ユーロ。高額ではあるが、手の込んだ脅迫をしている割には安すぎるように思える。出どころがどこであっても金に変わりはないのに、自分の全財産を差し出せと言っているのも妙だ。深い恨みを持った者の犯行なのだろう。
カルロスは銀行の部下に電話をかけ、金を用意させる。顧客にも連絡し、有利な金融商品があると言って金を送らせようとする。言葉巧みに信じさせるスキルを持っているのは、過去にも似たようなことを行っていたからだろう。タイトルから想像されるようなカーチェイスシーンもあるものの、この映画は金融機関の悪行をめぐる罪と罰をテーマにした作品なのだ。
原題は『El desconocido』。“知らない人”という意味らしく、これならストーリーに合っている。派手な邦題を付けて客を呼び込もうとする気持ちはわからないでもないが、あまりにもイメージが違うのは困りものだ。『ナイト・チェイサー』も原題は『Night Fare』(深夜料金)だった。
カルロスは犯人と通話しながら自分の電話をかけまくり、事態を収拾しようとする。電話だけが外界とつながる命綱なのだ。昨年紹介した『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』も、高速道路上で車内から電話で2つの危機に対処する話だった。あの映画でも主人公が乗っていたのはX5である。高級SUVに乗る男は、トラブルに巻き込まれやすいのかもしれない。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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