第130回:フランスの中二男子は自作のクルマで旅に出る
『グッバイ、サマー』
2016.09.09
読んでますカー、観てますカー
主人公は監督の14歳時代がモチーフ
中二男子がバカだというのは、洋の東西を問わない真理であるようだ。宮藤官九郎の傑作『中学生円山』、先日紹介した『シング・ストリート 未来へのうた』は、いずれも14歳の少年が主人公だった。『グッバイ、サマー』は14歳男子2人が旅するロードムービーである。映画に登場するのは、どいつもこいつもすがすがしいほどのバカだ。
まだ自分の能力や資質がいかほどのものかわかっていない。漠然とした夢はあるが、まだ何者でもないし不安だらけだ。悶々(もんもん)とした日々は、後で振り返ってみれば輝いていたようにも思えてくる。だから映画監督は、自らの少年時代をモチーフにした作品を撮るのだろう。『シング・ストリート』はジョン・カーニー監督がバンド活動をしていた経験を元にしているし、宮藤官九郎はある目的のために前屈運動に励んでいた時期があったはずだ。
『グッバイ、サマー』の主人公ダニエル(アンジュ・ダルジャン)は、ミシェル・ゴンドリー監督の分身だ。彼は女の子のような容姿で、クラスメートからは“ミクロ”と呼ばれている。家ではパンク野郎の兄に悩まされ、母親(オドレイ・トトゥ)の過干渉にはウンザリだ。「アレはみんなやっていることなのよ」と自慰行為について諭されるのは、頭ごなしにしかられるよりもはるかにツラい。世の母親はTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の人気投稿コーナー「ババァ、ノックしろよ!」を聞いてバカ男子の心理を勉強するべきだ。
クルマを作って未来を変える!
ダニエルは家にも学校にも居場所を見つけられない。生活に変化をもたらしたのは転校生のテオ・ルロワール(テオフィル・バケ)だった。マイケル・ジャクソン風のレザーブルゾンを得意そうに着こなしていることからも、イタいやつであることは明らかだ。妙な音響装置を取り付けた自転車に乗り、教室ではギャグが滑って白い目で見られる。
彼の家は骨董(こっとう)屋で、自分で機械いじりをするのが趣味だ。両親は不和で、愛のない家庭の中で自分を保つには部屋に閉じこもって作業に没頭するしかない。服にまでニオイがついてしまって“ガソリン”とアダ名を付けられたテオは、ダニエルと同じようにクラスの中で浮いた存在になる。外れもの同士が接近するのは自然だろう。テオが父から命じられて売れ残り品を廃品回収所に持っていくのに、ダニエルも同行するようになる。
そこには家具や電化製品と一緒に、廃車から取られたパーツや機械部品も並べられていた。テオは壊れた芝刈り機を見つけ、家に持ち帰って修理に取りかかる。ダニエルも手伝い、エンジンは力強く動き出した。50ccの2ストロークで、十分なパワーがある。
テオはダニエルに尋ねる。
「エンジンにタイヤを付けてまわりを囲うと何になる?」
「クルマみたい」
「みたいじゃない。本物を作って未来を変えるんだ! 誰の手も借りず、好きなだけ遠くに行ける」
彼らは2人だけのクルマを作ることにした。
ボンネットはルノー・トゥインゴ
廃品屋でガラクタを集め、金網を張った木のフレームの四隅にタイヤを取り付ける。エンジンはリアに置く。さすがに中学生の技術レベルではFFは無理だし、小さいシャシーなのでFRだと空間確保が難しい。RRを選択したのは正しい判断だ。トランスミッションはなく、カートと同じような構造らしい。エンジンは家具を切り取って作ったカバーで覆い、フロントには「ルノー・トゥインゴ」のボンネットを据え付けた。
簡素ながら、なかなかスポーティーな見た目の2シーターオープンカーができあがった。テオは書類をそろえて車両認可局に持ち込んだ。認可なんか簡単だと自信満々だったが、中学生のこしらえたクルマを役所が認めるはずがない。ふてくされるテオに、今度はダニエルがハッパをかける。
「タイヤを付けた家にすればいい。そうすれば警察に捕まらないし、中で寝られる」
中二ならではの発想だが、テオも同調。板切れやトタンを使って小屋を仕立てあげた。窓辺には花を飾り、普通の家に見せかける。警察が来たら路肩に寄せて止め、板のパネルを下ろしてタイヤを隠せば気づかれずに済む。終業式の夜、ヴェルサイユの町から南に向けて出発した。2人の夏休みは冒険旅行なのだ。
50ccエンジンでは坂を登れない
パワフルな2ストロークでも、2人が乗った小屋を動かすには50ccでは力不足だ。撮影では250ccのエンジンが使われたが、それでも坂を登るには人が押さなければならなかったらしい。中学生が動く家を作って旅をするなんて、現実には不可能なのだ。わかっているが、誰もが2人の冒険を心から応援したくなる。あの頃は同じような夢を持っていたことを思い出すからだ。
ミシェル・ゴンドリー監督は、幼い頃からクルマの絵を描くのが好きだった。実際に中古のカートを手に入れて、スーパーの駐車場でタイムトライアルをしていたという。自作する計画もあったが、うまくいかなかった。クルマがあれば、どこへでも行ける。腹立たしい現実から逃れ、未来を変えられる。クルマがわれわれを魅了するのは、自由を手にするためのツールだからだ。
心が折れかけた時、ダニエルとテオは30年後のことを想像して気持ちを立て直した。
「こんな昔話をするのか? あの時夢を諦めたなって。自作のクルマで旅に出ようとしたが、ダメだったなって」
現在を未来から見た過去に見立てることで、自分たちの立ち位置を確認したのだ。
冒険の目的が成就することはなく、夏休みが終わればまたどうしようもない日常に戻っていく。彼らは確かに成長したが、世界は何も変わっていない。ダニエルとテオは大人になり、次第に自分を現実に適合させていくだろう。生活に埋もれていっても、どこかに夢のかけらが残っている。クルマを作らなくなった少年は、次に何をするのか。もちろん、映画を撮るのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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