第215回:クルマ愛・究極の証し? 自動車タトゥー流行の兆し
2011.10.14 マッキナ あらモーダ!第215回:クルマ愛・究極の証し? 自動車タトゥー流行の兆し
元考古学者まで
先日会ったモナコの知人いわく、「たとえどんな絶世の美女でもタトゥーをしていることがわかった途端、百年の恋も冷める」のだそうだ。個人的なことをいえば、ボクも同じである。まあ痛いものが苦手で、中学を最後にこの年になるまでインフルエンザ予防接種を受けたことがないという臆病な性格も背景にあるのだが。
タトゥーのブームはとどまるところを知らない。イタリアでは若者のファッションとして定着しつつあり、大都市にはここ数年でタトゥーショップがずいぶん増えた。テレビに出演する有名女性芸能人も、目立つところにタトゥーを入れていたりする。
それにしたがい、「タトゥー=コワい人」のイメージも薄くなった。「刺青(いれずみ)のある方お断り」を掲げる施設も、ボクの知る限りない。
最近ではあまりの過熱ぶりを抑制すべく、未成年(こちらでは18歳未満)へのタトゥー施術は、保護者の承諾を必要とする条例が各地の自治体で整備されつつあるくらいだ。
知り合いのシモーネ君は、シエナ大学を卒業後にしばらく古代ローマを専門とする考古学者だったという、インテリタバコ店主である。
彼も両足首にタトゥーがある。片方は2001年に彫ってもらったもので、アイルランド発祥の古い図柄という。もう片方はイニシャルなので何かと聞けば、2006年にお母さんが亡くなったとき、記念に彼女のイニシャルを入れたのだそうだ。「いずれも骨のそばだったから、たいして痛くなかったよ」と彼は施術時を振り返る。
「改善」と「シトロエンDS」のタトゥー
タトゥーといえば以前ボクは自動車雑誌『NAVI』に、知り合いのイタリア人自動車セールスマンを紹介したことがあった。トヨタの販売店に勤めるマッシミリアーノさんである。
彼の左腕には、「改善」というタトゥーが彫られている。ショールームにあったパンフレットを持っていって、彫ってもらったのだそうだ。
「ボクはKAIZENというフィロソフィア(哲学)と結婚したんだ」と彼は熱く語る。
イタリアの自動車セールスマンは、たとえライバルのブランドであっても、またブランドの格が違っても転籍を繰り返す人が多い。にもかかわらず後任者への引き継ぎをきちんとしないから、ユーザーとしてはたまったものではない。
しかし一度改善タトゥーを彫ってしまった彼なら、そう簡単に他社には転籍しないだろう。実際彼は今でもトヨタ販売店で働いている。ボクがトヨタ車を買うときは、彼から買いたい。
次は、「人馬一体」と彫ったマツダのセールスマンに出会いたいと思っている。
ヨーロッパの自動車愛好者イベントでもタトゥーのある参加者をたびたび見かけるようになった。そうした催しのピークは夏場だ。しかも日陰のない広大な空き地やサーキットで行われるので暑い。したがって薄着や裸になる=タトゥーがいやが上にも目立つのである。しかし、彼らの一部がしているのは、ただのタトゥーではない。
「愛車タトゥー」である。
たとえば左の写真は2008年にイタリアのヴァッレルンガサーキットを舞台に繰り広げられた、4年に一度のシトロエン国際ミーティングで撮影したものである。
おじさんの背中には、「シトロエンDSブレーク」が彫られている。ディテールも細かい。ただしよく見ると、そのシンプルないでたちからして、廉価版の「ID」かもしれない。もし車両のタトゥーだけなら「DS?」「ID?」とどちらか気軽に尋ねられたかもしれない。だがその横に彫られた威圧的な図柄にビビったボクは聞くことをためらった。
今になって思えばこの御方の場合、暑さでというより、みんなにウケたくて、わざと上半身裸でいたのかもしれないが……。
メタボ太りは禁物
もうひとつのスナップは、ポーランド人のルーカス君である。現在、技術学校に通うクルマ好き青年だ。
彼の左腕には「アウディ・スポーツクワトロS1」のグループB仕様が彫られている。「またなんでクワトロ?」と聞けば、免許を取得して2台めの愛車が「アウディ80」だったからという。
別れた彼女の名前がタトゥーで残っているのも悲しいだろうが、すでに手元にないクルマに関連したタトゥーも悲しくないか? と思ったボクだが、ルーカス君はまったく意に介していない。
その証拠に、次は現在乗っている初代「スマート・フォーツー」2001年型をもう片腕に彫ることを考えているそうだ。彼が将来、クルマ遍歴を重ねるたび彫ってゆくと、いつか歩くモーターショー状態になるだろう。
このまま自動車タトゥーが流行すると、クルマ雑誌不振で仕事が減った自動車イラストレーターで彫り師に転身する人が出てくるかもしれない。
おっと、それより心配なのは彫った人の体型変化である。前述のDS/IDやクワトロなら個性的なカタチをしているのでさほど問題ない。しかし若いうちに「フォルクスワーゲン・ポロ」や「BMW 3シリーズ」のタトゥーを入れた人は気をつけほうがいい。後年メタボ太りして絵柄が伸びてしまったとき、仲間から「あれ、お前のタトゥー、ゴルフだったっけ?」とか「5シリーズに変わっちまったじゃねえか」などと笑いものにされる恐れがあるからだ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
拡大
|

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。
