第137回:サーブvsボルボ――頑固ジジイの仁義なき戦い
『幸せなひとりぼっち』
2016.12.16
読んでますカー、観てますカー
スウェーデン車同士の近親憎悪
どの国のクルマが好きかで、人の性格がわかるものだろうか。フランス車のイベントとイギリス車のイベントでは確かに雰囲気が異なるようにも思えるが、それぞれが全員同じ性格なんてことがあるはずはない。イタリア車好きとドイツ車好きが互いに悪口を言い合うことはあっても、もちろん本気で相手を敵だと思っているわけではないだろう。
ましてや同じスウェーデン生まれ「サーブ」と「ボルボ」なら、どちらのファンも似た者同士だと考えるのが自然だ。しかし、近親憎悪という言葉もある。はたから見れば大差なくても、本人たちにとっては小さな違いが大きな意味を持つのだ。『幸せなひとりぼっち』の主人公はサーブ原理主義者である。ボルボに乗る人間は大嫌いなのだ。
オーヴェ(ロルフ・ラスゴード)は、自分が住む住宅地を見回るのが日課だ。開放禁止の門がちゃんと閉まっているか、吸い殻が落ちていないか、歩いて点検している。当人は正しいことをしているつもりなのだろうが、イヤミな頑固ジジイに違いない。クルマに関しては、とりわけ厳しくチェックする。枠からはみ出して駐車するクルマがあればノートに記録して改善を命じ、乗り入れ禁止の場所を走るクルマを見つけるとすぐさま停止させる。
権限があるわけではない。以前は地区会長を務めていたが、今はただの一住民である。見回りは彼の趣味なのだ。意地悪な姑(しゅうとめ)のようにアラ探しをし、わずかでも違反を見つけると「無能どもめ!」と悪態をつく。
サーブは労働者階級のクルマ?
オーヴェのサーブ好きは父譲りである。幼いオーヴェは「サーブ92」に乗せられてドライブするのが何よりの楽しみだった。心の真っすぐな少年は、「サーブに勝るクルマは永遠に現れない」と話す父の言葉を信じ込む。ボルボのことは不倶戴天(ふぐたいてん)の敵だと考えるようになるのだ。
青年となったオーヴェは、ソーニャ(イーダ・エングヴォル)という女性と出会って恋に落ちる。初デートで話すのは、もちろんサーブのことだ。
「サーブの動力を生むのはレシプロエンジンなんだ。ピストンの動きをコンロッドに伝える。サーブの特徴は前輪駆動で……」
デートでは禁物の話題だが、ソーニャは違った。オーヴェが説明する前に、「プロペラシャフトがいらないんでしょ?」と返したのだ。サーブの美点を理解するソーニャは、オーヴェにとって運命の人に違いない。
新興住宅地で新婚生活が始まった。若き日のオーヴェは地区会長に選ばれ、安全な町づくりに取り組んでいた。パートナーは志を同じくする副会長のルネだ。知恵を合わせてさまざまな規則を定め、町の健全な発展を図ろうとした。気の合う2人だったが、実は大きな相違点があることが発覚する。ルネはボルボ好きだったのだ。
オーヴェは「サーブ93」、ルネは「ボルボ140」に乗っていた。最初はなんとか仲よく付き合おうとしていたが、オーヴェが「900」、ルネが「240」に乗り換える頃になると、次第に疎遠になっていく。クルマの違いで仲たがいするというのは理解しがたいが、スウェーデン人にとってはリアリティーのある話らしい。サーブは労働者階級、ボルボはアッパークラスのクルマというイメージがあるのだそうだ。バブル期の日本では派手なサーブと地味なボルボという対比だったが、的外れだったということになる。
ボルボ愛を捨てる裏切り者
ルネが選挙に立候補し、オーヴェは地区会長の座を追われることになる。怒りのあまり、彼は「9000CS」を購入した。ルネも早速「960」を買って対抗する。対立は決定的なものとなったが、いつまでもケンカしているのは大人げない。オーヴェは仲直りを持ちかける。しかし、「新車を見せるよ」と言って彼がガレージから出したクルマを見たオーヴェは激おこ。ボルボ乗りを貫くなら話のしようもあるが、裏切りは許せない。
ルネの後に地区会長になった男は「アウディ」に乗っているし、妻の教え子は「ルノー」を欲しがっている。隣に越してきた男は「ヒュンダイ」ユーザーだ。サーブ原理主義者のオーヴェは、どんどん偏屈になっていく。
こんなふうに書くとクルマがテーマのように見えるが、それでは映画にならない。オーヴェが厄介者のジジイになったのは理由がある。もともと純粋な男なのだ。真面目に働き、普通の生活を営もうとしたのに、彼には背負いきれないほどの不幸が降りかかる。最愛の妻を亡くし、43年務めた鉄道局から突然リストラされる。同情すべき身の上なのだ。サーブ愛を貫くいちずな男の頑固さが、最後に隣人を苦境から救うことになる。
本来ならば1作品だけを取り上げるのだが、ちょうど対になるような映画があるので紹介することにする。偏屈ババアが主人公の『ミス・シェパードをお手本に』というイギリス映画だ。
“車上生活”の老女を許容したかつての英国
原題は『Lady in the van』で、クルマに住む老女が主人公だ。劇作家のアラン・ベネットが経験した実話が元になっている。1970年ごろ、彼が住むロンドンのカムデンタウンに、ボロボロのクルマに乗った名物おばあちゃんがいた。「ベッドフォードCA」という商用車で、前席の両側にスライドドアを備えている。荷室が彼女の生活空間となっていて、動くゴミ屋敷のようだ。ミス・シェパードと呼ばれているが、本名かどうかは誰も知らない。
少しずつ移動しながら路肩に止めていたのだが、規制が厳しくなって路上駐車が不可能になった。一時的な避難場所としてベネットが庭を提供すると、彼女は居座って出ていかない。1974年から1989年まで、ずっと庭に止めたクルマの中で暮らしたのだ。ベネットがミス・シェパードを追い出さなかったのは、親切心からだとは言い切れない。劇作家は何でもネタにするからだ。彼の心の中の葛藤は、映画に作家と生活者という2人のベネットが登場することで表現されている。
優しい言葉をかけたり食べ物を差し入れたりしても、ミス・シェパードは感謝するどころか罵倒で返す始末だ。“尿と湿った新聞紙、ベビーパウダーを混ぜたような”と形容される悪臭を放ち、かわいらしさのかけらもない。それでも近隣の人たちは排除することなく親身に接する。サッチャー政権誕生前はリベラルで寛容な社会だったのだ。40年後に移民への反発からEU離脱を選択する国とは思えないおおらかさである。
ミス・シェパードはクルマの色が気に入らないらしく、自分で黄色に塗り替えてしまう。サビが進行して暮らせなくなると別のワンボックス車を調達し、三輪自動車の「リライアント・ロビン」まで手に入れる。何のこだわりか、どちらも黄色いペンキで全塗装してしまった。
15年間車中泊を続け、ミス・シェパードはクルマの中で最期の時を迎える。路上で見かけるクルマは、「シトロエンDS」や「ボルボ120」から「アウディ100」や「BMW 318i」に変わっていた。時が止まっていたのは彼女のクルマの中だけだったのだ。
(鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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