第13回:アメリカを代表するクルマがすむ村で描かれるアメリカの闇 − 『ウィンターズ・ボーン』
2011.10.12 読んでますカー、観てますカー第13回:アメリカを代表するクルマがすむ村で描かれるアメリカの闇『ウィンターズ・ボーン』
でかいV8エンジンとでかい荷台のクルマ
アメリカを代表するクルマというと、何が頭に浮かぶだろう。「キャデラック」や「リンカーン」などの高級車だろうか。「コルベット」などのハイパワーなスポーツカーだろうか。それも間違いではないだろう。しかし、ニューヨークやLAなどの都会には当てはまっても、アメリカ全体を見渡せば事情が違ってくる。
中西部の広大な平原を席巻しているのは、ピックアップトラックだ。特に、「F-150」に代表されるフォードの「Fシリーズ」が大定番で、年間販売台数1位を誇る鉄板のベストセラー車なのだ。高品質を誇る日本車といえどもその牙城を崩すことはできず、「トヨタ・タンドラ」や「日産タイタン」などが奮戦するものの、F-150は王者として君臨し続けている。
でかいV8エンジンとでかい荷台を持つF-150は、いかにもアメリカ人好みの無駄な豪快さが身上だ。重い荷物を載せるわけではない。あり余るパワーをまとい、一人で乗る。無骨さと力強さが、男らしさの象徴だと感じているらしい。ある意味、馬の代わりなのだ。粗野で力感あふれる乗り物を制御するという、マッチョでナルシスティックな心情を刺激する。
『ウィンターズ・ボーン』に出てくる男たちは、ほとんどがピックアップトラックに乗っている。舞台は、ミズーリ州の南部、オザーク山脈である。荒れ果てた土地には色彩がなく、荒涼たる風景が広がる。粗野な男たちの中で、家族を守るために戦う一人の少女がいる。ヒロインのリー・ドリーを演じたのは、ジェニファー・ローレンス。女性監督のデブラ・グラニックとともに、強い女の新しいモデルを作り上げた。
人もクルマもタフでなくては
リー・ドリーは、幼い弟妹とともに暮らしている。食事の用意をし、二人を学校に送っていく。17歳の彼女が、一家を支えているのだ。父親は長く不在で、厳しい生活の中、母親は精神に失調をきたしてしまった。隣人の狩りの獲物を分けてもらい、なんとか食いつないでいる。
「フォード・クラウン ビクトリア」のパトカーが家の前に止まる。保安官が、逮捕された父親が保釈されたまま行方不明となったと告げにやってきたのだ。土地と家が保釈金の担保になっているので、翌週の裁判までに彼が帰ってこないと、一家全員が出ていかなくてはならないハメになる。阻止するためには、なんとしても父親を探し出すしかない。そして、それができるのはリーだけなのだ。
クルマも持たない彼女は、歩いて山の中に点在する親族や知人に話を聞いてまわる。伯父のティアドロップ(ジョン・ホークス)を頼ることにした。しかし、彼は協力してくれるどころか口汚く罵り、追い返す。「探すんじゃない!」と、ほとんど脅すように怒鳴りつけるのだ。何かを隠しているようでもあり、おびえているようにも見える。ほかの誰もが同じような反応で、リーを助けようとする者はいない。
山間の家々の前に、無造作に置かれているのがピックアップトラックだ。F-150だけでなく、もっと古いF-100やF-250もある。ここに住む男たちにとって、クルマの選択肢は限られている。男らしさを誇示するためだけでなく、人もクルマもタフでなくてはならない環境なのだ。
このあたりは、アメリカの中でも特に貧乏な白人が居住する地域らしい。土地は痩せていて、農業には向かない。これといった産業もない。どうやら、ある非合法なビジネスが一族の稼業であり、そこには厳格な掟(おきて)がある。それを破る者には、無慈悲な罰が与えられる。
質朴なトラックとは別世界のクルマ
父親はドラッグ売買に絡んで仲間を裏切り、何者かに殺されたということがだんだんとわかってくる。真相を知るために一族の長に会おうとすると、監禁されてひどいリンチに遭う。父親の行方を探すことも、掟を破る行為になるらしい。寒々とした風景の中で、静かに暴力は実行される。リアルな鈍い痛みが観るものにも伝わってくる。リーは苦痛に堪え、それでも家族を救うことをあきらめないのだ。スーパーヒーローは現れない。少女は、あまりにも無力だ。
「クライスラーLHS」が家の前に止まる。なめらかな曲面で構成されたセダンは、この村の男たちが乗る質朴なトラックとは別世界のものであることが明確にわかる。保釈保証人の乗ったクルマだ。それは、掟に縛られた山間の村から救い出してくれる使者のようにも見える。光明は、外の世界からやってきたのだろうか。
父親の骨さえ見つかれば死亡を証明でき、家を明け渡さずに済む。それを成し遂げるには、恐怖に打ち勝つ強い心が必要だ。リーは、言葉も少なく、表情すら動かさない。暴力に対して、力で対抗することもない。それでも、信念の堅固さと勇敢な振る舞いで道を切り開き、光を見出そうとする。外の世界からの支援に頼るのではなく、生まれ育った地を離れずに家族と生きるすべを求めていく。
シガニー・ウィーバーやアンジェリーナ・ジョリーは、超人的な力と技を持つヒロインを演じてきた。雄々しく戦う女というイメージは、多くの魅力的な映画を生み出してきた。ジェニファー・ローレンスの演じたリーは、何も特別なものは持っていない。痛みを耐え忍び、恐怖に震える一人の少女だ。それでも諦めることなく、苦難を自ら引き受ける。そこにあるのは本物の強さだ。彼女はまったく新しい強い女性の姿を、この映画で鮮烈に示したのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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