レクサスLC500h(FR/CVT)/LC500(FR/10AT)
日本のラグジュアリー 2016.12.23 試乗記 間もなくローンチされるレクサスの新型ラグジュアリークーペ「LC」。同ブランドが初めて挑戦するラージサイズクーペは、どのようなキャラクターを持ち合わせているのか? その出来栄えをスペインで試した。世界観が違う
レクサスにとっては2010年に生産を終了した「SC」以来、久しぶりのアイコンたる2ドアである。果たしてLCは、激戦のスポーツカーリーグでどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。もちろん周囲の期待度は高い。
そんな出ばなをくじくようで何だが、LCはそもそものコンセプトからして、速い遅いで評価がなされるべきものではない。単に数字比べなら、5リッターV8搭載モデルの最高速や0-100km/h加速でさえ、「ポルシェ718ケイマンS」あたりにうっちゃられる。それ以前に、LCが速さを最大の価値とするならば、その2+2の座席を内包するパッケージングはまったく違ったものになっていただろう。
LCが求めたのはスピードによって得られる移動の合理性よりも、費やされる移動の時間をいかに豊かなものにするかということである。誰が乗るでもない割に意外と立派にしつらえられた後席は、自らの意向を示し室内を彩るためにあるべきものだ。それがなければホイールベースが短くなり運動性能も向上するだろうに……というツッコミは、だから意味をなさない。日本ではいささか持て余しそうな全長や全幅もまた、そのたたずまいを汗臭いものではなく優美に見せるために必要なものである。
そういうLCの趣旨をくめば、おのずとライバルの像は見えてくるだろう。開発のベンチマークとされたのはBMWの「6シリーズ」。共に、その車格を空力的優位としてSUPER GTなどに参戦するも、出自は代々にわたってラグジュアリー&スポーティーを上手に体現してきた高級クーペである。高級クーペといえばメルセデスなら「Sクラス クーペ」が思い浮かぶが、そちらは「ベントレー・コンチネンタルGT」あたりと比すべきハイエンド系の物件であり、どちらかといえば「SL」の側に趣旨が近い。ハイエンド系としてLCとコンセプトを同じくするのは、よりスポーティネスを強く打ち出す「アストンマーティンDB11」あたりになるだろう。あるいは、幅広いラインナップをそろえる「ポルシェ911カレラ」系もその範疇(はんちゅう)に入ってくる。いずれにせよ言えるのは、LCはバリバリのスポーツカーではなく、さまざまなニュアンスを含むべきクーペであるということ、そしてそのマーケットは思いのほか小さく、ライバルも強力であり、バカ売れで丸もうけなど夢のまた夢という、商売的には非常に難しいところにあるということだ。
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レクサスの今後を担う「GA-L」
そこにあえてレクサスが踏み込んだのは、ブランドの新章を開く上で、リアルスポーツとは一線を画するライフスタイルクーペの存在が不可欠だと判断したからだろう。その作り込みは特に内外装において手が込んでいることもあり、レクサスは元町工場内に専用のラインを開通。おおむね500人の専従社員がLCの生産に携わり、約40名の特別技能を備えた工員がアッセンブリーを担当するという。生産能力目標は50台/日、タクトタイムは20分程度というから、従来のトヨタ的な常識とは完全に一線を画している。そこには「LFA」の生産経験で得た知見や熟練もしっかりと活用されているようだ。
今後のレクサスを測る意味でも、LCの技術的な最大のトピックとなるのは「GA-L」と呼ばれるまったく新しいアーキテクチャーの採用だ。グローバルアーキテクチャー・ラグジュアリーの略とされるそれは、FR版「TNGA」とも目されるもので、恐らくは次期「LS」、次いで「GS」……と導入が拡大していくことになるだろう。その初出ともいえるLCの出来は、だから今後のレクサスの中核を担う車種たちの行方を占うものにもなる。
GA-Lの骨格構成にあたって留意されたのは重心と重量配分の理想化に加え、単に高剛性というだけでなくそのアコースティックバランスを適切にコントロールすること、そして前世代のプラットフォームで抱えていた接地変化の課題を解消する理想的ジオメトリーの実現などだったそうだ。当然、駆動用バッテリー搭載を含めた発展性やさらに厳しくなる衝突安全基準の織り込みなど、この先を見据えた設計も施されている。サス形式は前ダブルウイッシュボーン、後ろマルチリンクながらアーム類はまったくの別物で、前側はハイマウントされるアッパー部にダブルボールジョイントを採用、仮想キングピン軸の位置決めを含めたアーム類の取り回しは数百ものシミュレーションを検証し、接地性だけでなくメカニカルなフィードバックがしっかりと体に伝わるポイントを探り出した。LCの重心高は510mmと標準的なスポーツカーカテゴリーのそれに近く、前後重量配分はV8モデルで52:48、リアバルクヘッドに駆動用バッテリーを積むV6ハイブリッドモデルで51:49と、万人が落ち着いてクルマと向き合うに理想的な数値が並んでいる。
趣の異なる2種類のパワーユニット
そして、LCの走りの新しさをつかさどるもうひとつのファクターが、パワーユニットとドライブトレインだ。477psを発生する5リッターV8は吸排気系の専用キャリブレーションによりトルクが若干上乗せされるものの、基本的には「RC F」等のそれと変わらない。が、そこに組み合わせられるトランスミッションは新開発となる10段ATだ。アイシン・エィ・ダブリュ製のそれは従来の8段ATとほぼ変わらぬ寸法や重量ながら、10速100km/h巡航時1200rpmという超ワイドレンジを実現したばかりでなく、新たなAIシフトロジックを採用し、現在の運転状況やドライバーの過去の運転パターンなどから最適なギアへと即座にステップする制御をドライブモードに関係なく採り入れている。
そしてもうひとつの3.5リッターV6ハイブリッドには、遊星歯車による動力分割機構を持つ従来の2モーターシステムのさらに下端側に4段のメカニカルギアを設けることで、出力を疑似的に10段のステップでアウトプットするマルチステージハイブリッドシステムという独創的な技術が採用された。これにより、ラバーバンドと称される加速時の速度上昇と回転数のズレを抑え、アクセル操作と駆動輪との応答性を劇的に改善している。ちなみに動力性能を記す数字として、5リッターV8を搭載する「LC500」の最高速は270km/h、0-100km/h加速は4.4秒であるのに対して、3.5リッターV6ハイブリッドの「LC500h」はそれぞれ250km/h、4.7秒と発表されている。
スポーツグレードでも乗り心地に不満はない
ドライブモードコントロールやVSCなど、運動性能にまつわるコマンダーをメーターナセル両脇にサテライト配置したインテリアは、そのHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)に特段の工夫や新しさを感じないが、ままある杢目的なトリムを排しつつ、テクスチャーのシャープネスを表現すべく基台に直(じか)貼りされるアルカンターラなどの表皮により、全体造形からはかなり前衛的で精緻な印象を受ける。高い生産精度や耐久実証などが要求される作り込みはスイッチ類のフィードバックやステアリングのリム断面形状など、細微に至るまで浸透しており、かつそれらは空回りすることなく、LCの世界観とピタリと符合してもいる。恐らくは外観だけでなく内装からも、レクサスの新しい息吹を感じる人は多いのではないだろうか。
そしてLCはコーポレートとして長年拘(こだわ)り続けたクルーズコントロールの操作ロジックに決別し、ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)装備の操作系はステアリング内にほぼ集約された。これまたHMIについてはさらなるアイデアを望みたいが、日本仕様においてもレーダークルーズコントロールやアクティブLKAなどの速度上限は世界水準と統一されるなど、機能的な進歩は購入検討上の魅力となるだろう。
常速域でのLCのマナーは適度に温厚で適度に清冽(せいれつ)で……と、それは何にも例えがたい。アウディほどドライでもなくメルセデスほどねっとりとしておらず……と、特にそのステアリングフィールの触感などは、にわかに言葉が見つからないほど独特だ。そして快適性はこの手のモデルとしてはトップレベルと断言しても差し支えない。最大1.7度の切れ角を持つ後輪操舵やトルセンLSDなどをパッケージングしたスポーツグレードでは21インチという巨大なタイヤを履くことになるが、その縦バネ特性が綿密なチューニングにより通常のスポーツタイヤ並みに抑えられていることもあり、試乗車に装着されたミシュランは乗り心地に不満を抱く場面はほぼなかった。下まわりからのノイズもよく抑えられており、車体開発と並行して音響設計が行われたというオーディオもこれなら鳴らしがいがある。これが20インチのベースグレードでは、タイヤのたわみ感がアタリの柔らかさや粘りとしてクルマに加わることになる。「移動の行間を豊かにする」というLCの動的な本筋はベースグレードの側にあるのではないだろうか。
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大幅に進化したハイブリッドのドライバビリティー
……などと思いきやLC、さすがは新型プラットフォームの恩恵は顕著で、サーキットスピードでのパフォーマンスも今までのレクサスのスポーツモデルとは一線を画するところがある。単に速いというだけではない。注目すべきは重心と重量配分の最適化からなるノーズの入りの良さと定常的なロールの推移、そして改められたリアサスの接地変化の少なさだ。すなわち荷重変化を穏やかにタイヤへと乗せて、グリップをしっかりと探りながら曲がっていくという、コーナリングのプロセスとレベルががぜんしっかりしたものになった。微妙な踏力で姿勢変化を、ペダルストロークで絶対制動力を引き出せるブレーキのコントロール性も素晴らしい。「RC F」や「GS F」などのスポーツモデルに対して動力性能での絶対的なアドバンテージはないが、電子制御の介入を最小限にギリギリまでクルマとの対話を楽しめる仕立てになったのは大きな進化といえるだろう。
そういう領域でこれまた進化を実感させるのは、500hに搭載されるマルチステージハイブリッドのアクセル操作に対する快活な応答性だ。単に疑似的なステップ比でなく、駆動力を極力ダイレクトにつなげるように有段変速機を設けたことによって、THSにつきものだったラバーフィールはかなりのレベルで改善されている。フラットなエンジンの特性もあって変速タイミングを直感的に察知するのは難しいが、駆動を積極的に旋回力へと変えていくFR的なドライビングの楽しみはぐっと身近なものになった。音のチューニングがやや大げさに感じるところもあるが、日常での社会適合性も含めて500hはやはりLCの本丸と考えていいだろう。一方の500は、今や絶滅危惧種のV8自然吸気を擁する純粋な嗜好(しこう)品的パッケージとして、同級以上のライバルに対しても十分な説得力をもっている。
何者にも似ていない
LCに乗っての何よりの驚き、そして喜びは、レクサスがようやく何にも似ていない、他に例えようのない自らのキャラクターを動的質感において放ち始めたことだった。レクサスが日本での展開を開始した時から僕は、ドイツの御三家が酒のような嗜好品を作っているとすれば、レクサスは水を目指すべきだと言い続けてきた。時代の移ろいとともに水にまつわる価値や要求は確実に変わっている。それは今や産地や成分や味が語られる嗜好的なものでもあり、時にライフスタイルをも代弁する存在だ。対価に見合う世界観は十分に描けるものであり、それがドイツ勢にはまねのできない個性となる。そう確信したのは初代LSの余りに独特な、禅寺のような静寂が深く頭に刻み込まれていたからだろう。
LCはその清冽なフィーリングの中に、鉄塊への慈しみを乗る者にしかと抱かせながら、独自の世界を持つに至った。だからくれぐれもこれを禁欲的なスポーツカーとは捉えないでほしい。コンマ1秒などを求め始めただけで、この繊細なキャラクターは崩壊する。そしてレクサスにはこのつかんだ端緒を、ようやく登場の気配がみえてきた次期LSへときれいにつなげてほしいと願うばかりだ。日本にしかできない美徳を備えた日本のラグジュアリーは、少なくともLCにはしかと見て取れた。
(文=渡辺敏史/写真=トヨタ自動車/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
レクサスLC500h
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4770×1920×1345mm
ホイールベース:2870mm
車重:1985kg
駆動方式:FR
エンジン:3.5リッターV6 DOHC 24バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:299ps(220kW)/6600rpm
エンジン最大トルク:35.5kgm(348Nm)/4900rpm
モーター最高出力:179ps(132kW)
モーター最大トルク:30.6kgm(300Nm)
システム最高出力:359ps(264kW)
タイヤ:(前)245/40RF21/(後)275/35RF21
燃費:--km/リッター
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:--
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(プレミアムガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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レクサスLC500
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4770×1920×1345mm
ホイールベース:2870mm
車重:1935kg
駆動方式:FR
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ
トランスミッション:10段AT
エンジン最高出力:477ps(351kW)/7100rpm
エンジン最大トルク:55.0kgm(540Nm)/4800rpm
タイヤ:(前)245/40RF21/(後)275/35RF21
燃費:--km/リッター
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:--
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(プレミアムガソリン)
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。