第217回:警告! とがったデザインがなくなると、ニッポンも危ないッ
2011.10.28 マッキナ あらモーダ!第217回:警告! とがったデザインがなくなると、ニッポンも危ないッ
コラーニデザインのスーツケース
先日カンティーナ(物置)の大掃除を決行した。これ以上寒い時期になると、とてもやる勇気が起きないからである。それをきっかけに、いくつも古いものがでてきた。まずひとつめはスーツケースだ。
考えてみれば15年前、スーツケースとヴァイオリンのケースだけ持って日本からイタリアに来たのである。
そのスーツケースは、鬼才工業デザイナーとして知られるルイジ・コラーニのデザインだ。「マルエム松崎」のブランドネームで知られた松崎が1990年代初頭に発売した「スカイウェイ・コラーニ」という製品だ。
当時勤めていた会社で初めて海外出張に行かせてもらえることになったとき、慌てて新宿伊勢丹で購入したものだ。値段はたしか6万円くらいだったと思う。
「自然界に直線はない」というデザイナーのモットーを具現すべく、各部はできる限り曲線で構成されている。外観で目を引くのは、本体の左サイドのくぼみだ。持つ人の脚に、より優しく触れることを意図したものという。グリップにはバネが付いていて、使わないときは本体側に自動的に畳み込まれるようになっていた。
内部のネット式物入れには「Colani」の文字が織り込まれ、付属のハンガーもデザイナーのいうところのバイオデザイン風曲線が多用されていた。電子ロックのキーもしかり。いかにもコラーニっぽい紡錘(ぼうすい)型で、今回中からポロッと出てきたときも思わず感動した。
ペン軸とペン先一体型の万年筆
今回もうひとつ物置から出てきて思わず「うぉー!」と声をあげたのは、パイロットの古い万年筆である。その名を「ミューレクス」という。
1970年代末のことである。中学生になったボクは、親のお古や親戚からもらった輸入万年筆を何本か持っていたが、デザイン的に気に入るものは1本たりともなかった。そんな折、テレビCMで流れていたのが、「ミューレクス」だった。CMソングは「ミュ〜レクスがあればいい〜♪」という歌詞だったと記憶している。エンディングには「新造形一体ペン!」というナレーションが入ったと思う。
実際そのとおりでこのミューレクス、ペン先は一般的なものではなく、なんとペン軸本体と一体になっていたのである。超音速機コンコルドの機首にも似たその美しさに引かれたボクは、親に頼みこんで手に入れたのだった。自分で選んだものというのは、人がもらったものと違って捨てがたく、したがってイタリアにまで持ってきてしまい込んでいたのだ。
今回わが家に転がっていた新品のインクカートリッジを入れたら、さも昨日まで使っていたかのように書くことができた。輸入万年筆ではたたき起こすのになかなか時間がかかるだけに、さすが日本製品だと思った。
異端デザインを笑うな
しかしこのふたつの発掘品、使い勝手の視点から完璧な製品か? というと、そうとはいえなかったのも事実だ。コラーニのスーツケースの場合、ポップアップして突出するロック金具は、旅先のホテルの床でたびたびつまずいて痛い思いをした。前述のハンガーは、プラスチックの肩パッド部分が使用中簡単に外れてしまい、あまり使い物にならなかった。例のボディーのくぼみも、効果のほどは「そうかあ?」という程度であった。
パイロット・ミューレクスも、それなりに欠点はあった。やはりボディーと一体であることから、ボクの強い筆圧を吸収する“しなり”がいかんせん足りず、書き味は半楕円(だえん)リーフスプリングのクルマのように硬かった。
どちらにしても言えるのは、いずれも市場においてメインストリームとはならなかったということだ。松崎に至っては2010年に自己破産を申請していたことを知って衝撃を受けた。
しかし、ボクはこうした異端なデザインをもつ商品を笑わない。コラーニは、それまで凡庸な形が大半を占めていた世界のスーツケースデザインにおいて、今日まで続くファッション化の道をひらく一役を担った。
ミューレクスにしても「もしもペン先が破損してしまったら、そこだけ調整・交換できないではないか?」という心配をあえて捨ててしまったところが潔かった。今日でいえば原則として電池交換を想定していないiPodシリーズの先を行っていたと言えまいか。
日本車のとがったデザイン
それどころか、最近日本車にこうしたデザイン/スタイリング的にとがったものを見る機会が少なくなってきたことに不安を感じている。1980年から90年代の日本車は、大小にかかわらずチャレンジ性があった。
大きなものとしては「日産エクサ」の着せ替えキャノピー(1986年。ただし日本では法規上購入後のキャノピー交換は不可だった)や、「トヨタ・セラ」(1990年)のガルウイングドアが挙げられる。
小さなものでは初代「いすゞ・ピアッツァ」のポップアップ式ヘッドライトの上部カバーや、「日産インフィニティQ45」初期型(1989年)の、高級車にもかかわらずラジエターグリルを廃したフロントフェイスなどである。
こう書いていると、ボクが好きだったチャームポイントがことごとく後に続かなかったことを嘆きたくなる。それはともかく、デザイナーの夢を企業がある程度理解し、それにおカネを投じていた時代だった。
それに対して、今はストライクゾーンばかり追った商品ばかりがあふれている。このまま日本のモノづくりがとがったデザインを忘れ、実用性・実利性ばかりを追っていると、ある時点からデザインにお金をかけなくなった多くのイタリア企業の家電オフィス製品同様、急速に魅力を失ってゆくだろう。イタリアは「Made in Italy」という、水戸黄門の印籠並み付加価値を持った言葉があるが、「Made in Japan」の場合は、神通力を過信していると新興国に足をすくわれかねない。本流以外にも開発費をかけた商品や技術、ときにはギミックも実現してこそ、企業の豊かさ・懐の深さが演出できるとボクは信じるのだが。
最後にふたたびコラーニのスーツケースについて。
物置から出して転がしてみると、4輪仕様ではあるものの、後2輪の向きは固定式である。クルマでいえば4WSではなく2WSだ。したがって昨今のスーツケースのような軽快な身動きは不可能である。
重さも7kg以上と、今使っているスーツケースが5kg台なのに比べると重い。預け荷物制限が20kgの欧州圏内路線の航空機だと、3分の1以上の重さをスーツケースで占めてしまうことになる。
さらに開いてみて驚いた。カビだらけになって悪臭が漂っていたのだ。今年の春から夏にかけて、アパルタメントの外壁修復工事で散水が行われた際、どこからか浸水してしまったらしい。残念だが、市の粗大ゴミ処分場に持ってゆくことにした。
デザインは面白いんだけどな……トヨタ・セラを諸般の事情で手放す人も、きっとこんなことをつぶやいているのだろう、と思った次第である。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真 大矢アキオ)
※お知らせ
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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