第480回:リカちゃん人形とモーレツ自動車産業の意外な関係
2016.12.16 マッキナ あらモーダ!リカちゃん、50周年をパパの故郷で祝う
日本を代表する着せ替え人形「リカちゃん」が、2017年に50周年を迎える。それに先駆けて、フランスのパリ日本文化会館で「Licca ~ Symbol of Kawaii」と題した展覧会が開催された(会期:2016年12月6~17日)。
時代や流行を反映し、少女たちの憧れや夢を形にしつつ、日本人の美意識「kawaii」を表現したリカちゃんの世界を、フランスで紹介するのが目的だ。
「父にフランス人音楽家・ピエール、母に日本人デザイナー・織江を持つハーフの女の子」というリカちゃんの設定を元に、「パパの故郷、フランスで初の展覧会」という粋なサブタイトルが与えられ、約100体のリカちゃんが展示された。
催しは4部構成。第1部では、4代にわたるリカちゃんの変遷をたどり、第2部では「フランスへの憧れ」を表現した2つの特別作品を展示した。続く第3部に登場するのは、今日のジャパニーズポップカルチャーにちなんだ作品や、文化服装学院の学生によるドレスをまとったリカちゃん。そして最後の第4部は、「茶摘み」をはじめとする日本文化を象徴する衣装のリカちゃん、という内容である。
内覧会には、主催団体である日本玩具文化財団の佐藤豊彦理事長も出席。日本の経済界に通じた読者ならその姓からお察しの通り、氏は旧タカラを創業した佐藤家の出身である。
佐藤氏によると、完成当初のリカちゃんは、デパートの担当者に見せたところで、反応は散々だったという。
「そのころ人形といえば、女の子が抱っこできる『抱き人形』が主流でした。だから百貨店の人々は、リカちゃんを見て『こんなに痩せ細った人形が売れるはずがない』と決めつけたのです」。
しかし実際は、そのリカちゃんが空前のロングセラーとなったのは誰もが知るところである。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
寂しげな表情にはワケがある
ところで筆者の目には、リカちゃんの表情はほほ笑んでいるように見えると同時に、どこか寂しげにも映る。見る角度によってさまざまな表情を映し出す能面のようでもある。同じタカラトミーの着せ替え人形「ジェニー」が、どこから見ても笑顔なのとは明らかに違う。
そうした印象を佐藤氏に話すと、このような答えが返ってきた。
「リカちゃんのお父さんは音楽家。演奏旅行で家を不在にしがち、という設定です」
「リカちゃんが登場した1967年の日本は、父親が家庭を顧みずにモーレツに働いていた高度成長期。お父さんが恋しい女の子たちに、リカちゃんを自分の分身として捉えてもらえるような要素を盛り込んだのです。かわいらしい顔の中に、どこか寂しげなシャドウ(影)があるのは、そのためです」
それは、ゴージャスで自立した女性をイメージさせる米国発祥の着せ替え人形「バービー」と決定的に違う点であるとも指摘する。人間は何かをかわいがるとき、ホルモンのひとつであるオキシトシンを分泌して緊張感から解放される。ゆえに、佐藤氏はリカちゃんがかわいがられることは、すなわち人が幸せになることと力説する。
日本の自動車産業を振り返れば、リカちゃんが登場した1967年には「マツダ・コスモ スポーツ」や「トヨタ2000GT」がデビュー。前年の1966年には「日産サニー」「スバル1000」「トヨタ・カローラ」が発売された。敗戦後の焦土から立ち直ったあと基幹産業としての地位を確立し、やがて技術をもって世界に認められるようになる、最も輝かしい時代だ。
ボクのまわりで当時父親が自動車関係だった女性の中には、「父が家にいることは少なかった」「いつも海外出張だった」と当時を振り返る人がいる。リカちゃんは、父親が自動車産業で働く家庭の少女たちの心を陰で支えていたに違いない。
“男子版”リカちゃんでんわもあった!
もうひとつ、リカちゃんといえば、忘れてはいけないのが「リカちゃんでんわ」である。専用の番号に電話をかけると、リカちゃんが近況などを音声で知らせてくれる、あれだ。
兄弟姉妹がおらず、かつ両親が共働きだったボクも小学校低学年時代、何度となくかけてみたものである。佐藤氏は、「リカちゃんの存在を、よりリアルに感じさせるための工夫だった」と説明する。ちなみに、サービスは今日も存続している。
佐藤氏によると1960年代のタカラは、リカちゃんと同様に、取り扱い製品であったフィギュア「G.I.ジョー」の声が聴ける「G.I.ジョーでんわ」も提供していたという。
米軍兵士のキャラクターゆえ、内容は「戦場の最前線からの電話」といったものだったが、結果としては、リカちゃんでんわのようには長続きしなかった。
女子が電話でおしゃべりしているのは端で見ていてもほほ笑ましいが、男性が用もなく長話をしていると「できない男」のにおいが漂う。廃止は必然だったのかもしれない。なにより、G.I.ジョーの戦闘業務に支障をきたすではないか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。













