第216回:【Movie】泣く子も黙る夢の国 大矢アキオ 捨て身の路上調査員「モンテカルロ編」
2011.10.21 マッキナ あらモーダ!第216回:【Movie】泣く子も黙る夢の国 大矢アキオ 捨て身の路上調査員「モンテカルロ編」
不動産屋さんで目がくらむ
データではなく実際に横丁を走っているクルマをウォッチングして、クルマのある異国情緒を楽しんでいただく「捨て身の路上調査員」シリーズ、今回は泣くも黙るモナコ・モンテカルロ編である。
たいした収入でないにもかかわらず税金が高く、そのくせ良質な社会サービスを受けている実感ももてないイタリアに住んでいるボクである。所得税ゼロで街もきれいなモナコは、夢の国だ。
しかし不動産屋さんのショーウィンドウをのぞくと、その夢は一気に吹き飛ぶ。「0」の数を数えているうちに目がまわるような物件ばかりだ。最低でも日本円にして億単位なのである。隣接するフランス側の町・ボーソレイユと国境ひとつ隔てただけで、ひと桁違う。昔歌手の山口百恵さんが東京でマンションを購入したとき、「億ション」という言葉がはやったが、モナコは国中が億ションなのである。ボクからすれば、アルベール2世大公を自治会長とする、巨大な町内会に見える。
それでも、マンションの隣の住人がF1ドライバーだったり著名テニス選手だったりするわけで、しかるべき人なら社交を通じてビジネスチャンスが広がる可能性が高いのではないか。そうした意味では、東京で高級物件を買うよりよほどお買い得なのだろう。
モナコの路上から消えたもの、増えたもの
さて、9月の夕刻、カジノの正面にある公園から、銀行や高級ブティックが立ち並ぶムーラン通りを走るクルマを15分数えた結果は以下のとおりである。
・メルセデス・ベンツ:18台
・アウディ:10台
・フィアット:9台
・ルノー:8台
・シトロエン:7
・プジョー、フォルクスワーゲン、MINI:各6台
・BMW、スマート、トヨタ:各5台
・フォード、レンジローバー:各4台
・オペル、ポルシェ:各3台
・ボルボ、レクサス、ランチア、シュコダ、マツダ:各2台
・ジープ、ベントレー、ヒュンダイ、キア、サーブ、三菱:各1台
(動画撮影時とは違います)
というわけで、メルセデス圧勝であった。
ルノー、シトロエン、プジョー、フィアットもそれなりに現れたのは、フランスやイタリアから日中だけ働きに来ている人が多いモナコという国を表している。事実、そうしたクルマたちはモナコナンバーでないことが多い。
いっぽう動画内では、黙っていてもフェラーリやロールス・ロイスがフレーム内に入り込んでくるところは、さすがモナコである。意外だったのは、昔はそこそこいたアメリカ車が明らかに減っていることだ。 今回の訪問でも、ボクが見たのは1990年代の「フォード・サンダーバード」だけであった。やはり狭いクネクネした道が多いこの国で、昔ながらの大ぶりなアメリカ車は不便なのだろう。
かわりにここ数年明らかに増殖しているのは、身動き・駐車ともに容易な「スマート・フォーツー」である。ついでにいうと「トヨタiQ」のアストン・マーティン版である「シグネット」は、ボクの3泊4日の滞在期間中に限っていえば、見かけそうで見かけなかった。
大人の国モナコ
現地のクルマ愛好家に教えてもらったところによると、モナコでクルマのナンバープレートは、スイスのごとく1枚あれば他のクルマにも使いまわしができるのかと思いきや、実際はダメなのだそうだ。
ところでその愛好家の愛車のナンバーには、ちょっとしたストーリーがある。
同じナンバーを使用していた前オーナーは、乗っていたクルマで交通事故に巻き込まれ、命を落とした。以後そのナンバーは「空き番」となったが、一般的に「不吉」といわれる数字が交じっていたこともあり、それを取得する人は長きにわたって現れなかった。人口3万5千人の国である。“不吉なナンバー”が知れ渡るのは、それほど難しいことではないのだ。
しかしは迷信など毛頭信じないその愛好家は、残っていたその空き番をあえて取得したという。いまや日本同様、希望すれば好きな数字が取れるにもかかわらず、である。その話を聞いたボクは「そのくらい自らの運命は自ら決める意志がある人でないと、モナコに住める財力は築けないのだ」と感じた次第である。
トリビアをもうひとつ。実はモナコの道路交通法では、いまだにシートベルトの着用義務はないそうだ。自己の良識に任せているのだとすれば、不文憲法のイギリスのごとく大人の国ではないか。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
■【Movie】捨て身の路上調査員「モンテカルロ編」(前編)
■【Movie】捨て身の路上調査員「モンテカルロ編」(後編)
(撮影・編集=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。