アバルト124スパイダー(FR/6MT)
サソリの毒にご用心 2016.09.19 試乗記 フィアットの往年の2シーターオープン「124スパイダー」が、アバルトブランドの下でよみがえった。「マツダ・ロードスター」の骨格を持つ現代の124スパイダーの走りやいかに? 富士スピードウェイからの第一報。なるほどこれはアバルトだ
日本人のシェフの手になるイタリア料理。富士スピードウェイで体験したアバルト124スパイダーは、そういうものであった。端正なイタリア料理。筆者はためらうことなく、こう申し上げたい。星3つ!
124スパイダーはアバルトが用意したレシピをマツダが広島でつくりあげて量産する後輪駆動の2座スポーツカーである。土台となったのは現行ND型マツダ・ロードスターで、2310mmのホイールベースほか、いわゆるアーキテクチャーは同じだ。そこに往年のフィアット124スパイダーを彷彿(ほうふつ)させるボディーを載っけた。
骨格は同じなのにプロポーションが違って見えるのは、ロングノーズ、ショートデッキのマツダ・ロードスターとは異なり、ロングデッキになっているからだ。実際に全長はロードスターより15cmほども長い。
といって鈍重でもなければバランスが崩れているというふうでもない。ピニンファリーナ時代のトム・チャーダがデザインしたオリジナル124スパイダーのアイコン、ちょっぴり奥まった丸型ヘッドライトとリアの長方形のテールライトがしっくり似合っている。イタリアンデザイン、恐るべしである。
一方、内観はロードスターそのままである。そのままでも気にならないのはステアリングホイールの中央に輝くサソリのマークに目を奪われるからだ。サソリは創業者カルロ・アバルトの星座に由来する、アバルトのシンボルである。1949年の設立以来、「フィアット500」や「600」などの小型車にチューニングを施し、レースやラリーでの数々の勝利をトリノにもたらした魔術師の栄光のエンブレムだ。
フツウのフィアットにサソリのマークを貼れば、アバルトになる。そこにあるだけで、毒が効く。ステッカーを貼りたがる唯一の動物である人間にとって、象徴とはかくも効く。冷静な判断ができなくなっちゃうのである。
トルクに満ちた1.4ターボエンジン
試乗開始。ギアボックスは6段MTとアイシンのトルコン型6ATの設定があるけれど、今回はMTのみである。われわれの124スパイダーは、「ビアンコ・チュリニ1975」と名付けられたソリッドの白で、レザー/アルカンターラのスタンダード内装は基本ブラックながら、赤いスティッチが効いていて、まったくもってどこにも不満はない。
まずは富士スピードウェイ場内の周回路を走る。ここは制限速度30km/h、路面は平滑で、凸凹はほとんどない。にしても、乗り心地は極めて良好だ。タイヤは「ブリヂストン・ポテンザRE050A」の205/45R17サイズを履いている。日本仕様の1.5リッターロードスターは16インチなので、1サイズ大きい。車重は1130kgと、一番重いロードスターの1040kgと比して90kg重い。車検証でわかる前後重量配分は54対46である。
パワートレインとサスペンション、ステアリングフィールはFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)独自のレシピでチューニングされている。記憶の中のロードスターと比べると、全体にいい意味で重い。基本的には軽快なのだけれど、ある種の厚みが感じられて、しっとりしている。
決定的な違いはイタリア直産の1.4リッター「マルチエア」16バルブ・ターボエンジンである。パワーバルジ付きボンネットの下に潜むこれは、アバルトではないけど、「アルファ・ロメオ・ミト」などでおなじみのパワーユニットながら、後輪駆動用に縦置きにされている。最高出力は170ps/5500rpm、最大トルク25.5kgm/2500rpmを発生する。排気量の割に中低速域のトルクが分厚い。だから一般路上では走りやすい。アクセルを踏むだけでトルクがモリモリ湧き出る。
縦置きゆえ、スナッチは当然まったくない。パワートレインは極めてスムーズである。
排気系を含めたサウンドは控えめで、フランク・シナトラがハミングしている感じ。「レコードモンツァ デュアルモードエキゾーストシステム」を装着すると、「心地よい深みのあるサウンド」が味わえるらしい。アバルトといえばマフラーだから、ぜひ試してみたいものである。
フルオープンでも風の巻き込みがごく少ないのは、ロードスターの基本設計が優れているからだろう。でも、ロードスターよりも窓を開けて走っている自分の姿がかっこいいような気がする……のはサソリの毒が回っているからである。
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楽しさならロードスターに負けない
いい感じで周回路での走行を終えると、いよいよ本コースである。富士スピードウェイの規則で幌(ほろ)と窓は全閉である。読者諸兄には申し訳ないけれど、筆者の腕前からわかることはあまり多くない。
富士名物のストレートで180km/h出る。試乗車は180km/hでカットオフが働く。直進安定性はホイールベース2310mmの小型車なのにたいへん優れていて、安心感がある。
1コーナーへの侵入。ブレンボのフロント4ピストン対向キャリパーを搭載したブレーキは利きがいい。ストレートの手前にシケインが設けてあり、ストレートを1回通過したら、次の周はピットロードを走って頭とクルマをクールダウンするという方式だったけれど、ブレンボのフィールが悪化することはなかった。
100R、300Rの高速コーナーは安定している。ストレートでも思ったけれど、高速スタビリティーが高い。
ダンロップコーナーから最終コーナーにいたる上りのセクションは、前に富士を走った時も思いましたが、メチャクチャむずかしい。プリウスコーナーでは縁石に乗り上げたけれど、ガタピシいうものの、衝撃はさほど伝えない。北米仕様のロードスターにも付いているというビルシュタインのダンパーのおかげだろうか。
ちなみに、6MTは先代ロードスターで用いられたギアボックスで、現行1.5ロードスターのスカイアクティブ・エムティーではない。オーバーオールのギア比はおおむね同じようなもので、おそらく重量以外は大きな差はない。ただし、現行ロードスターの方がスコスコ、抵抗なく軽く入った記憶がある。
ドライブモードセレクターなる電子制御が付いていて、これをノーマルからスポーツにすると、アクセルのレスポンスが鋭くなり、ステアリングがやや重くなる。ただし、周回を重ねていると、ノーマルでも不満はないことがわかる。
ロードスターか、スパイダーか?
歴史をひもとけば、1970年代の初期にフィアット傘下となったアバルトは、124スパイダーをベースとするWRC参戦用のホモロゲーションモデルをつくった。これが「フィアット124アバルト ラリー」で、73~75年の3年間で優勝3回を成し遂げた。
物語を大切にするイタリア人は、よみがえった124スパイダーのアバルトで再びラリーに出撃しようとしている。300psの1.8リッターターボエンジンを搭載したラリーバージョンを今年のジュネーブショーで発表しているのはご存じの通りだ。
え、マツダ・ロードスター・ベースのクルマ、つまり他人のふんどしで相撲をとるんですか!? と自分でツッコミを入れて答えるわけですけれど、アバルトはチューナーである。チューニング素材にフィアットもシムカもマツダもない。
アバルト124スパイダーは、マツダ・ロードスターのアバルトなのだ!
日本市場での価格は、6MTが388万8000円、6ATが399万6000円で、どちらも400万円を切っている。
冷静になって考えてみよう。オリジナルのマツダ・ロードスターのベースグレードは250万円弱で、きみのものになる。最も高価な「RS」は320万円弱だから、その差はおよそ60万円である。
60万円の差で、アバルトは170ps、ロードスターは131psと、40psもの差がある。トルクに至っては25.5kgm vs 15.3kgmで、圧倒的にアバルトの勝ちだ。
ということは、安いではないか!
ちょっと待ちたまえ。もっとパワフルなロードスターの2.0が早晩、国内発売となる。アメリカ市場では、フィアット124スパイダーとマツダ・ロードスター2.0がほぼ同じ価格の2万5000ドルで売られているのだ。焦ってはいかん。しかしながら、ここはニッポンで、今はまだ手に入らない。もはやアバルトしかない! そう熱烈に思うきみはサソリの毒にやられちゃったのである。エンスーの人にはとりわけ効きが強い。治りません。
(文=今尾直樹/写真=小河原認)
テスト車のデータ
アバルト124スパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4060×1740×1240mm
ホイールベース:2310mm
車重:1130kg
駆動方式:FR
エンジン:1.4リッター直4 SOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:170ps(125kW)/5500rpm
最大トルク:25.5kgm(250Nm)/2500rpm
タイヤ:(前)205/45R17 84W/(後)205/45R17 84W(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:13.8km/リッター(JC08モード)
価格:388万8000円/テスト車=401万0060円
オプション装備:エクステリアキット(エアダムカバー)(8000円)/エクステリアキット(トーフックキャップ)(1400円)/スコーピオンフロアマット(2万6000円)/ETC(3万5800円)/ETC取り付けキット(5000円)/電源接続キット(860円)/ナビ用SDカード(4万5000円)/フロントボンネット&リアトランク マットブラック仕上げ(参考オプション)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:1678km
テスト形態:トラック&ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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